第136話 受け入れ準備
仁子さんと鋼牙さんは、母さんに事情を説明する。もちろん、俺もその輪に入っていた。
母さんは最初驚いていた。殺人犯が俺になんらかの思い入れがあるというのだ。
びっくりしない方がおかしい。
今はダンジョン内で犯行を繰り返しているようだが、状況によっては外側も危険かもしれない。はっきりと俺に関係しているとは言えないが、起こってからでは遅いのだ。
「わかったわ。仁子ちゃんが居てくれるなら安心だし」
「東雲家の平和は私が守ります!」
「いざとなったら、俺も頑張るから」
人間との殺し合いなんて、真っ平ごめんだ。でも、大事な家族を守るためなら、戦うさ。
母さんは頼もしい援軍に喜んでいたけど、真面目な顔をしていう。
「もしものことがあったら、構わずに逃げるのよ。命をかけてまで私たちを守ることはないわ。自分を優先しなさいよ」
「「はい」」
母さんは俺や仁子さんが、超人的な強さを持っていることは知っている。
俺が毎朝トレーニングをしている姿を見ているからだ。
それでも親として、子供に危険が及ぶことは避けたいのだ。それは俺が一番よくわかっている。
「よろしい」
母さんは鋼牙さんにお辞儀をして言う。
「息子のためにわざわざすみません。なんてお礼を言っていいのやら」
「儂も、八雲くんやご家族に何かあったら悲しい。仁子とここまで仲良くできる子は他にはいませんから。困ったことがありましたら、なんでも言ってください」
「はい。その時はお言葉に甘えさせていただきます」
鋼牙さんは母さんに事情を説明すると、すぐに帰ることになった。
大手ギルドの長だ。忙しい仕事の合間を縫って、やってきてくれたのだろう。
仁子さんは東雲家に珍しく車でやってきていた。理由は今ならわかる。
お泊まり用の荷物を入れるための車だった。
「荷物をとってくるわ」
「仁子さん、手伝うよ」
「ありがとっ」
仁子さんのためならなんのその! お安い御用である。
車に行くと、大きなアタッシュケースが5つ。大荷物だ。
「八雲くん、赤色の3つをお願いできる」
「オッケー!」
「ログハウスの私の部屋に運んで」
えっと、つまりこれは……。
「私の新しい装備よ。天空ダンジョンへ向けて新調したの」
「マジか。気になる」
「それは天空ダンジョンまでのお楽しみよ」
残念だ。彼女の装備といえば、すべてがオーダーメイド。
超一流の武具職人による国宝級の仕上がりだろう。
武具も扱うアイテムクラフターとしては、ぜひ拝見したい。
しかし今は我慢だ。
俺はせっせとログハウスに入って、仁子さんの部屋の前で止まった。
彼女に割り当てた部屋には、俺は入ったことがない。
中にアタッシュケースを置いてと言われたけど……やっぱり本人がいないところでは中に入れない。
ということで、俺は部屋の前にアタッシュケースを3つ並べて置いた。
俺も家に戻ろう。仁子さんの後を追って玄関に入ると、二階から声がした。
母さんと仁子さんの声だ。もうすでに空き部屋へと案内しているようだった。
東雲家には昔父さんが使っていた書斎がある。今は父さんが仕事で忙しいために、家族の物置のようになってしまっている。
「ごめんね、仁子ちゃん。こんな部屋しか用意できなくて」
「十分です」
「すぐに片付けるから、八雲! 八雲はいないの!」
おっと母上からお呼びがかかったぞ。俺は颯爽と階段を駆け上がり、書斎へ直行した。
「今参りました」
「うむ。書斎の片付けを一緒に頼める」
「了解で〜す」
我が家では力仕事といえば、俺一択となっている。なにせ、50トンのものを容易く持ち上げてしまうからだ。
近所でも、力持ちの八雲ちゃんで有名である。
だから、重機が必要な力仕事が発生した時には、俺が緊急出動しているくらいだった。
「まずは床に並んだ本の山を外の倉庫に入れましょう。私が縄で縛るから、八雲は運搬をよろしく」
「オッケー。あっ、仁子さんはゆっくりしていてね」
「それはできないわ。何か手伝うわ」
「なら、母さんを手伝ってあげて」
「うん」
仁子さんが母さんと一緒に書斎の荷物をまとめる作業をしてくれたおかげで、あっと言う間に部屋が綺麗になった。母さんが仕上げとばかりに、掃除機で埃を吸っている。
俺はその間にバケツと雑巾を用意していた。これでわずかに残ったゴミもきれいさっぱりだ。
ふきふきっと! はい、出来上がり!!
それを見て、仁子さんがうんうんと頷いていた。
「八雲くんって、綺麗好きなのね」
「普通だよ。暮らしやすいほうが好きだから」
それを聞いた母さんがうんうんと頷いていた。
「八雲は幼いときから、そうだったのよ。仁子ちゃん、いいものを見せてあげるから来て」
母さんは仁子さんの手を引っ張って、どこかに連れていった。
そして、隣の部屋のドアが開く音がした。
……俺の部屋じゃん!?
「ちょっと! 母さん、何をやっているのっ!?」
「八雲の部屋の紹介よ」
また勝手なことをしているよ……。
まあ、仁子さんならいいか。
俺の部屋を見た仁子さんの評価は!
「めっちゃきれいにしているじゃん」
「普通だよ」
「いやいや、ベッドの布団がまったく乱れていなし」
「起きたら、なんとなくしているだけだよ」
別にポリシーを持ってしているわけではない。
「机の上もきれいに整っているわ!」
「驚き過ぎだよ。この方が効率がいいから」
「思った以上だったわ。まさか八雲くんの部屋がここまでとは」
今まで仁子さんと勉強をする時は、一階のリビングでしていたからな。
初めて俺の部屋を見てくれた感想として、まずまずの評価を得られたと思う。
「そういえば、ログハウスもきれいよね。あれって八雲くんが掃除しているの?」
「もちろんだよ。氷室さんも手伝ってくれているよ」
氷室さんも結構な綺麗好きだ。そのため、俺と一緒に掃除をすると、ピカピカになってしまう。
「仁子さんは掃除は好きなの?」
「私は普通よ。さっき、荷物を置きに私の部屋に入ったからわかるでしょ」
「ん? いや……やっぱり仁子さんのいないところで入るのは、気が引けたからドアの前に荷物は置いたよ」
「……そうなんだ。八雲くんらしいわね」
仁子さんはまたしても、うんうんと頷いていた。
そして腕まくりする真似をして言う。
「よしっ、荷解きするわ」
「なら、私も手伝うわ。どこに何があるかは未だわからないでしょ」
「助かります!」
俺の役目はここまでのようだ。
彼女の荷解きは手伝えない。
「仁子さん、何か用があったら声をかけて」
「ありがとっ!」
俺は自分の部屋に戻って、エアコンの電源を入れた。
しばらくして冷たい風に熱くなった頬が冷めていくのを感じる。隣の部屋では仁子さんと母さんが、楽しそうに話している声が聞こえた。内容まではよくわからない。
母さんはいつにも増して弾んだ声だ。彼女がしばらくここへ泊まることが相当嬉しいのだろう。
東雲家がさらに賑やかになる。これからの夏休みが一体どうなってしまうのか……ここまで仁子さんと四六時中一緒にいることはなかったので、俺には予想できなかった。
「とりあえず……勉強をしよう」
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