第134話 帰宅

 ただいま東雲家!

 俺たちは、目一杯北海道を楽しんだ。

 仁子さんと氷室さんはショッピング、俺は食べ物!

 とくに取れたてトウモロコシが絶品だった。温暖化の影響か、旬の時期よりも早く食べることができた。これをラッキーといって良いかは微妙なところだ。


 西園寺さんは時間が許す限り、俺たちを接待してくれた。

 行きたいところにはどこでもと言わんばかりのVIP待遇。

 観光地で、たくさんの思い出ができたので大満足だ。

 これで夏の思い出を聞かれても、ダンジョンにすべてを捧げましたということにはならない。


 俺の手には、両親へのお土産袋がたくさん握られている。

 玄関を開けて、中に入ると母さんが出迎えてくれた。


「ただいま」

「おかえりなさい。認定試験はうまくいったみたいね」

「連絡したとおり、バッチリさ。明日にはライセンスカードが支給されるよ」

「その荷物はもしかして!」

「はい、お土産だよ」

「良い息子を持ったわ。どれどれ」


 6つの大きな紙袋を渡す。

 中を確認した母さんは、呆れた顔をした。


「全部、とうもろこしじゃないの!?」

「おいしいよ」

「食べきれないでしょ。こんな量はっ」

「近所の人に分けたら」

「そうしようかな。最近もらってばかりだったし」


 結局、母さんは大量のトウモロコシを喜んで受け取った。しかし一人では運べる量ではなかった。

 俺は母さんと一緒にリビングまでトウモロコシを持って移動する。


「冷蔵庫の横に置いたらいいの?」

「そこにとりあえず置いて。喉が渇いたでしょ。何か飲む?」

「自分でやるよ」


 食器棚からコップを出して、母さんから麦茶を受け取った。

 自分でやると言ったのに……。まあ、いいか。


 麦茶をコップに注いで、一気に飲む。

 ふぅ〜、生き返るぜ。


「北海道は涼しかったの?」

「ここより過ごしやすかったよ」

「やっぱり避暑地なのね。母さんも行ってみたいわ」

「父さんと行けばいいじゃん」

「そうね。来年あたり、考えてみようかしら」


 働き詰めの両親だ。たまには観光をしながら休息も必要だと思う。

 来年か……俺からのプレゼントとして、北海道の旅にご招待もいいかもしれない。


 今は秘密にしておこう。話すと母さんはずっとうきうきしてしまう恐れがある。


「父さんは?」


 日曜のお昼だというのに、全く気配を感じなかった。


「接待ゴルフよ。こんなに暑いのによくやるわね」

「熱中症で倒れないといいけどね」

「大丈夫よ。八雲からもらった中級ポーション片手に元気よく出て行ったわ」


 父さんは中級ポーションのおかげで、みるみるうちに若返っていったからな。

 今では20代後半くらいに見える。肉体も同じように若返っているので、めちゃくちゃ行動的になっていた。


「腰が痛いと言って、好きなゴルフもできずに嘆いていた頃が懐かしいわね」

「父さんが若返って、会社の人とかびっくりしてないかな?」

「それはびっくりよ! 私だって会社の人にびっくりされたわ。でも、だんだんと若返っていったから、次第に受け入られていったわ」


 そんなものだろうか……うん、そうかもしれない。

 俺だって容姿がかなり変わったときは、みんなにびっくりされたけど、今では普通になっている。


 ダンジョンがある世の中なのだ。ちょっとくらいの不思議があってもおかしくはないのだ。


「今日はどうするの? ゆっくりするの?」

「う〜ん。考え中!」

「それなら、庭に転がっているトレーニング道具を片付けておいてね。重たすぎて八雲以外動かせないんだから」

「はーい」


 トレーニングに使っている物は、どれも10トン以上ある。母さんでは動かすことは不可能だ。


 一番重い物で100トンもあるし。


 俺は庭に出て、トレーニング道具をせっせと片付けていく。

 といっても、仮置き場になっているログハウスの横に集めるだけだ。


 本来なら、室内で使いたいけど、このような重量物を安全に置ける場所がなかった。

 東雲家に置こうものなら、床が抜ける。それに元々スペースもない。

 ログハウスは事務所として使っているため、無理だった。


 トレーニング用の専用建物が必要になったのだが、両親からの許可が下りなかったのだ。そのため、庭に雨ざらしになってしまった。


 トレーニング道具は、特別な超重量金属で出来ているので、さびることは決してないし、このままで大丈夫だ。


 仁子さんからもらった物なので、大事にしたいけど……。


「ちょっとだけ、運動するかな」


 片付けていたら、火が付いてしまったようだ。

 100トンのバーベルを持ち上げて、下げる。これを10000回!

 いち、にー。いち、にー。いち、にー…………。


 一心不乱に筋肉と対話していると、


「よくやるわね。今日くらいは休んだら」

「仁子さん! 鋼牙さんとの話は終わったの?」

「いいえ、パパが八雲くんに会いたがって連れてきたの」


 そう言って、仁子さんは玄関を指差した。鋼牙さんが母さんにあいさつしているところだった。

 しばらくして、鋼牙さんは俺のところにやってきた。


「Sランク認定試験、合格おめでとう!」

「ありがとうございます!」

「仁子から聞いたぞ。試験官相手に大暴れしたとか」

「手加減してもらって、やっとですよ」

「謙遜しなくてもいいぞ。なんせ5人相手だからな」


 鋼牙さんは自分のことのように、俺の合格を喜んでくれた。

 たくさん褒められていい気分だ。


 トレーニングにも力が入るってものだ。

 高速でぶんぶんとバーベルを上げ下げしていると、うっかりとすさまじい風が起こってしまった。


「八雲! バーベルを振って風を起こさないって約束したわよね。家が吹き飛ぶでしょ!」


 玄関にいた母さんに注意されてしまった。

 いけない、いけない。


「あははっ、八雲君は今日も元気だな」

「笑い事ではないんですよ。片桐さん」


 豪快に笑う鋼牙さん。それを見た母さんが必死になって、止めていた。

 東雲家が壊れてしまったら、一大事だ。

 俺は細心の注意をしながら、トレーニングしていると、


「私があげたのはどう?」


 仁子さんがトレーニング道具の調子を聞いてきた。


「この通り、最高だよ。探索者用の物は特注だからね。ありがたく使わさせてもらっているよ。そのおかげで、認定試験も良い結果を出せたし。仁子さんには感謝しているんだ」

「そのバーベルは100トンでしょ。まだ重くしたかったら、いつでも言ってね。手配するから」

「助かるよ」


 今は100トンで丁度いい。物足りなくなったら、仁子さんに相談しよう。

 俺は5000回、上げ下げしたところで、バーベルを静かに地面に下ろした。

 続きは、夜にでもしよう。


「暑いから、ログハウスに入る?」

「そうね」


 仁子さんは鋼牙さんを呼んだ。そして、俺と一緒にログハウスに入ることにした。

 鋼牙さんは、事務所に興味津々だった。


「良い出来じゃないか」

「建設の際は、いろいろと手配していただきありがとうございました」

「お安いご用だ。アイアントレントの木材はやはりいいな。儂の事務所にも使いたい物だ」

「たくさん余っているのでよければ、使ってください」

「いいのかい? なら、また例の物と交換しよう」

「もしかして、手に入ったんですか?」

「まあな!」


 鋼牙さんは、ポケットから大事そうにガラスの容器を取り出した。

 中には、淡く光る実が入っていた。


「これが木霊の実ですか……」

「ああ、富士山ダンジョンで、ごく稀に現れるというレアモンスターのドロップ品だ」

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