第45話 タルタロス

 お昼ごはんをしっかりと食べた。そして、しっかりと集中して勉強もした。ステータスの魅力が10万になってから、以前よりも格段に勉強が効率的にできるようになっていた。


 たった1時間しか費やしていないのに、24時間も勉強した感じだ。

 速読もいつの間にかできるようになっているし、俺の脳みそになにかが起こっているのかもしれない。


 というわけで、夕ご飯までの余った時間を使って、知床ダンジョンへ行くことにする。

 早速、ダンジョンポータルをセット!

 ポータルが金色の光を帯びだしたので、開通完了!


 装備もちゃんと整えている。知床ダンジョンは高難度ダンジョンと聞く。ステータスのギアはまず3くらいにしていたほうが良いだろう。


 ダンジョンに入ってから、モンスターの強さに合わせてギアを調整していこう。


「よしっ、いくぜ!」


 一日に2つのダンジョンに行けるなんて、なんていう贅沢だ。

 普通の探索者なら一つのダンジョンがやっとのはず。

 ダンジョンポータル様々だな。


 俺は意気揚々とポータルに飛び込んだ。

 出た先は、知床ダンジョンのゲート付近。

 おや、周りを見渡すと数十人の探索者たちが一箇所に集まって、何やら話し込んでいた。みんな真剣そうな顔をしている。


 仁子さんに挨拶しておきたかったので、彼女を探したが見つからなかった。

 既に探索を始めたのかもしれない。


 遠くから探索者の集団を伺っていると、彼らから声を掛けられた。


「あれって、ダンジョン神じゃないか?」

「本当だ! あれ? 今日は新宿ダンジョンに行くって聞いていたぞ」

「ギルド長! ダンジョン神がいますっ!!」


 俺の周りにタルタロスギルドの探索者たちが集まってくる。

 身についていたギルド紋ですぐにわかった。やっぱり、仁子さんが言っていた通り、知床ダンジョンの調査はタルタロスギルドだけで行われているようだ。


 ギルドメンバーの声で呼ばれたギルド長。

 確か、この人は仁子さんのお父さんのはず。


 無精髭で筋肉隆々の体格。俺よりも身長は高くて、二メートルくらいありそうだった。


 でかい! というのが初対面での印象だった。

 しかし、言葉遣いは丁寧で穏やかだった。


「私はタルタロスのギルド長をしている片桐鋼牙だ。仁子がいつもお世話になってみたいで、苦労をかけていないかい?」

「いえいえ、俺の方こそ、仁子さんにお世話になっています。仁子さんはどこにいるんですか? 挨拶がてら、知床ダンジョンにやってきたんですけど……」


 やっぱり、仁子さんはいなかった。

 ギルド長は少し困った顔をしながら、


「先遣隊に問題が起こってね。仁子さんたちに救援を頼んだんだよ。しかし、返事が途絶えてしまってね」

「ええええ! それは大変じゃないですか!!」


 ミイラ取りがミイラになったやつか。

 話を聞くと、先遣隊はなにかのトラップによって身動きが取れない状態になっているという。そこでは通信機器が使えないようで、連絡もとれないらしい。

 通常のダンジョン内ではスマホの電波はなぜか届くようになっている。そのため、ダンジョンLIVE配信ができるわけだ。


「再度救援を送ろうとしていたところに君が来たわけさ」

「なら、俺が行きましょうか? ダンジョン探索のついでに救援してきます!」

「おおっ、それは願ってもないことだ。しかし、ついでとは流石はダンジョン神だ」


 再救援には、なんとギルド長自ら行こうとしていたようだった。

 愛娘のピンチだ。親としても助けに行きたかったみたいだ。


 ギルド長は仁子さんと同じランクS級の探索者だ。

 戦力的には申し分ないが、立場が問題となっていた。ギルド長に何かあれば、タルタロスが成り立たなくなってしまうとメンバーたちから止められていたようだ。


 だから、俺が訪れたときにタルタロスギルドの探索者たちが集まっていたのか。

 納得していると、ギルド長から何か支援をしたいと言われた。


「うちの探索者も連れて行ってもらって構わないが、どうする? ランクAの探索者なら、ここにいる全員がそうだ」

