第103話 異変

 欠伸をしながら歩いていると、仁子さんの家が見えてきた。

 久しぶりに仮眠を五分ほどしたのが災いしているようで、忘れていた眠気に襲われている最中だ。


 昨日、彼女の家で料理ができるまで勉強をさせてもらった。そこで稼いだ時間を睡眠に回してはどうかと仁子さんに勧められた。そこで試しに仮眠を取ってみたのだけど、予想以上に疲れが溜まっていたようで、ここにきて睡魔が襲ってきた感じだ。


 これによってわかったことがある。中級ポーションで肉体的な疲れや精神的な疲れが取れるのは実感していた。しかし、自分では気が付かない精神的な疲れが、どうやら蓄積されているようなのだ。


 なんでも治してくれる中級ポーションだと思っていたけど、完璧ではなかったようだ。


 最近は特に朝から日差しが暑くなっており、すれ違う人たちが汗をかきながら歩いている。俺はダンジョンで体を鍛えているので、このくらいの暑さなら平気だ。


 それでも昨今の気温上昇は異常な気がする。道すがらにある温度計は38度を指していた。この調子なら日中は40度を軽く超えてくるだろう。

 おそらく今日の体育の授業はお休みになりそうだ。


 今朝のニュースを観ていると、ダンジョンによる影響ではないかと専門家のおじさんが熱弁をしていた。彼が言うには、ダンジョンの出現に合わせて気高の温化などの異常気象が各地で起きているらしい。


 専門家が言うには、このまま気温上昇が落ち着かない場合、冬がなくなってしまうのではないかと真面目な顔をしていた。それを聞いたアナウンサーは苦笑いをしてその話を冗談だと受け取っているようだった。


 俺は雲ひとつない空を見ながら、もしかしたら可能性があるかもしれないと思ってしまう。


「八雲くん、ずっと空ばかり見て、どうしたの?」

「仁子さん!?」


 考え事をしながら歩いていたら、彼女の家の前まで来てしまったようだ。

 俺は今朝のニュースのことを仁子さんに話した。


「あれね。どうかな、温暖化って他にも理由があったじゃない」

「二酸化炭素?」

「そうそう、あれの排出が多いって騒いでいたじゃない。今はダンジョンのせいになっているけど」

「ダンジョンから得られるドロップ品によって、排出量は減った聞いているよ」

「それでもまだまだ多いらしいわ」

「排出しているところからしたら、ダンジョンのせいにした方が都合がいいってこと?」

「それもあるかもね。最近の気温上昇は異常だもの。人間って、何かのせいにした方がわかりやすくていいのよ」

「それだけで、ダンジョンのせいにされても嫌だな」


 どちらにしても、ダンジョンはこの世界に突然現れた。別に人間が関与したわけではない。だから、都合が悪くなったからといって、ダンジョンをこの世界から無くすことは人間にはできない。

