第151話 骨付き肉

 う〜ん。これは困ったことになった。

 あれから、10回ほど大階段を上ったり下ったりを繰り返した。

 それでも、やはり第六階層から抜け出せなかった。


「スマホはずっと圏外だし。助けは呼べそうにないわね」

「永遠に俺たちはこのまま……」

「もう縁起でもないことを言わない!」


 仁子さんは何かを思いついたように、拳に力を込めて、ダンジョンの壁を殴りつけた。


「なんて硬いのっ!」

「傷一つ付いていないね」


 彼女の拳を弾くなってなんて硬さの壁だ。見かけはどこにでもありそうな平凡なダンジョンの壁なのにっ!


 俺も軽く壁を殴ってみた。うっ……痛い。


 魔法ならどうだろうか。試しに氷魔法アイシクルを唱えてみる。


「どうだっ!」


 巨大な氷柱が壁にぶつかり、足下が揺れるほどの衝撃が起きた。

 これなら、少しは壁に傷が入っているのでは?


 期待する俺に様子を見に行った仁子さんは言う。


「ダメね」


 俺は肩を落として、ダンジョンの床を見つめる。最後の手段として炎魔法メルトがある。しかし、こんな狭いダンジョンで使えば、俺と仁子さんはこんがり丸焼けになってしまう。蘇生のペンダントは、二人とも首に提げているから復活はできる。でもそんなことで、大事な一回を使うのはもったいない。



 ダンジョンの壁を破壊して、隠された道がないか探す案は中止となった。


「仁子さん、何しているの?」


 彼女は床をこんこんと軽く叩いていた。そしてさらに飛び上がって天井も確認する。


「上も下も壁と同じね。今の私たちの力じゃ、壊せそうにないわ」

「俺たちが乗ってきたエレベーターをもう一度探してみよう」

「そうね。あれでここに来たんだし」


 何度も探しても望み薄なことはわかっている。それでも、何もしないでいるよりいい。


 スマホに標準搭載されているメモ機能で、ダンジョンのスケッチを取っていく。

 俺が普段使用しているアプリのマッピングとは違って、すべて手作業となってしまう。それでも頭の中だけでダンジョンの構造を把握するよりも、正確だ。さらにスマホを見ながら、仁子さんと情報共有もできる。


「八雲くん、ここは左に曲がれるようになっているわ」

「了解。こうだね」

「そうそう。こっちは行き止まり」


 一人でお絵かきするよりも、ずっと早く第六階層のマッピングが描けそうだ。


 あと一人加わってくれると文殊の知恵になって、脱出できるかもしれない。

 冗談はさておき、俺たちは手作業でマッピングを作成していった。


「この通路をまっすぐ行ったら、やっぱりいた!」

「ペリュトンだ」


 こんにちは、ペリュトン。これで何回目の遭遇だろう。第六階層の大階段を入ることで、この魔物は出現しているようだった。


 何度倒しても、ペリュトンの行動に変化はない。俺たちを見つけるやいなや、翼をバタつかせながら襲いかかってきた。

 いつも仁子さんが瞬殺しているので、今回は俺が倒そう!

 彼女のサインを送って、ペリュトンと戦う意志を見せる。彼女は頷いて握っていた拳を緩めた。


「さあ、来い!」


 ペリュトンの鋭い足爪が俺の顔面を狙ってきた。その足を手で掴んで、背負い投げをして地面に力一杯叩き付けた。

 ぐぇっ! という鳴き声を最後に、ペリュトンは動かなくなった。

 こう何度も襲ってくるのを見ていると、目を瞑ってでも倒せそうな気がする。


「豪快な倒し方だったね」

「仁子さんほどじゃないよ」


 俺はドロップ品の骨付き肉を剣のように振り回してみせる。


「持って行くの?」

「うん。置いておいても消えてしまうし」


 肉の匂いが漂っても、もうこの階層に魔物はいない。

 ぶんぶんと振り回しても大丈夫だ。


 スマホでお絵描きをしながら、マッピングをしていく俺たちは、とうとう上への大階段まで来てしまった。これですべてのマッピングは完了だ。


「くまなく探したけど、エレベーターはみつからなかったね」

「やっぱりね。そううまくはいかないか……」


 さすがの仁子さんもこの状況に参っているようだった。


「肉でも焼いて食べる?」

「今はそんな気分じゃない」


 ……ですよね。俺は何気なく骨付き肉を大階段へ向けて投げた。

 弧を描いて大階段の入り口を通過したとき、骨付き肉が忽然と消えたのだ。


「えっ!?」


 目の錯覚かもしれない。俺は急いで大階段へ駆け寄る。

 どこを探しても、骨付き肉はなかった。探し回る俺に仁子さんは不思議そうな顔して聞いてくる。


「どうしたの?」

「骨付き肉がここへ放り込んだら消えたんだ」

「そんなことって……いえ、ありえるかもね」


 空間がねじ曲がったようなダンジョンだ。骨付き肉が消えてもおかしくはない。

 現に俺たちが乗ってきたエレベーターだって、どこかに行ってしまったのだ。


「大階段が一番怪しいわね」

「あっ、そうだ!」

「何か閃いたみたいね」

「うん。この大階段ってさ。今は上りだけしかないけど、下りもできるときがあるよね」

「この大階段を上ったときだけね」

「上りと下りを同時にしたら、どうなるんだろ?」


 いつも一方向の大階段しか利用しなかった。

 違う方向を全く同じタイミングで行ったら、ねじ曲がった空間はどのような反応をするのだろうか?


 試してみる価値はある。仁子さんは大階段を上り、俺は下ることになった。

 スマホのストップウォッチ機能を使って、10分後に行うようにした。


「じゃあ、俺は大階段を上って準備をするね」

「わかったわ。10分後に」


 俺は大階段に飛び込んだ。振り返って見ると、仁子さんが手を振っている。骨付き肉のように消えてしまうことはなかった。

 よしっ、行くぞ! 俺は大階段を駆け上がる。

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