第133話 合格

「嬢ちゃん、気をつけろよ。相手は翼を合わせて手が四本あるからな」

「ということは、実質2対2ってわけ」


 仲がいいのか、張り合っているのかはわからない二人が、同時に襲いかかってくる。

 清水さんは左から、一ノ瀬さんは正面からだ。


 どちらもさっき倒した試験官よりも速い。


 俺の同じスピードにあわせなければ、防戦一方になってしまう。

 まあ、仕方ないか。ギャラリーの自衛隊の人たちに気を遣っている暇はない。


 俺は一ノ瀬さんの蹴りを左手で受け止めて、後ろに下がる。

 それを見逃さなかった清水さんがすかさず、右腕で正拳突きをしてきた。


 おっと、翼で受け流して、上空へ飛ぶ。


「逃がさない」


 予測していたのだろう。一ノ瀬さんがすでに待ち構えていた。

 だが、空中では俺の方に利がある。翼で縦横無尽に動けるからだ。

 俺の誘いにまんまと乗った彼女の攻撃を躱して、足をつかんだ。そして、接近してくる清水さんに向けてジャイアントスイング!


「邪魔っ!」

「それはこっちの台詞だ!」


 ドンガラガッシャーン! 互いに避けるつもりがなかったようだ。

 お前が避けろと言って、良い感じに二人はぶつかった。


 そして、何事もなかったかのように、起き上がった二人は言い争いをしていた。


 俺はしばらく空中で見守っていたけど、もう戦う意思はなさそうなので地面に降りることにした。


「お疲れ様でした」


 西園寺さんが俺に駆け寄ってくる。


「もういいですか?」

「はい、すでに清水さんと一ノ瀬さんを除いた試験官3人が東雲さんをランクS級に推薦しました。5人中3人が支持を得ましたので、無事に合格です」


 試験官の過半数以上が認めてくれたから、もう終わりというわけか。

 俺は天使モードを解いて、いつもの姿に戻る。


 そして、西園寺さんは今も言い争っている清水さんと一ノ瀬さんのところに歩いていく。


「お二人とも、東雲さんの認定試験は終わりました」

「「えっ!?」」


 他の試験官が認めたことに、二人は少々不満を漏らしていた。

 理由はもっと俺と戦うつもりだったからだ。


「早すぎ、やっと体が温まってきたところだったのに」

「天下のダンジョン神とせっかく手合わせできる良いチャンスだったのに残念だわい」


 俺としてはあれ以上の戦いになると、演習場を広範囲で破壊しかねない。だから、力試し程度で終わって本当に良かったと思う。


 俺と試験官たちの戦闘を見ていた自衛隊のおじさんたちは、スピードに目がついていけずに呆然としていたくらいだし。


 たぶん姿が全く見えない中で、衝撃だけが聞こえていたはずだ。


 結局、清水さんと一ノ瀬さんも俺をランクS級に推薦してくれた。

 やったぜ!

 俺も仁子さんと同じランクになったぞ!


