第90話 炎上!?
沼地を息を殺しながら進む。仁子さんもそれに従ってくれて助かった。
空を飛ぶスピリットレイブンはなんとか見つからずにいられた。しかし、どうしても沼地に潜むアシッドアリゲーターには襲われることがあった。
それでも仁子さんはアサシンのように無音で、仕留めていた。
「仁子さんって器用だよね」
「まあね。いろいろな戦いをしているから勝手にできるようになっただけかな。くもくもだってそのうちできるよ」
「そうかな……まずは水音を立てずに駆けれるようにならないと」
「なら、この階層はいい練習になるかもね」
彼女が言う通りだ。
ここは俺の隠密行動力を上げるために、鍛錬を考えて進んでいった方がいい。
アサシンくもくも! いいじゃないかっ!
別に人を暗殺するわけではないけど、なんかかっこいい感じだ。
では早速! 静かに沼を歩いていると、
「なんかこそ泥みたい」
「そんな~!」
動きに小物感があったようで、仁子さんにツッコまれてしまった。
動画配信を見ている視聴者たちからも同じような意見を頂いた。
ここは真摯に受け止めるべきだろう。
圧倒的多数で、今の俺の動きはこそ泥だったらしい。
こうやって視聴者からフィードバックが得られるのは動画配信に良いところだと思う。
いつも通りに行動しつつ、音を出さないように注意しよう。
そう思って、前を歩く仁子さんを眺めていると
「あっ、お手本が目の前にいた!」
「なになにどうしたの急に大きな声を出して! 静かにっ!」
仁子さんはS級ランク探索者であり、熟練者でもある。
自分でも言うことだけあって、身のこなしは完璧だ。
自分であれこれと考えるよりも彼女を真似したほうが早い。
その上で、自己流にアレンジするのがいいだろう。
ここは仁子さんの動きをしっかりと学ばないと!
なんてじっと後ろ姿を見つめていたら、苦情が入った。
「ちょっとくもくもから、いまだかつて無い視線を感じるんだけど……なに!?」
視聴者たちからは、俺が仁子さんへのセクハラ疑惑が浮上していた。
この配信では、仁子さんファンも見ているため、途轍もない書き込みの波が押し寄せてきた。
多すぎて、目で追えないくらいだった。
「違う! 違うよ!」
「どういうこと? なんで急に舐めるような目で見ていたの?」
「誤解だ! 冤罪だよ!」
そんな変態のような目で見ていたというのか!?
実に心外である。
全く持って健全な動機で見ていたのに……。
「仁子さんの隠密行動を真似しようと思っただけだよ!」
「それならそうと早く言ってくれたらいいのに。書き込みが勘違いしてすごいことになっているよ」
「もう炎上だよ!」
「皆さん、誤解ですよ! 落ち着いてください!」
荒れ狂っていた視聴者たちも、仁子さんの言葉に落ち着きを見せ始めていた。
ふ~、危ないところだった。
視聴者の数が鰻登りで増えているので、燃え方も半端ないのだ。
最近は切り抜き動画も作られている。だから、くもくもがセクハラ疑惑なんて切り抜きも動画サイトにアップされる可能性大だ。
疑わしい行為をしてしまったのでそこは甘んじて受け入れよう。
モデレーターの氷室さんもうまく統制を取ってくれており、すごい手際の良さだった。
最近多くなり始めたスパムなどもあっという間に駆逐してくれている。
そのおかげで視聴者たちからも、好印象を受けている感じだ。
これには仁子さんも感心していた。
うんうん。俺としては採用を前向きに考えたいと思う。あとは氷室さん自身が決めることだろう。
果たして俺は雇用主として認めてもらえるだろうか……社会も知らない高校生なので、少し心配である。
と思っていたら、氷室さんから応援メッセージを頂いた。
よしっ、俺の勇姿を見てもらおう。
前を進む仁子さんになりきって、隠密行動を真似した。
「手足の動きをそのまま真似されると、もうシンクロよ」
「ものまね師くもくもだよ」
「やり過ぎ!」
仁子さんから苦情が入るほど、正確に動きをトレースしたことで、音を立てない動きをかなりマスターできたと思う。
