第89話 取り込む
仁子さんはアシッドアリゲーターからの攻撃を軽快に躱しながら、反撃していた。
避けた強酸は、沼地を深くえぐっていた。立ち上る煙が蒸気のように吹き上がっている。
恐ろしいほどのスピードで溶けているので、さすがの仁子さんもあれを浴びてしまったら、無事で済まないのかもしれない。
「仁子さん、大丈夫?」
「問題ないわ。強酸に当たったら、服が溶けてしまうから面倒だけど」
「う、うん」
あの口ぶりだと、攻撃を浴びても体が溶けることはなさそうだった。
それよりも、配信中に服が溶けてしまうことが一大事らしい。
うん、たしかにそんなことになりそうだったら、速攻で配信を中断しよう。
仁子さんの裸が世界に向けて配信されてしまうことは絶対に避けないといけない。
モンスターとの戦いとは違ったところで、緊張感が増してしまった。
これは仁子さんを見守りつつ、スピリットレイブンと戦うしかない。
なんて思っていると、スピリットレイブンの群れに囲まれていた。
「くもくも、大丈夫?」
「問題ないよ。このくらいすぐに倒せる」
「嫌な予感がするから気をつけてね」
仁子さんの心配をしていたら、逆に心配されてしまった。
ここは挽回して、仁子さんに安心してもらわないと!
そうしないと、彼女はアシッドアリゲーターとの戦いに集中できない。
よしっ、仁子さんの忠告を受け止めて、慎重かつ大胆にいこう!
フランベルジュを構えて、一匹のスプリットレイブンに斬りかかる。
翼を全力で羽ばたかせて、一気に詰め寄った。すれ違いざまに一閃。
うん。完璧に決まった!
「えっ!?」
おっと、両断したはずのスプリットレイブンは元気よく空を飛んでいた。
もしかして、物理攻撃が効かない!?
試しに襲ってきた一匹を叩き斬ってみるが……。
「やっぱりだめか」
斬れた体がくっついて元に戻ったのだ。
おそらく見た目が鳥の形をしているが、何かの集合体なのだろう。
カラスみたいに鳴くくせに紛らわしいモンスターだ。
物理攻撃が効かないのなら、魔法攻撃だ。
氷魔法ニブルヘイムを詠唱!
俺を中心に極寒の世界を展開する。一斉に襲いかかっていたスピリットレイブンの群れは瞬く間に凍りついて、地面に落ちていった。
そのまま地面に当たった衝撃で、氷が砕けるように粉々になった。
よし、倒したと思ったけど、アイテムボックスにドロップ品が回収されない。
つまり、まだスピリットレイブンは生きているということだ。
「マジかよ……生命力強すぎっ!」
砕け散った破片が溶けて、スライムのように動き出した。
そして、仁子さんが戦っているアシッドアリゲーターの体に張り付き出した。
おいおい……何が起こっているんだ。
張り付かれたアシッドアリゲーターがもがき苦しんで、沼地をゴロゴロと転がり出す。盛大に水しぶきをまき散らしていた。
俺は地上にいる仁子さんに合流する。
「仁子さんの嫌な予感が当たったね」
「のんきに言えているのは今のうちかもね。見て、様子が変わったわ」
「モンスターを取り込んでいる!?」
アシッドアリゲーターがスプリットレイブンに次々と覆われていき、飲み込まれていった。
取り込んだことで、体の大きさは数倍になっていた。
そのような巨体でも、難なく羽ばたいて襲ってくる。
俺たちはその攻撃を躱しながら、空中へ舞い上がった。
空を飛べるモンスターと地上戦は不利だからだ。
「あのモンスターは、物理攻撃が効かないよ。それに氷魔法は動きを止めるだけで、これも効かないみたい」
「アシッドアリゲーターよりも、強いじゃん!」
そんな事を言っていると、なんと巨大化したスピリットレイブンが、強酸を吐きかけてきた。
「マジかっ!」
「取り込んだモンスターの能力を使えるみたいね」
「他のモンスターを取り込んで更に強くなる前に倒さないと」
「なら、今度は私の魔法の出番ね!」
おおおっ、とうとう仁子さんの魔法のお披露目だ。
タルタロスギルドで保管されていた虎の子の魔法の指輪だそうだ。
属性は風だ。
