第30話 来訪者

 タルタロスのギルド長がホテルの一室で寛いでいた。


「……公安は手が早いな」


 思わず口にしてしまうほど、今日の会議によって彼の予定が覆されてしまった。

 ゆっくりと接近するはずが、どうやら時間は許してくれないようだ。

 駆け出しのダンジョン配信者くもくもが、ダンジョン神である情報の規制が解禁された。


 おそらく彼は国の管理下に置かれるだろう。

 本人が望む望まないを関係なしにだ。


「だが、恐れていることはよくわかった」


 くもくもがこのままダンジョンで販売ゴーレムを設置し続けたとしたら、どうだろう?

 彼のもとに止めどない素材が集まるはずだ。それも各国のダンジョンから素材を吸い上げるようにしたら?


 世界にあるダンジョンは彼の物になってもおかしくはない。

 たった一人で国を超える強大な力を手に入れるなんて、夢物語も現実味を帯びてくる。


 今は無邪気な子供だ。見た所に、素直な性格をしており、何にも染まらずに真っ白だ。

 しかし、真っ白であるがゆえ……染まりやすいとも言える。


 大人になれば、真っ白のままではいられない。

 どのような色に染まるかを公安がコントロールしようとしている。


 人間は甘い言葉に弱いものだ。公安ならどのようなこともお手の物だろう。


 タルタロスのギルド長の考えは、くもくもはどこのギルド、国の機関にも属さずに常に中立であってほしいと思っていた。

 今回の会議で、公安からくもくもへの非干渉を要求されるのだと予想していた。

 しかし、まさか協力を求められるとは……。各ギルドは日本にとって今や大事な存在だ。

 いきなり突き放すようなことはできなかったようだ。


 それでも、くもくもの警護にランクS級の探索者を要求してくるとは大胆不敵だ。

 大手ギルドでも2人か3人くらいしかいない貴重な人材をあの場で提供できるかと決断に迫られた。

 どこのギルドも高難度ダンジョンの攻略には、不可欠な人材。そう簡単に差し出せる者はいないだろう。


 タルタロスのギルド長があの場で二つ返事で快諾できたのには理由があった。

 派遣するランクS級の探索者は、彼の親族だったからだ。

 ホテルの窓から、星のない夜空を見上げながら、スマホで電話をかける。


「ああ……仁子(にこ)の言っていた通りになったよ。……わかっている。こっちはまだ数日かかりそうだ。……入れ違いになりそうだな。公安の目がある……慎重に。……儂のほうが問題ない。ああ……おやすみ」


 これから数日の会議では、くもくものLIVE配信は見ながら、彼とギルドの関係について話を詰めていくだろう。だが、彼のもとへ行く仁子については、特別に計らってもらうように交渉しなければいけない。

 公安の女狐の顔が浮かんでいて、苛立ちを覚えた。


「ダンジョンが国家間の競争だと? 探索者にとって、そういったことは二の次なんだよ」



*****



 6月だというのに、なんて暑さだ。通学するまでに汗を結構かいてしまった。

 教室のエアコンは新品になったので、早く快適な環境で涼みたい。

 坂道を自転車で駆け上がっていると、涼し気な大きな帽子を被った人がスマホを片手に右往左往している人がいた。


 どうやら、道がわからないようだ。この辺は入り組んでいるから、わかりづらいのはよくわかる。


「大丈夫ですか?」

「あっ!?」

「えっ?」


 彼女が大きな声をいきなり出したから、変な声が出てしまったじゃないか……恥ずかしい。

 気を取り直して、もう一度話しかけてみる。


「困っているように見えたので話しかけたですが……もしかして迷惑でした?」

「いえ、助かります。実はここに行きたくて」

「ああ……わかりにくいですよね」


 始業時間にはまだ余裕がある。場所も近いようだし、案内する時間はありそうだ。


「付いてきてください。案内します」

「……」


 彼女は帽子を深々と被り直して、少し驚いたような顔をしていた。

 なんだろうか……えっ……気安く話しかけてしまったのか。あっ、女性にこのようなことをするのってまずかったのか。

 うああああ! これは切腹ものかっ!

 なんて思っていると、彼女の口から出た言葉は意外なものだった。


「当たり前のように人助けをするものだから、驚いただけです」

「普通ですよ」

「そうかしら」

「そうですよ。目的地はこっちです。俺はこの後高校に行かないといけないので、置いていきますよ」


 俺は自転車から降りて、細い道を進んでいく。

 その後ろを彼女は小さなスーツケースを引っ張って付いてきた。

 えっとここを右に曲がって、その後を左に!

