第40話 家庭訪問

 授業が終わって、下校時間。

 クラスメイトたちの質問攻めは仁子さんが専属秘書のようにさばいていた。仁子さんは登校二日目にして、その偉大な存在感と圧倒的な姉御肌によって、クラスの頂点に立っていた。


 俺は彼女のペット枠くらいな感じだ。一応、天然記念物だしな。

 友人に俺が高校でどのように扱われるのかを言うと、大いに笑われてしまった。

 そして友人は言うのだ。俺は普通でよかったと。


 噂が噂を呼び、俺は高校全体で有名人となっていたからだ。

 ガラの悪い上級生たちにも目をつけられているし、馴れ馴れしく話しかけられたりした。その度に、仁子さんが無言で割って入ってきて、上級生たちは校舎裏に連れ込んでいた。


 彼女は一体……何をしているのだろうか。


 聞いてみたけど、仁子さんはちょっとした話し合いだと言った。

 そのくらいの話で人のいない場所に連れて行くのだろうか。


 まあ、彼女が俺に気を使ってやってくれていることなので、これ以上の詮索はお互いのためにしない方がよいだろう。

 そんなこんなで騒がしかった高校から自宅へ戻ることになった。


 仁子さんと一緒に帰っていると、校門近くに黒塗りの高級車が数台あった。

 そのうちの1台のドアが開いて、中から西園寺さんが出てきた。

 そして手を振って、俺たちを呼んだ。


「自宅までお送りします」

「えっ、俺は自転車なんですけど」

「大丈夫ですよ。他の者が後からお届けしますから」


 にっこり顔の西園寺さんに仁子さんが言う。


「公安って余り目立つことをしないと思っていたんですけど?」

「今回だけですよ」

「ふ~ん、今回だけね……」


 仁子さんは納得していない様子だった。

 俺としては、この車が家の前に横付けされるのはどうだろうと思っていた。俺の家はちょっとした田舎にある。


 ご近所さんは、さぞかしびっくりするだろう。


「やっぱり自転車で帰ろうかな」

「そう言わず、乗って帰ってください。ちょっといろいろ混み合っていますので……」

「はあ……」


 茶を濁すように西園寺さんが言った。

 その歯切れの悪い……いろいろという部分が気になる。

 嫌がる俺を見て、仁子さんが気を利かせてくれた。


「なら、私の家で家庭訪問しましょ」

「それは名案ですね。そうしましょう!」

「えっ!?」


 他人の家で家庭訪問なんて聞いたことがない。

 前代未聞だぞ!