仁子さんは即座に詠唱して、風魔法サイクロンを放った。
「いけぇっ!」
「うあああっ、すごい威力だ」
俺たちを中心に台風の目として、暴風が吹き荒れる。その風は真空の刃を無数に含んでおり、スピリットレイブンの群れを巻き込んで、細切れにしていく。
形がないほど、塵にまで切り裂かれたスプリットレイブン。
「やったわね!」
「……う~ん」
「どうしたの?」
やはりアイテムボックスにドロップ品が入ってこない。
そうなれば、スプリットレイブンを倒していないことになる。
俺の考えはすぐに答えとなった。
「真っ黒い粒が集まりだした!」
「もしかしたら、スプリットレイブンの群れが一つになろうとしているのかも」
「えええっ、そんなこともできるのか!?」
合体したスプリットレイブンは更に大きくなり、ちょっとした小山くらいになっている。
あれほど大きくなったのなら、動きは鈍くなっていそうだが……。
「逆に早くなっている」
「これ以上、他のモンスターを取り込ませたり、同じモンスターを合体させないほうが良さそうね」
「それを誘発されるトリガーになっているのは、おそらく俺たちの攻撃のような感じがするね」
更に言えば、おそらく魔法が原因のような気がする。
物理攻撃では起こらなかった。
しかし俺が氷魔法ニブルヘイム、仁子さんが風魔法サイクロンで、スプリットレイブンが自身の強化し出したからだ。
「どうするまだ手は残っているわよね」
仁子さんは俺に聞いてきた。彼女が言う通り、俺にはまだ炎属性メルトがある。
「このまま肥大化したスピリットレイブンを放おっておくと、ずっと俺たちに付いてきそうだね」
「今は他のモンスターがいないから、これ以上取り込めないし。ここで決着をつけたほうが得策かも。追いかけてきて、またモンスターを取り込んだし、合体したらもっと面倒になりそうよ」
「なら、メルトで決めるよ。結界の指輪は大丈夫?」
結界魔法マイティバリアは、事前の確認でメルトをまずまず防げることはわかっている。
それでも使用後は中級ポーションを飲まないといけないくらいのダメージはある。
まあ、死ななくなっただけでも及第点である。
更に上位の結界魔法を習得できれば、この問題も解決することだろう。
俺たちはマイティバリアを展開する。
そして、視聴者たちにしっかりと聞こえるように声を上げて言う。
「では、行かせていただきます! 本日一発目のメルトです!」
チャットには、メルトを歓迎するコメントが一斉に流れ始める。
みんな楽しみにしていたようだ。
ここで自爆芸とかも書き込まれていたけど、今回は一味違うのだ!
「くらえっ、メルト!」
いくらスピードが上がったといえども、大きな的となったスプリットレイブンを逃すはずはない。
メルトは腹のあたりに着弾して、太陽のように燃え盛り大爆発した。
いつもなら一緒に燃え上がってしまうところだが、今回は結界魔法マイティバリアによって、熱を飛躍的軽減している。
ちょっと蒸し上がっているくらいだった。
俺たちがサウナ気分を味わっている間に、スプリットレイブンは跡形もなく消え去っていた。
「今度こそやったみたいね」
「うん、そうだね。アイテムボックスにもドロップ品があるし!」
アイテムボックスにスプリットレイブンの魂が入っていた。取り出して見てみると、手の上で黒い炎がゆらゆらと浮いていた。じっと眺めているとドクロのような模様が浮かび上がってくる。
なんとも気持ち悪いドロップ品だ。
ずっと持っているのも、呪われそうな気がして俺はすぐにアイテムボックスにしまった。
「この辺にいるスプリットレイブンの群は倒したから、しばらくはでてこなさそうだけど、できれば避けたいモンスターだよね」
「そうね。できるだけ見つからないように注意しましょう」
俺たちはそっと息を殺して沼地を進みながら、第3階層にある大階段を探した。
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