第79話 ギルド長

 大きなビルの前に俺たちは立っていた。

 こんな建物は俺が住む街にはない。見上げていると、仁子さんに笑われてしまった。


「いつまで見ているの。早く中へ入るわよ」

「このビルってタルタロスギルドのものなの?」

「まさか、一室を借りているだけよ。誰かさんが新宿ダンジョンで革命を起こしたから、急遽用意したわけよ。一体、誰でしょうか!?」

「あははっ……もしかして俺かな」

「当たりっ! 他のギルドも重要拠点としてオフィスを借りているようね」


 ここでも俺によって、ちょっとしたバブルが起きているようだった。よく見たら、身のこなしが探索者らしき人が多い気がする。


 俺が販売ゴーレムを設置する場所では、同じようなことが起こっていた。

 今では、地域おこしのためにSNSにぜひとも自分たちの地域になるダンジョンへお越しくださいと連絡がたくさん来ているほどだ。


 ビルの中に入るとすぐに身元確認をされた。

 仁子さんがタルタロスギルドのメンバーを証明するカードを提示すると、受付嬢が笑顔で対応してくれた。

 セキュリティはすごくしっかりしているようだった。

 俺は仁子さんの手配で、ゲストのカードを発行してもらい首にぶら下げる。


「これで自由に動けるわよ」

「ありがとう!」

「20階が私たちのギルドよ」

「えっ、すべて借りているの?」

「もちろんよ」


 さすがは大手ギルドだ。

 たくさんあるエレベーターの一つに乗って、20階への扉が開くと圧巻だった。

 マジかよ! これはおしゃれなオフィスだな。

 もっと無骨な場所を考えていた。

 なんだかイケイケなスタートアップ企業みたいだ。


「すごいね。ギルドのオフィスってどこもそうなの?」

「うちは資金が多いからね。メンバーのためにも、このようなレイアウトにしているんだって。私は意識高い系みたいで嫌なんだけど、好評なようよ」

「俺のログハウスは無骨な感じだけど、このほうがいいかな」

「私もあの感じは好きよ。アイアントレントの薪を使った暖炉なんて素敵だと思うわ」

「あの薪はめちゃくちゃ長く燃えるし、すごく暖かいよね。今は夏だから冬は楽しみで仕方ないよ」


 暖炉で燃える薪を見ながら、ほっこりするのだ。

 ログハウスは現在進行系で、改良をしている。

 素材を国に売ったお金の一部で、どんどん暮らしよくしているのだ。秘密基地といえばロマンの塊なのだ。

 妥協は許されない!


 タルタロスギルドのオフィスで総務をしているという女性が、案内をしてくれた。


「ようこそ、くもくもさん。お待ちしておりました。さあ、こちらへ」

「どうもです」

「もしかして緊張している?」

「当たり前だよ。なんか社会見学みたいでさ」

「大袈裟すぎっ」


 なんかすれ違う人たちがスーツを着ているから、ギルドというより会社のように見えてしまうのだ。

 それに比べて俺たちは学生服。場違い感がすごい!