隠密行動は、今回以外のダンジョンでも役に立ちそうだ。
「見て見て! 仁子さんのおかげで、こんなにも静かに動けるようになったよ」
「くもくもって……こういうことにおいては、器用なのね」
「身のこなしはダンジョン探索に必須だからね。めっちゃ一生懸命さ」
「ほどほどにね。くもくものお母さんから、家の庭で剣を振り回してご近所から苦情が入ったって聞いたよ」
「ああ……あれね」
仁子さんが言っているのは、先日の出来事だった。
まさか母さんが仁子さんにその話をしていたとは……びっくりである。
あれは、剣の腕前を上げようと庭で一心不乱に素振りをしていたときだ。
木刀でもよかったけど、やはり真剣を使ったほうが実戦のような感覚になれると西園寺さんからアドバイスをもらった。
そのため、俺はフランベルジュをぶんぶんと振り回していた。
どうやらその動きは、普通の人から見たら常軌を逸したものだったらしく……。
通りがかった近所の人が目撃してびっくりしたみたいだった。
そして母さんに、おたくの息子さんが剣を持って暴れていると伝えて、大騒ぎだった。
この件で俺は両親からお叱りを受けてしまったのだ。
俺はダンジョン探索ばかりで、そのような常識が鈍ってしまっていたようだ。
反省をして、剣の鍛錬はダンジョン内で行うように心に決めた。
そのため、新宿ダンジョンで俺は剣の素振りをするようになったのだ。
自分で言うのも、恥ずかしいが俺の顔はほとんどの探索者たちに知られており、素振りをしていると写真を取られたり、手合わせの申し込みを受けたりと大変だった。
今では新宿ダンジョンはくもくもが出没する場所としても有名になりつつある。
「それで新宿ダンジョンで素振りをしているのね」
どうやら仁子さんにはお見通しだったようだ。
「まあね。そのかいあって、いろいろな探索者と手合わせできたよ。特に示現流の使い手は、すごかった」
「あの独特な掛け声で刀を振るう人たちか……」
「有名なんだ」
「すごく変わった人たちだから、深く関わったら駄目よ!」
「そうなんだ。一緒に新たな時代の示現流を極めようって誘われたけど、断ったほうが良さそうだね」
「絶対に駄目っ!」
示現流が問題ではなく、俺が出会った人たち――ギルドがまずかったようだ。
その人達と親交を深めるとくもくもチャンネルのイメージが大きく傷つくらしい。
「刀のみに生きている人たちで半ば無理やり決着を申し込んでは、各所で問題を起こしているのよ。更に無駄に強いから手に負えないみたい。ギルド同士の会合でもよく議案になっているわ」
「問題児なんだ」
「もし気に入られていたら、大変よ」
「手遅れかもしれない……」
「まじ!?」
「うん」
日が経つごとに、手合わせを申し込んでくる示現流の使い手が増えていたからだ。
彼らはわざわざ九州から俺と手合わせをするためだけにやってきていた。
理由は俺と戦うことで、新たな境地を見いだせるのだという。
「会うたびにたくさんお土産ももらっているんだ」
「買収されかかっているじゃん!」
「まあ……今後は適度な距離を取りながら付き合うよ。忠告をありがとう!」
「それならいいけど。くもくもはもう少し自分が有名だということを意識したほうがいいわよ」
はい! 心に刻んでおきます!
仁子さんから問題の薩摩ギルドについて、詳しく教えてもらっていると、大階段が見えてきた。
あの下はどのようなダンジョンなっているのだろうか。
また極寒の世界? それとも今と同じ湿地?
はたまた全く別の環境かもしれない。いつもなら、ダンジョンの環境は階層を移動しても同じだ。
この大階段を下りればわかることだが、予想しながら進むのも楽しかった。
「仁子さんは次はどんなダンジョンだと思う。俺は灼熱地獄かな」
「私は今のジメジメしたところ以外なら、どこでもいいわ」
さあ、大階段を下りて確かめよう! 俺たちは意気揚々と先に進んだ。
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