 それでも話は進んでいく。


「どうせ、公安の人員が思ったように揃わないんでしょ」

「察しが良くて助かります」

「今、どこに狙われているのかを教えて……」


 仁子さんと西園寺さんが俺から離れた位置で話し合い始めた。

 そして仁子さんがどこかに電話をしていた。


「八雲くん、なんとかなりそうよ。でも、とりあえず私の家に行きましょう」

「不穏しか感じないですけど」

「大丈夫、その不穏は取り除くわ」


 また、俺が知らないところで、争いが勃発しようとしているのだろうか。

 ダンジョン神であっても知る由もない。


「では、行きましょう。ご両親にも護衛を付けて来ていただきます」

「マジで! ちょっと待って、連絡するから」


 両親にはSNSで勤務先に公安の人たちが迎えに行くと伝えた。

 返信が届いて、二人とも意味がわからずに驚いていた。


「両親が驚いているんですけど、会社に迷惑かからないですよね」

「もちろんです。根回しは大得意分野ですから、安心してください」


 なんとなく西園寺さんがいう根回しは、超パワープレイのような気がした。気の所為であってほしい。


 そして仁子さんの家でのんびりすること数時間。

 西園寺さんのパワープレイによって、両親が招かれた。

 もちろん、校長先生と担任も揃っている。


 豪邸のリビングは、途轍もなく広くて、西園寺さんを含めた公安の人たちが8人。俺、仁子さん、両親、校長先生、担任がその場にいても、窮屈さを感じさせなかった。

 まだあまりに余っている感じだ。


 使用人らしき女性が、みんなにお茶を出していた。ざっと見た感じ使用人は10人くらいいると思う。

 仁子さんに聞いてみると、この豪邸はタルタロスギルトの支部としても機能しているという。

 入れ代わり立ち代わり、ギルドメンバーがやってくるそうだ。

 そして、今お茶を出してくれた女性も、凄腕の探索者だと教えてくれた。

 まったくそのような気配を感じさせなかった。やはり大手ギルドは、底が知れないな。


 両親は俺の顔を見てホッとしているようだった。それはそうだ。いきなり会社からここまで、黒塗りの高級感で拉致られたような感じなのだから。

 父さんがたまらずに口を開いた。


「八雲、これは一体どういうことなのか?」

「そうよ、母さんも何がなんだかわからないわ。この黒服の人たち、ちょっと怖いんだけど」

「安心してください。私たちは公安です」

「こればっかり言うんだもの……だから怖い!」


 公安の人たちは硬すぎて、逆に両親を震え上がらせていた。

 元々、暗躍する悪人たちを震え上がらせていた公安だ。一般人である両親などひとたまりもないだろう。


 家庭訪問なのだから、担任や校長先生が口を開くべきなのだが……二人とも緊張していた。

 これは家庭訪問という皮を被った別のなにかだった。


 この場を仕切るのは誰だか、わかりきっていた。

 絶対的な存在感を放っている西園寺さんだ。


「皆様、お集まりいただきありがとうございます。私は公安の西園寺朱音といいます。他の者たちは、すみまんが私たちの仕事の都合上、名前を明かせません。この場を持ってお詫びします」


 西園寺さんが深々と頭を下げると、それに合わせて他の公安の人たちも同じようにした。

 なんだ! 頭を下げているのに威圧感が半端ない。

 母さんをこれ以上震え上がらせないでくれ!