「こちらの部屋でお待ち下さい。ギルド長を呼んでまいります」

「ありがとうございます」


 冷たい麦茶とお菓子まで出してもらってしまった。

 大きなテーブルの前に座った椅子が、どこかの高級ブランドらしく、すごく心地よい。

 この椅子があれば、勉強が更に捗りそうである。


「このお菓子、美味しいね」

「八雲くんって緊張しているようで、緊張していないよね」

「そんなことないよ。めっちゃ緊張しているよ」


 だけど、このサクッとしたクッキーが美味しくて、パクパク食べてしまう。

 麦茶もよく冷えていて美味しいし、これだけでも着たかいがあるってものだ。


 ほっこりしていると、部屋の扉が開いた。

 現れたのは身長が2メートルはありそうな筋肉隆々のおっさん。

 仁子さんの父親の片桐鋼牙さんだ。

 着ているスーツが今にもはち切れそうな感じで、俺のところへ歩いてきた。

 俺はすぐに立ち上がって、挨拶をする。


「今日はお招きいただきありがとうございます!」

「肩の力を抜いてくれ。いつも娘がお世話になっているからね。こちらこそ、ありがとう」


 そんなやり取りを尻目に仁子さんが言う。


「パパは、この前の知床ダンジョンで、優先的に中級ポーションをたくさんゲットできたお礼はどうしてのかな?」

「ああはは……八雲くんのおかげで、ギルドに復帰できない者たちがたくさん救われたよ。これも君のおかげだ。とても感謝しているよ」

「よしよし! 八雲くんが思っている以上にギルドとして助かっているのよ」


 ギルド長は娘の仁子さんにタジタジだった。

 そんな彼女が中級ポーションについて、最近わかったことを伝えた。


「八雲くんから教えてもらったんだけど、中級ポーションを飲み続けると若返るみたいよ」

「ん!? それは本当なのか?」

「嘘言うわけ無いじゃん」


 俺も両親を実験体にして、効果が出ていることを伝えるとギルド長は思案しだした。


「とてもすごいことだ。そして、中級ポーションを巡って今も熾烈な獲得争いがあるのに、更に拍車をかかてしまうな」

「そんなに知床ダンジョンはすごい混雑しているんですか?」


 ニュースで見ていたからわかっていることだが、ギルド長の口ぶりではそれ以上に聞こえた。


「全国の探索者たちが押しかけている。そのおかげで新宿ダンジョンが少し混雑しなくなったくらいにな」

「知床の町は大変そうですね」

「大変というレベルじゃない。ギルドの支部が次々と立ち上がっており、人口は鰻登りだよ」


 中級ポーションは伝説の秘薬並の扱いを受けているみたいで、皆が喉から手が出るほど欲しがっているらしい。

 ということなら、お土産として中級ポーションを渡したらとても喜ばれそうである。


「日頃、お世話になっておりますから、つまらないものですがお収めください」


 俺は、中級ポーション100個をアイテムボックスから取り出して、テーブルの上に並べた。


「良いのかい?」

「パパ、もうすでに手が出ているじゃん」

「ログハウスの建設の件でお世話になりましたし、どうぞ受け取ってください」

「では、ありがたく受け取らせてもらうよ。中級ポーションはいくらあっても足りないくらいだからな」


 ホクホク顔のギルド長。

 どうやら、彼の心をガッチリと鷲掴みしたようだ。


「パパ、中級ポーションに目が眩みすぎっ!」

「そ、そんなことないぞ。だが、中級ポーションを100個だ。これで心を揺さぶられない探索者はいない」


 大手のギルド長ですら、この効果だ。

 交渉は中級ポーションで決まりだな。


 気を取り直したギルド長が、咳払いをしながら俺に聞いてきた。


「ところで、ワシントンダンジョンでは大変だったようだね」

「ボスモンスターが上の階層までやってくることってあるんですか?」

「儂も聞いたことがない。しかも通常のボスモンスターではなかったらしいな」

「はい。強化されているようでした。色違いのレアボスモンスターでもなかったです」

「君の探索やアイテムクラフト自体が、我々と違うからな。今回のようなことはまた起きるかもしれない。注意したほうが良いだろう」

「大丈夫よ。私が付いているし!」

「八雲くん、娘のことを頼んだぞ」

「なんでそうなるの!?」


 ギルド長の言うことはよく分かる。

 仁子さんは危なっかしいところがあるからな。

 一緒に探索していて身に染みていた。


「はい、善処します!」

「それはよかった。親として、その言葉が聞けて安心したよ」


 心底ホッとしているようだった。それほど仁子さんの無鉄砲っぷりには、親としても悩みのタネだったようだ。


「ところで、八雲くん。勉強の方はどうだい? なんでも学年一位を取らないと、探索者をさせてもらえないとか」

「ああ……それですか。頑張っているところです」


 すると、ギルド長が俺に耳打ちした。


「仁子は本気で学年一位を狙っているから、気を抜かないようにな」

「やっぱりそうですか……」

「頑張りたまえ」


 仁子さんの性格からわかっていたことだ。

 何をやるにも本気だ。彼女に忖度など存在しないのだ。

 俺はギルド長に肩を叩かれながら、励まされた。

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