 せっせと案内していると、彼女が話しかけてきた。


「八雲くんは、よく道を知っているのね」

「はい、そうですよ。地元ですから……はっ!?」


 今、八雲くんって呼ばれなかったか!?

 いやいや……ん? えっ?

 どう記憶を思い返しても、俺は彼女を知らない。


 絶対に初対面のはず、それなのに俺の下の名前を知っているなんて、絶対におかしい!

 俺はびっくりし過ぎて、自転車のハンドルを放してしまった。


 けたたましく自転車が倒れ込む。荷積みしていたカバンも転がってしまう。

 俺は彼女の顔をよく見る。知り合いにはいないけど、どこかで見たことがあるような気がする。

 どこでだろう?


 あたふたしていると、彼女はにっこりと微笑んで、大きな帽子を取った。


「あああああっ!! あなたはっ……もしかして!」


 知っている! 知っている!

 有名人だ!!

 頭に生えた二本の龍の角。なぜ頭から生えているかは知らないけど、それがトレードマークになっている探索者。

 最近、最年少でランクS級となって、ニュースにもなっていた。


 たしか、大手ギルドのタルタロスを率いる次世代のリーダー候補って呼ばれていたはず。


「片桐仁子さんだ!」

「私の自己紹介をしていただきありがとうございます。東雲八雲くん」


 片桐さんはなぜここにいるんだ?

 しかも俺の名前を知っているなんて……本当にどういうことだ?


「あの……なんで俺の名前を?」

「父に言われて、八雲くんの警護をすることになったの」

「はっ?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたと思う。

 父? えっと……片桐さんの父親はたしかタルタロスのギルド長だったはず。

 タルタロスといえば、博多ダンジョンで幹部のおっさんたちに少し話したくらいだ。

 あの時は俺の名前も、配信者として名前も言っていないぞ。

 どこで漏れたんだ俺の個人情報。ガバガバじゃないか!

 これって大手ギルドの情報網ってやつか。すごいと思うけど、ちょっと怖くなってきた。


「俺の警護ですか? ランクSの片桐さんが護るほどの者ではないですよ」

「ご謙遜を。ダンジョン神なのに」

「ああ、なるほどダンジョン神か……はっ!?」


 もうそこまで漏れているのか……まあ、顔出しでダンジョン動画配信をしているし、本当の名前がわかれば、紐づけも簡単か。

 なるほどと思っていると、片桐さんはため息をついた。


「そんな呑気なことを言えるは、今のうちかもね」

「なんですか……その含みを持たせた物言いは……怖いんですけど」

「護りがいのありそうな人で良かったわ」


 案内した場所は、古そうなアパートだった。ランクSの探索者が住むのは意外だった。


「ここに住むのかと思ったでしょ?」

「えっ、そんなことはないですよ」

「急に決まったことだから、とりあえずの仮住まいね。それにここなら、もしものことがあっても損害が大きくないでしょ」

「なんですかそれ? 戦争でもする気なんですか?」


 俺は何に護られようとしているんだ。このアパートが吹き飛ぶレベルの案件なのだろうか。


「冗談よ。そうならないように、公安が動くわ」

「そうですか。公安なら安心ですね……ええええっ!」


 余計に不安になるわっ!

 普通の生活をしていたら、公安のお世話になることなどないはずだ。

 ダンジョン神と呼ばれていることが、すべての元凶なのか?


「彼らは表立って出てこないわ。生活には干渉しないはずよ」

「はずですか」

「それと明日から私も君の学校に通うことになったから、道案内をお願いできる?」

「……はあ」


 すいません。

 今もちょっと頭の理解が追いついていないです。


「たぶん、同じクラスになると思うから、よろしくね。仁子って呼んで、それと同い年なんだし、敬語はなしね」

「かしこまりました」

「ちょっと、大丈夫? 呆けた顔のままだし」


 朝からとんでもない出会いがあって、二度寝したほうがいいような気がしてきたくらいだ。


「じゃあ、また明日」

「……はい」


 仁子さんは颯爽とアパートに入っていった。俺はそれを呆然と見送った。

 しばらくして、はっと我に返って時間を見る。始業時間が迫っていた。


 やばい! このままだと遅刻する!!

 自転車を全力でこいで、高校へ向けて爆走した。このままでは俺の皆勤賞が途絶えてしまう。

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