第138話 大雨警報
なんてことはないさ。
帰宅してきた父さんは、真っ黒になって日焼けしていた。
そして俺のライセンスカードを見ながら、大いに真っ白い歯を見せる。中級ポーションで若返った父さんは、最近とても生き生きしていた。
「面白い顔で写っているな。狙ったのか」
「わざわざそんなこと、するわけないって」
「それもそうか。俺も初めての免許証はこんな顔だったな」
「なんだ。父さんも同じかよ」
親子なので、変なところで似ているのだろうと父さんは笑っていたのだ。
うん、やっぱり父さんは母さんとは違うな。
「ところで、仁子ちゃんが我が家にしばらく泊まることになったとか」
「う、うん」
リビングには俺と父さんしかいない。
夜遅いので、母さんと仁子さんはもう寝てしまったのだ。
「ダンジョン絡みで危険なことが起こっているみたいじゃないか」
「もしかしたら俺が狙われるかもしれない」
「だから、警備の人たちが増えたわけか。ゴルフ中に連絡があったのさ」
事情は公安から聞いていると父さんは言った。
「さすがに今回ばかりは大人しくダンジョン探索を控えてくれてよかった」
「こればっかりは俺にはどうにもできないからね」
「お前が熱血漢で、自分で犯人を捕まえるとか言ったら殴ってでも止めていたさ」
「犯人を捕まえるために、それ相応の人たちがちゃんと動いているんだ。それに俺は熱血漢じゃないよ」
「ああ、わかっている」
父さんはテーブルの前に置かれた。麦茶を飲んだ。
コップの中に入っていた氷はとっくに溶けていた。
「仁子ちゃんは、犯人が捕まるまでここにいるのか?」
「多分、そうなるかな」
「早く捕まるといいな。そしたら八雲も自由にダンジョン探索ができるだろ」
「仁子さんを介して、状況を教えてもらえることになっているから、父さんにも知らせるよ」
俺は座っていたテーブルから立つと、残っていた麦茶を飲み干す。
ぬるくなったため、気持ちをさっぱりしてくれるものではなかった。
流し台にコップを置いて、リビングを出た。
「おやすみ、八雲」
「うん、おやすみ!」
父さんはしばらく一人でいたいらしい。またダンジョン探索でいらぬ心配をかけてしまった。
階段を上がって二階へ、廊下を静かに歩いて、自分の部屋へ。
中に入る前に仁子さんの部屋のドアを見ると、灯りは漏れていなかった。
俺は感謝の気持ちを込めて、心の中で「おやすみなさい」と言った。
さてと、俺も寝よう。明日も朝早く起きて、トレーニングだ!
ベッドに飛び込んで、目を閉じる。外ではまだ雨が降っているようだ。
しかも、とんでもない土砂降りだった。
まあ、朝にはやんでいるだろう……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「八雲くん! 起きて!! 大変よっ!!」
なんだ。目を覚ますと、仁子さんの顔がドアップで現れた。
「うあっ! どうしたのっ!」
彼女らしくない行動に俺は少々びっくりしていた。いつもの仁子さんなら、無断で俺の部屋に入ったりはしない。
すこし興奮しているような声からもよほどの緊急事態だと伝わってくる。
仁子さんは窓の外を見るように俺に伝えた。
「マジかよ……」
庭が湖のようになっている。見た感じ、まだ水深は足首くらいだろう。
この調子で雨が降りつづければ、床上浸水してしまうかも!
さよなら、俺のログハウス!
「見入っている場合じゃないわ。近くの川が氾濫しかけているのよ」
ええええっ!!
本当に緊急事態が発生中だった。
「八雲くんのお父さんが役場から避難の連絡を受けたって」
仁子さんは俺の親が一階でどたばたと慌てている声を聞いて目を覚ましたという。
「この雨だと、避難する時間もなさそうだ」
外はもう車が出せなさそうなくらいの水位になっている。
そして川が氾濫したら、ここらへん一体が流されてしまうだろう。
時計を見ると、深夜3時を過ぎていた。
この時間なら、近所の人たちだって、俺たちと同じ状況だろう。数時間のうちにどれだけ雨が降っているんだよ。外は俺が寝ている時よりも激しい雨だった。
俺と仁子さんは空を飛べる。両親を抱えて、避難することは可能だ。
しかし、近所の人たちはどうなる!?
