第135話 情報提供
木霊の実は、育てて花を咲かせた者を幸福に導くという逸話があった。
探索者の中で迷信めいた噂だ。
「儂も聞いたことがある。しかし、芽を出すだけでも相当大変だぞ」
「大量の魔力が必要なんですよね」
「ああ、複数の探索者が集まって、一週間は魔力を送り続けてやっとだったそうだ」
「花を咲かせるほど成長させるとなれば……」
「それ以上の魔力が必要になるぞ。まあ、せっかく手に入れたんだ。物は試しだ」
鋼牙さんは気前よく、ガラス瓶に入った木霊の実を渡してくれた。
俺はさっそくポケットに魔力を送ってみる。
おおっ、すごい勢いで吸収されているぞ!
「大事に育ててみます」
「花が咲いたときは教えてくれ。実物を拝んでみたいからな」
「絶対にお知らせします」
俺と鋼牙さんとのやりとりを聞いていた仁子さんは頬を膨らませる。
「ちょっと私の知らないところで、面白そうなことをして! パパ、私にも木霊の実をちょうだい!」
「すまん。一個しかないんだ」
「えええっ」
がっくしと仁子さんは肩を落とす。なんだか、申し訳ないことをしたなと思って、仁子さんに木霊の実を譲ろうとしたけど、丁重に断られてしまった。
「それは八雲くんがもらったものよ。大事に育てないと!」
「ですよね」
彼女ならそう言うと思った。
結局、仁子さんにも花が咲いたときはすぐにお知らせすることになった。
「花の色って、どんな色なの?」
「儂の情報では、育てた者の魔力に染まるらしい」
「へぇ〜、八雲くんの魔力色か。何色なのだろうね」
「俺の色か……全く見当が付かないよ」
本人がわからないのに、鋼牙さんと仁子さんが勝手に予想を始めた。
「儂は赤だな。八雲君の魔法イメージは炎だからだ」
鋼牙さんはメルトの印象を強く受けているのがよくわかった。
「いいえ、使用頻度では氷魔法の青よ」
さすが仁子さん! いつも一緒に探索しているだけはある。
「ということで、俺の色は間を取って紫で!」
「いい加減ね……八雲くん」
「まずは芽を出すところからだからね。花の色はその後に考えるよ」
果たして、花を咲かせたら、俺は幸福になれるのだろうか。楽しみである。
これ以上の立ち話もなんなので、二人にはソファーに座ってもらう。
俺は冷蔵庫から、飲み物を取り出す。
「鋼牙さんはアイスコーヒーですよね」
「すまんな」
「仁子さん、今日の気分は?」
「さっぱりしたいかな」
「なら、オレンジジュースだね」
二人に飲み物を出して、俺は冷たい麦茶を用意した。
よっこらせっと!
俺もソファーに着いたところで、鋼牙さんが話し出した。
「すまんな。気を遣わせてしまって」
「こちらこそ、たいしたおもてなしもできず」
「十分だよ。仁子にも見習ってほしいくらいだ」
「ん?」
仁子さんが怪訝な顔をしていたのを見なかったことにして、俺は鋼牙さんに聞く。
「わざわざ俺に会いに来てくれたのは、ランク認定の合格祝いだけではないんですよね」
「はははっ、やっぱりわかってしまうのか。祝いたかったのは本当だよ。急な別件ができてしまったと言った方が良いな」
「仁子さんも一緒ということは、大ごとなんですか?」
「うん。そうなんだ……」
鋼牙さんは、なんとも歯切れの悪い返事だった。
そして、とても困った顔をしながら言う。
「探索者狩りが発生した」
「えっ!」
モンスター狩りならわかるけど、探索者狩りって……。
「昔、一度だけ起こったことがある。装備を狙った犯行だった」
「その人は捕まったんですか?」
「ああ、ギルド内の諍いが、原因だったらしい」
「今回も同じですか?」
「いや、全く犯人の見当がつかない。しかも被害者が増えている」
おいおい、俺が認定試験を終えて北海道を満喫しているうちに、とんでもない事件が発生していた。
「死人も出ている。近々、ニュースになるだろう。ご両親もそれを見れば心配される」
「犯人が捕まるまではダンジョン探索を自粛した方がいいということですか?」
「そうだ。仁子も同意してくれている。八雲くんだって人間との殺し合いはしたくないだろう」
「絶対に嫌です」
そうか……しばらくダンジョン配信がお休みになってしまうのか。
こればかりは、どうしようもないことだ。
鋼牙さんは、ギルドの対応を教えてくれる。
「大手ギルド内で、犯人を捕まえるように算段をつけているところだ」
大手ギルドが動くのは、ダンジョンでは日本の法律が適用されないためだ。
捕まえて外に出て、警察官に引き渡すのがセオリーだ。
「捕まらない時は天空ダンジョン探索は中止ですか?」
「天空ダンジョンはトライできる期間が限られている。国も絡んでいるし……場所が場所だけに強行されるかもしれない」
天空ダンジョンへは、ヘリで移動しないといけない。
配信者のコウノトリさんの一件で、出入りが厳しく管理されており、国への申請をして許可された探索者しか上陸できないようになった。
「ご両親には八雲くんから、ニュースになる前に伝えていた方がいいと思ってな」
「ありがとうございます!」
「儂も一緒について話した方がいいだろう。いいかね?」
「心強いです。あの犯行が起こったダンジョンってどこなんですか?」
「それは……」
またしても、鋼牙さんは言いにくそうにしていた。
代わりに仁子さんが言う。
「八雲くんが、いままでに探索してきたダンジョン全てよ」
「えっ!?」
「他のダンジョンでは起こっていないの……あまり考えたくないけど」
「もしかして、犯人は俺を意識しているとか?」
「その線が捨てきれないのよ」
マジかよ……。なんで俺なんだよ……。
重い話が続いていたのに、テンションが一気に下がる内容だった。
鋼牙さんがアイスコーヒーを飲みながら言う。
「まあ、こうも考えられる。ダンジョン神が足跡を辿るダンジョン探索が流行っている。つまり人が多いから、狙いやすいとも言える」
「でも人殺しまで起こっているのよ。探索者が多い人気なダンジョンで犯行に及ぶものなの?」
「そこが犯人の異常性を感じるところだ。今のところは、八雲君には気をつけてくれとしか言えない」
怖すぎる……。母さんと父さんは公安の人たちが守ってくれているから、大丈夫だろう。
俺はもうランクS級探索者だ。自分の身は自分で守らないといけない。
魔剣レーヴァテインを持ち歩くべきかを検討していると、仁子さんが胸を叩いて言う。
「しばらく、八雲くんの守りを固めるべきだと思うの」
「どういうこと?」
「それは私がここに泊まり込みするってこと」
「えええっ!? いいんですか、鋼牙さん」
「言って聞くような娘じゃないからな」
とっくに諦めているようだ。彼女はお構いなしに言う。
「犯人が捕まるまで、よろしくね! 八雲くん」
仁子さんの東雲家へのお泊まりが始まった。
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