 仁子さんは強い日差しなのに、しっかりと目を開けて俺に言う。


「私たちは探索者だし、ダンジョンがなくなったら困っちゃうよね。でも、ダンジョンが私たちの世界に悪い影響を与えていたら、八雲くんならどうする?」

「ダンジョン配信やクラフトができなくなるのは寂しいけど、無くすために頑張るかな」

「君ならいうと思ったわ」


 仁子さんは、嬉しそうだった。


「さあ、学校にいきましょ」


 満足したように彼女は炎天下を気にする素振りもなく、歩き出した。

 俺と同じで彼女は探索者、しかもランクS の上位者だ。このくらいの暑さなど、気にならないようだ。

 そんな彼女の背中に俺は問いかける。


「仁子さんはどうなの?」

「私? 秘密」

「ええっ、教えてよ」


 俺には聞いたのに、秘密とはなんてことだ。

 先をいく仁子さんを追いかけながら、言葉の意味を考える。

 彼女はタルタロスギルドの次期リーダーだ。ギルドはダンジョンでの活動を生業としている。その長がダンジョンを無くすとは言いにくいのかも。

 彼女に追いついたところで声をかけようとする。だが、俺よりも先に思いついたように振り返って彼女は言う。


「パパが楽しかったって、喜んでいたわ。ありがとうね。それとパパが、秘伝のスパイスレシピを八雲くんに渡したいって」


 そう言って仁子さんが、カバンから紙を取り出して俺に渡してくれる。


「おお! まさか教えてもらえるなんて!」


 昨日、鋼牙さんが作った料理に使われていた香辛料が、ダンジョンのドロップ品だと教わった。今までドロップ品はクラフトの材料として捉えていた俺にとって、新しい視点だった。彼の話を聞くと、ドロップ品から香辛料としてそのまま使えるものは稀で加工が必要なのだと言う。


 配信でダンジョン内で、食事を作ることを考えていた俺にとって、ベストマッチなものだった。ダンジョン外から持ち込んだ食料のみで、料理を作るのは山や海でキャンプをしているのに似たような感じがしていたのだ。

 そこへ、ダンジョンでしか取れないスパイスがあれば、よりダンジョンでしかできないキャンプを演出できそうだった。


「パパが日頃、私がお世話になっているから、八雲くんに何かしたかったみたい。だから昨日、パパのスパイスに目を輝かせていた八雲くんを見て、伝授することを決めたみたいよ」

「ありがとう!」


 俺は早速渡されたレシピを読んでみる。

 ふむふむ、なるほど……ダンジョン名とモンスター名に得られるドロップ品。

 それにドロップ品をどうやって加工して、香辛料にできるかが書かれている。


「これは初級編のレシピよ」

「20種類もあるのに、初級!?」

「このレシピに書かれている香辛料は、比較的手に入れやすいドロップ品で加工もしやすい物に絞ってあるんだって」

「すごい情報密度だ」

「それはそうよ。だって、パパはこの道の第一人者だもん」

「知らなかった」

「パパは配信者みたいに表に出てこないからしかたないわ。よく三つ星のお店に頼まれて、スパイスを調合しているみたい」


 ギルド長として、忙しい身なのにちゃんと趣味も仕事にしているのはすごい!


「引退したら、パパはダンジョンのドロップ品で調合したスパイスを販売する専門店を開きたいみたい」

「そんな店ができたら、通ってしまうかも」

「パパが聞いたら喜ぶわ。その時は、第一号のお客さんは八雲くんね」


 出店か……夢があっていいな。

 俺も今は販売ゴーレムで、ダンジョン内だけで売り出している。

 いつかお店を持って実売をしてみたい。転売対策は難しそうだけど、完全会員制にすれば、少しは低減できるかもしれない。

 くもくものお店について考えている仁子さんに笑われてしまった。


「今、八雲くんもお店を持つことを考えていたでしょ」

「えっ、なんでわかったの?」

「顔を見ればすぐにわかるわよ」


 俺って、そんなにわかりやすい顔をしているのだろうか。

 仁子さんとは、学校でもダンジョンでも一緒に過ごしてきた時間は長い。それだけ、俺のことをよくわかってくれているのだろう。それを思うと嬉しくもあり、恥ずかしくもある。


「あっ! 今、恥ずかしいと思ったでしょ?」

「表情から心を読むのはやめて!」

「八雲くんのお母さんによる直伝よ。より精度が高まったわ、まかせて!」

「母さん……余計なことを」


 よく二人で話しているのを目撃してるけど、まさか息子の表情を読む術を教わっていたとは!?

 肩を落とす俺に仁子さんは、慰めるように言う。


「ダンジョン探索するのに、表情で八雲くんのことがわかれば、もっと効率があがるから良いことよ。君も私の表情でいろいろとわかるようになってね」

「すくなくとも、今の仁子さんは楽しんでいることがわかるよ」

「当たり! その調子、その調子!」


 仁子さんは意気揚々と校門を通っていく。

 やれやれ、彼女には敵わないな。

 学校が終わったら、アラスカダンジョン探索の続きだ。気を引き締めていこうと思う俺だった。

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