「父さんと母さんをお願いできる?」
「わかったけど、八雲くんはどうするの?」
「川の氾濫を止める」
わかっている。俺が出しゃばることではない……別に何もしなくても責められることはないだろう。
だけど、何もしないで悲惨な結果になったら、たぶんずっと後悔する。
たまたま、こんな力を持ったんだ。たまたま、川の氾濫を止めるために頑張ってもいいじゃないか。
俺は窓を開けた。荒れ狂うような風と雨が部屋の中へ飛び込んできた。
あっという間に部屋はびしょ濡れだ。
「八雲くん! お父さんとお母さんのことは私に任せて!」
「うん、行ってくる」
ステータスをギア5にして、天使モード全開。
背中に生えた翼で、一気に空へ飛んだ。
川に向かう前に、気になることがあった。公安の人たちはどうしているのだろう。
俺たちの安全のために、監視をしてくれていたはず。それなのに、川の氾濫が迫っているのに何の音沙汰もない。
寝る前に彼らの気配を感じたところへ向かう。あった! 公安の黒塗りの車だ。
しかし様子がおかしい。雨の中でドアは開けられ、ライトは付けたままだった。
もっと近づくと、黒服の人たちが五人、地面に倒れていた。スピードを上げて、彼らのところへ着地すると、地面に大量の血が流れ落ちていた。
そして少し離れた場所には、壊された中級ポーションの小瓶がたくさん転がっていた。
どうやら、傷を回復しようとして邪魔をされたらしい。
すぐに彼らの傷を確認する。どれも致命傷になるほど深いものだ。
しかし幸いなことに、息はまだある。
俺はアイテムボックスから、中級ポーションを取り出して、彼らに飲ませた。
「大丈夫ですか!」
「ああ……すまない。遅れをとった」
事情は聞きたいけど、今は川の氾濫を止めないと!
俺は20本ほどの中級ポーションを彼らに渡して言う。
「他にも怪我人がいたら、これを飲ませてください。俺は川の氾濫を止めに行きます」
「やめるんだ! 君は狙われている!」
それでやめることができたら、どれだけいいか……。
「行きます!」
「なら、4人を連れて行ってくれ。君の護衛をする。次は遅れを取らない」
彼はそう言って、車に駆け込んで応援を呼び始めた。
残った4人は俺を見て頷く。激しい雨の中でも、瞬きしない彼らの目を見て、
「よろしくお願いします」
俺は翼を羽ばたかせて、飛び上がる。そして一直線に川を目指す。
「よしっ、まだ氾濫している気配はない!」
俺は高度を上げて、川を見渡す。夜明け前で暗いこと、雨で視界が悪いことが重なって非常に見にくい状況だ。
それでも、天使モードの鋭い五感で土手の綻びを探すしかない。
「……あそこかっ!」
暴れる川からの濁流によって、大きく削られたと思われる土手を発見した。
俺はそこへ魔力を高めた氷魔法アイシクルを連続で放った。
巨大な氷柱が次々に崩れそうな土手へ向けて突き刺さる。
魔力が大量に込められた氷柱だ。そう簡単には解けることはない。
とりあえず、1週間は凍り続けるくらいの魔力を込めた。俺は氷柱の上に降り立って、濁流を抑え切っているかを確認する。
うん、しっかりと地面に刺さって安定しているぞ。
それにしてもすごい雨だ。まだ強くなっていく。他にも決壊の恐れがでているかもしれない。
このまま川を見張るべきだろう。
ふと対岸に目を向けた時、
「ん!?」
黒い影が、じっとこちらを観察していた。
俺の側にいる公安の人たちには見えていないようだ。
そんなバカなこと……。もう一度目線を戻した時には、黒い影はいなくなっていた。
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