「おめでとう! 八雲くん」

「おめでとうございます!」


 俺の合格を聞いて、仁子さんと氷室さんが駆け寄ってきた。


「喉が渇いたでしょ。これを飲んで」


 仁子さんから特製ジュースをもらって飲んでいると、清水さんが近づいてきた。


「いやいや、さすがはダンジョン神だ。配信動画はいつも観させてもらっている。君の本気を引き出したかったが、その前に止められてしまった」

「でしたら、今度手合わせをお願いします!」

「いいのかい? 気前がいいね! ならこれを」


 清水さんはズボンのポケットから、一枚の名刺を取り出して俺に渡してくれる。

 名刺は先ほどの戦闘で、しわしわになっていた。


「清水さんってフリーの探索者なんですね」

「そうだ。たまにタルタロスにお世話になったりしている。そうだよな、仁子ちゃん!」

「しらな〜い!」


 清水さんの問いかけに、仁子さんは知らんふりをした。

 それも見た彼は困った顔をしながら言う。


「仁子ちゃんは君の試験官をしたかったみたいだからな。儂がその役になって、焼き餅を焼いて…………ぐはっ」


 俺に耳打ちしていた清水さんは、仁子さんからパンチをみぞおちにもらった。そして膝をつき、うずくまる。


「良いパンチだ。また成長したなっ!」

「まったく……この人は戦闘狂だから気をつけてね。傭兵を気取って、いろんなギルドで暴れまくっているの」


 俺から見れば、仁子さんは戦闘狂だ。その彼女が言うのなら、よっぽどなのだろう。

 今回は素手だけで戦ったから、清水さんの本来の力は未知数だ。

 名刺をもらったことだし、天空ダンジョン探索が終わったところで、ちゃんとした手合わせをお願いしたいものだ。


 そんな清水さんは、仁子さんによってコブラツイストされていた。

 どうやら二人は仲が良いみたいだ。微笑ましく見ていると、後ろから殺気を感じた。


「ん!?」

「やあ!」

「一ノ瀬さん…………なんで殺気を出したんですか?」

「反応速度を計測するため」

「もしかして、まだ試験が続いているとか」

「これは私の趣味」


 嫌な趣味だ。

 一ノ瀬さんはショートヘアを耳にかけた。耳には毒々しいピアスがいくつもつけられていた。


「思った通りの人だった。タルタロスだけに仲良くするのは良くないと思う」

「公平にしたほうがいいってこと?」

「違う。一つのギルドと深く付き合うより、他のギルドとの関係を深めておいた方が東雲くんにもメリットがある」


 そう言って一ノ瀬さんは、名刺を取り出した。


「これを受け取ってもらえる?」

「ダメっ!」


 仁子さんが突然割り込んできた。一ノ瀬さんの手から名刺を取り上げようとしたが、


「あっ、この!?」

「あなたはいつも直線的ね」


 ひらりと躱して、俺の胸のポケットに名刺を入れた。


「また会いましょう。連絡はいつでも待ってる」


 彼女は俺に背を向けて、演習場から立ち去っていった。ギルド所属のランクS級探索者だ。忙しい身なのだろう。


 仁子さんは俺の胸のポケットを忌々しげに見ていた。

 すでに名刺は俺の所有物となっている。彼女はそれを奪い取るような人ではない。

 だから、渡そうとする一ノ瀬さんを食い止めようとしていた。


「おのれ〜、一ノ瀬雪乃っ!」


 ギャアアオオォー! まさに竜の咆哮だった。

 氷室さんが吠える仁子さんをせっせとなだめていた。彼女が少し落ち着いたところで、俺は自分で作った特製ドリンクを仁子さんに渡す。


「俺も真似て作ってみたんだ。これを飲んで落ち着いて!」


 彼女はいつものように腰に手を当てて、一気飲みをした。

 ちゃんと味わってくれただろうか……心配である。


「美味しかったわ。これはライムをいれたの?」

「当たり!」

「完全に落ち着いたわ。ありがとうっ」


 いつもの仁子さんに戻って、俺と氷室さんも一安心だ。

 清水さんが俺たちのもとへ来て言う。


「あの二人は犬猿の仲だからな。しかたない」

「またいらないことを言う!」


 仁子さんは今度こそ、清水さんに本気のコブラツイストをかけた。

 なんかミシミシと音が聞こえるけど……大丈夫なのだろうか。


「仁子さん。そのくらいにして、一ノ瀬さんについて教えてよ」


 手を合わせてお願いすると「仕方ないわね」と言いながら、彼女は話し出した。


「アマテラスは、最近になって勢力を拡大してきた新進気鋭のギルドっていったよね」

「うん。一ノ瀬さんはそのギルド長の妹なんだよね」

「はじめは良いギルドだったのよ。タルタロスと提携していたくらいだし。それが突然一方的に関係を破棄されたの。それ以来、一ノ瀬雪乃とは会うたびに……」

「破棄された理由は?」

「はっきりとしたことはわからないわ。でも、その後に一ノ瀬兄妹がランクS級に昇級したの……」


 あまり悪くは思いたくはないけど……。

 一ノ瀬兄妹は自分たちがランクS級になったから、タルタロスが必要なくなったのが理由かもしれない。仁子さんの性格だ。きっとアマテラスに世話を焼いていたのではないだろうか。


「もらった名刺をどう使おうと八雲くん次第だから、私からは何も言えないけど……。気をつけた方がいいわ。あまり言い噂も聞かないギルドよ」

「それは儂からも、同じ警告をさせてもらおう。アマテラスギルドにはかかわらない方が良い」


 俺は一ノ瀬さんからもらった名刺をポケットから取り出した。

 ここは素直に仁子さんと清水さんから話を受け入れるべきだ。

 しかし、破り捨てるわけにもいかず、困っていると氷室さんが声をかけてきた。


「私がお預かりします。その方が一番良いです」

「ありがとうございます。さすがは氷室さんだ!」


 一ノ瀬さんの名刺を氷室さんに渡して、一安心。晴れてランクS級探索者にもなれたし、いうことなしだ!

 今日はこのまま北海道で観光して宿泊することになった。

 よしっ、夏休みなのでしっかりと遊ぶぞ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る