第76話 東雲家4

 夕食を終えた俺は自室でホッと一息。

 窓からログハウスを見ると、まだ内装工事をしていた。

 明日までに電気、ガス、水道を通してくれるみたいだ。


 タルタロスギルドが手配してくれた業者さんは、大変働き者だった。仁子さん曰く、それほど高報酬を提示しているらしい。


 俺は作業を眺めながら、感謝の言葉を述べた。

 よしっ、俺も頑張ろう。


 期末試験が近いのだ。ここで学年一位を取らないと、せっかくボロボロの納屋をログハウスに建て直した意味もなくなってしまう。


 これから楽しい探索者生活が待っているのだ。

 期末試験で躓いてはいられない。

 俺は全教科満点を取る意気込みで勉強を開始した。


 脳が疲れたら、中級ポーション。

 脳が疲れたら、中級ポーション。

 この繰り返しだ。


 探索者になってから、集中力や記憶力が飛躍的に上がったような気がする。


 暗記系はいけるぞ! どんどん頭に詰め込んでいく。

 それが頭の中で勝手に綺麗に整理されていく感じだった。


「こうなったら、あれをやるか」


 期末試験まで中級ポーションがあれば寝ずに勉強ができそうだ。ここは、今まで並の成績だった遅れを取り戻すためにも多少の無理は必要だろう。


 仁子さんもすごく勉強ができるし、他にもとんでもない点数を叩き出す人たちがいる。

 そんな人達を押しのけて1位を取るためには、並の勉強ではいけない。凡人が勝つには、狂人的なほど頑張らないと!


「期末試験まで寝ないぞ!」


 うおおおおおおっ!

 頼みの綱は、中級ポーションのみ。

 頼むぜ! 相棒っ!


 無限の体力を持って、期末試験に挑むのだ!


 窓から差し込む朝陽で、俺はやっと勉強から開放された。

 それまで集中しすぎて、時間の流れが全く分からなかったくらいだ。


 一睡もすることなく、朝を迎えたけど、全く疲れなし!

 鏡で自分の顔を見ても、目の下に隈ができていない。


 頭は疲れるどころか、逆にさっぱりしてクリアだった。


 中級ポーションの効果は抜群だ。


 まだ期末試験まで2週間はある。それまで一睡もすることなく、勉強が続けられるかは試してみないとわからない。


 これも良い実験かもしれない。もし、中級ポーションで睡眠から開放されるのなら、ダンジョン探索はもっと捗るだろう。


 さてと、登校の支度をしてっと……。

 そんなことをしていると、スマホに西園寺さんから連絡が届いた。


 なになに……おおおっ!

 アラスカダンジョンを探索する許可が下りたという内容だった。

 やった! 思ったよりも早かったな。

 内容を読むと、やはりワシントンダンジョンで、販売ゴーレムを設置したことが大きかったようだ。

 それと、ボスモンスターが上の階層にやってきた件については、原因がわからないようだ。俺たちが探索して以降では、一度も発生していないという。


 まさか……俺が原因だったりして……めっちゃボスモンスターに狙われていたしな。

 杞憂で終わってくれたらいいけど、これからのダンジョン探索では気をつけた方が良さそうだ。


 アラスカダンジョンは、いつでも入っていいみたいだ。 まあ……超不人気ダンジョンだから現地の探索者からしても、どうでもいいのかもしれない。


 最後に西園寺さんから、アラスカダンジョンには同行できそうにないみたいだ。いろいろと忙しい人なので、ワシントンダンジョンで同行してくれたのは、奇跡に近かったかもな。


 無理をしないようにとも書かれていた。

 大丈夫さ。なんたって、結界の指輪を手に入れたのだ。

 もう炎魔法メルトによる自爆攻撃ともおさらばさ。


 さて、今日は登校中に仁子さんと、アラスカダンジョンをいつ探索するかを話し合わないとな。

 できれば、勉強に力を入れたいから期末試験の後が理想的だけど……。


 アラスカダンジョンが気になってしまう。

 サクッと攻略して、勉強に集中するのもありかも。

 今、チャンネル登録数の伸びに勢いがある。下手に投稿頻度を開けると、まずいような気がする。


 悩ましい。これがダンジョン配信投稿者としてのジレンマか。


 考え込んでいると、一階から母さんの大声が聞こえてきた。


 なんだ! なにかが起こったのか!?

 俺は急いで部屋を出て、リビングへ向かった。


「どうしたの?」


 そこに立っていたのは、二十代後半くらいの男性と女性だった。

 この顔は知っている。

 若かりし頃の両親だ!


「父さん? 母さん?」

「八雲! 大変よ! 私たち……若返ってしまったわ! どうしよう、ピチピチよっ!」

「落ち着いて母さん! それより体になにか調子が悪いとかない?」


 これは絶対に中級ポーションの効果だ。

 まさか……四十代だった両親が、ここまで若返るとは思ってもみなかった。

 母さんなんか、動揺しすぎて大変なことになっている。


「体は生気がみなぎっているわ。若かりし頃が戻ってきた感じ。父さんはどうなの?」

「同じだ。みなぎっているぞ。この姿で会社に行ったら、みんながびっくりするだろうな」

「そうよ。若作りってレベルじゃないわ。どうしましょう! 東雲さん、整形疑惑が会社で流布されたら!」

「整形しても若返ることはないだろう。まあ……会社で一騒動ありそうだが」


 今の医学でも若返ることはない。

 四十代から二十代後半まで若返ってしまった両親を、周りがどう受け入れるのかは、予想できなかった。


「もしかして、俺……悪いことしちゃった?」


 そういうと父さんたちは、クスリと笑った。


「そんなことはないぞ。八雲がくれた中級ポーションで父さんたちはとても元気だ! 感謝している」

「そうね。朝起きたら二人とも若くなっていたから、取り乱してしまっただけよ。会社ではなんとかなるでしょ。若返ることが禁止されているわけではないし」

「そういうことだ。八雲、安心しろ」

「なら、よかった。じゃあ、どうするの? これからも中級ポーションを飲む」


 そういうと両親はしばし考え込んだ。


「もう少し飲んでみようかな。まだ若返ってもいいだろ」

「そうね。こうなったら二十歳まで若返ってやるわ。もう一度、あの頃をやり直すのよ」

「マジか……二十歳まで若返ったら、俺と親子に見えないかも」

「そうね。ご近所では仲の良い姉弟になるかもね」


 悪い冗談である。

 まあ、両親がそこまで若返りたいのなら、その望みは叶えたい。俺は二人に中級ポーションを支給して、朝食となった。


 母さんはいつもより元気で、朝食をテーブルに置いていく。そんな母さんを父さんは嬉しそうに見ていた。


「若い頃を思い出すな……」

「もう父さん! 私たちは若いのよ」

「ああ、そうだった。あははっ! これ以上若返ったら、八雲に兄妹が増えてしまうかもな」


 朝から何を言っているんだ!

 俺に兄妹ができる!? 父さんは本気で言っているのだろうか……。


 まあ、二人とも仲がすごく良いことは、息子としても嬉しい限りだ。

 中級ポーションを飲む前は、両親は仕事に疲れて大変そうだった。

 それが嘘のように、笑顔に満ちた朝食になった。これもダンジョン探索でアイテムクラフトをしたおかげだと思うと、ダンジョンポータルに出会って本当によかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る