 父さんが意を決して口を開く。


「家庭訪問と聞いてやってきたのですが、これは本当に家庭訪問なのでしょうか?」

「ごもっともな話です。東雲八雲さんの今後の進退について、国やギルド、高校を巻き込んだ話になりますので、関係者に集まってもらいました」

「はあ……八雲が何か悪いことでもしたのでしょうか?」

「八雲、何をやったの! 母さんはもう倒れそうよ!」

「落ち着いてください。八雲さんは悪いことはしていません。それよりも、国やギルドに多大なる貢献をしております」

「先程から、ギルドって言いましたよね。八雲、まさか……お前!」


 俺は父さんと母さんに、これ以上ないくらい頭を下げた。


「ごめんなさい」

「もしかして、ダンジョン探索したのか!?」

「……はい」

「あれほど駄目だと言っただろ! なんて危険なことを」

「そうよ、親戚のおじさんが死んだことを忘れたの?」

「それでも、どうしても探索したくて……」


 父さんは聞き分けの悪い俺に向けて手を振り上げたが、ため息を付いて下ろした。


「こうだと決めたら、諦めないのは小さい頃からそうだったな」

「お父さん、八雲にちゃんと言い聞かせて!」


 母さんは俺がダンジョン探索をしたことが、とても嫌だったようだ。

 ぷりぷりと怒っていた。

 父さんの方は、やっぱり大人だった。


「西園寺さん、八雲がダンジョン探索していたことはわかりました。ですが、なぜ、あなた方がこのような場を設けようと?」

「それは、八雲さんがダンジョン神だからです」

「はっ! 八雲が!?」

「八雲っ! なに神になっているのよ。人間に戻りなさい。今すぐに!」


 母さん、落ち着いて。俺は今も人間です! ずっとここに来て浮足立っていた。

 父さんは冷静に話を続ける。


「ダンジョン神については、テレビの報道で知っています。ダンジョン探索に革命を起こしたとか」

「はい、その通りです。今や八雲くん無しではダンジョン探索が成り立たないくらい必要な存在となっています。これを見てください」


 西園寺さんはオレンジ色の液体が入った小瓶を取り出した。

 俺がクラフトした初級ポーションである。

 父さんはそれを見て首をひねった。


「なんか見たことがあるな。あっ! 八雲が飲ませてくれている元気になるジュースだ!」

「わかっちゃった?」

「わかるわ。父さんにダンジョンの物を飲ませていたのか!」

「でも、効果抜群だったでしょ」

「まあな。市販の栄養ドリンクなのゴミに思えたくらいにな」


 親子の会話で話が脱線してしまったので、西園寺さんが話を戻した。


「この初級ポーションの効果は疲れをとるだけではありません。これを見てください」


 西園寺さんはナイフを取り出して、手のひらを切った。

 迷いなくできるところがすごい。そしてめっちゃ痛そうだった。

 母さんがそれを見て悲鳴を上げたくらいだ。ずっと母さんの精神衛生上で良くないことが続いている気がする。……心配だ。


「この傷くらいなら、初級ポーションを飲めば……この通り、傷一つ残らずに綺麗に治ります」

「まあ、すごい! そういえば、八雲からそのジュースをもらうようになって、肌の調子が良いのよね……若返った感じというか。それに今年の健康診断もすごく良かったし!」


 急に母さんが話に食いついてきた。美容と健康は女性にとって、鉄板ネタなのだろう。

 父さんがそんな母さんを落ち着かせながら、


「素晴らしいアイテムだとは僕たちも理解しています。実際に体験していますから」

「このような革新的なアイテムを八雲さんはクラフトできる力を持っています。国としても八雲さんには探索者を続けてもらいたいと思っています。そのバックアップはできています。ねぇ、校長先生?」

「はい、八雲くんは我が校の大事な生徒です。公安の方々と協力しながら、より良い学校生活が送れるように配慮いたします」


 校長先生がそういうと担任は頷いた。

 それを見ていた仁子さんが口を開く。


「私は八雲くんの同級生で、片桐仁子といいます。タルタロスのギルド長の娘でもあり、ランクS級の探索者でもあります。学校生活では私もサポートします」


 俺が探索者として元気に活動するための外堀は完全に埋められつつあった。別に俺が望んだわけではなく、世界が俺に合わせて動いてくれた感じだ。

 そのことを両親に伝えた。

 父さんと母さんはこの場にいる人たちから、他にも沢山の話を聞かされた。

 それでも、考え込むばかりだった。

 西園寺さんが、カバンから何かの資料を取り出した。そして父さんに渡す。


「これをご覧になってください」

「なんですか……これは?」

「八雲さんが、この数週間で作り出したアイテムの価値をお金に換算した資料です」

「はっ!!」

「きゃああ!!」


 父さんは腰を抜かした。母さんには刺激が強すぎたようで、倒れてしまった。公安の人たちが、別の部屋に連れていき介抱することになるくらい衝撃的な金額だったらしい。

 俺も見ようと思ったら、父さんからまだ早いと言われてしまった。


「なるほど、すでに僕たちの稼ぎを遥かに超えた高みにいることはわかりました。ですが、いくらお金を稼げるからと言って、未成年である八雲を簡単にはダンジョン探索をさせるわけにはいきません」


 父さんの決心は固かった。見かねた仁子さんが言う。


「八雲くんは、すでに途轍もなく強いですよ。おそらくランクS級に迫りつつあります。通常のダンジョンで命を落とすことはないかと、それに死んでも蘇生できるアイテムを彼は持っています」

「強いとか、生き返るから良いとかという話ではないんだよ。こればかりは……家族の話だからね」


 仁子さんの言い分を父さんはいなした。

 そして、俺をしっかりと見て言う。


「八雲、高校生でありながら探索者を続けたいのか?」

「はい!」

「なら、条件がある。黙って探索者をしてきたからには厳しくいくぞ。いいか?」

「なんでも受けます!」

「わかった。なら、言おう。今後、定期テストで学年一位を取り続けること。それができないのなら、成人になるまで探索者は禁止とする」

「うっ……」

「できないのか? お前の探索者をやりたいという気持ちはその程度か!」

「やります! やってみせます!」


 ということで今まで以上に勉強することになった。学生としての本分を果たすのだ。

 そんな俺に仁子さんが耳打ちをする。


「言っておくけど、私って勉強できるからね。私も一位を狙っていたらライバルね」

「えええっ、そこは譲ってよ」

「話を聞いていたら、私も燃えてきたわ」


 思わぬ伏兵が現れた。その話が父さんにも聞こえていたようで、笑われてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る