「う~ん、一人で大丈夫です。もし怪我をさせてしまうと申し訳ないし」

「その心配はいらないぞ。皆、その覚悟を持ってここにいる」

「いえいえ、俺が心配しているのは、俺とモンスターとの戦いの巻き添えになってしまうことです。ちょっと今回は本気で行きたいんで!」

「なるほど、そういうことなら是非もなしか……わかった、仁子たちを頼んだ」

「はい、できるかぎり。急いで行きます。ちなみに連絡が途絶えた場所はどこですか?」


 ギルド長は、マッピングが終わったところまでの地図を俺にくれた。

 連絡が途絶えたところは、第五階層の東側だという。


「知床ダンジョンって、深度はどのくらいなんですか?」

「測定器によると、およそ第十階層までらしい」

「高難度ダンジョンにして、深くないんですね」

「ああ、そのかわり下へ進むごとにモンスターが格段に強くなる。八雲くん、仁子を頼んだ」

「はい、この天使の輪に誓って」


 ギルド長は、俺が言うまで頭の上にある天使の輪について、反応しなかった。仁子さんが自分の頭に角が生えていることを気にしていたし、俺を見て彼女と同じように気を使ってくれたのかもしれない。


 ギルド長に手を振って、先に進んでいるとアプリから通知が届いた。

 待っていました! 新しいレシピ!


 高難度ダンジョンで得られるレシピは一体どのようなアイテムだろう。


◆中級ポーションの素材

 ・メタルスライムのコア ✕ 1


 キタッー!! やっとこのアイテムのレシピを手に入れたぞ。

 ずっと初級ポーションのままだったから、そろそろ上のポーションが欲しかった。


 俺のステータスがどんどん上がって行っており、初級ポーションの1個では完全回復できなかった。

 これで飲み過ぎによる水腹ともおさらばだ。


 よしっ! メタルスライムを倒しながら、進むぜ!

 どこにいるのかなと思ったら、沢山群れていた。

 鑑定でモンスターのステータスを見ている時間も惜しい。

 魔剣フランベルジュを鞘から引き抜いて、一気に詰め寄って切り刻む。このモンスターは鉄みたいに硬かったが、焼き斬ってしまえば大したことない。


 サクサクと斬れる。動きは結構速いけど、目で追えない程ではない。

 コアが40個も集まってしまった。


 すぐにクラフトして、中級ポーションにする。

 このくらいあればいいだろう。もし仁子さんたちが怪我をしていても、完全回復だ。


 肩慣らしも終わった。レシピもゲットした。新しいアイテムもクラフトできた。今日は俺がやりたかったことがすべてできた感じだ。

 強いて言うなら、今回のダンジョン探索を動画配信したかった。

 でも、人の命がかかっていることを動画に取るなんて、軽率だと思った。


「ステータス、ギア5!」


 ここからは、ひたすらに駆け抜ける。

 ギルド長がくれた地図もあるし、戦いを避ければあっという間にだろう。

 一階層につき、1分かかるとして、5分くらいか。

 魔剣フランベルジュを鞘に収めて……クラウチングスタート!


 迫りくるメタルスライムを駆け抜ける風圧で薙ぎ払う。

 後で沢山狩ってやるから、そこで大人しく待っていろ!


 第二階層への大階段が見えてきた。モンスターが屯しているけど、気にしない。そのまま体当たりして駆け下りた。


 第二階層にはダチョウのような大きな鳥のモンスターがいた。足がとても速くて、俺と並走しようと頑張ってきた。

 俺は後を追うモンスターに手を振って、第三階層へ。

 

 第三階層は実体のない黒い影のようなモンスターだった。それらは俺の影に忍び込もうとしていた。

 明らかに入り込まれたらやばそうなので、ここでも走って逃げ切った。俺の歩みは誰も止められない。


 第四階層ではその黒い影と一緒に、三つの頭を持つ黒い犬がいた。多分、ケルベロスだ。ギルド長からは特に注意するように教えてもらっていた。

 行先を立ち塞がるように5匹のケルベロス。ついでに黒い影のモンスター。今は急いでいるから、鑑定してじっくりと調べる時間が惜しい。調べたい欲求をぐっと我慢して、モンスターたちに手を向けた。


「アイシクル! アンド、ボルケーノ!!」


 ステータスの全開であるギア5が放つ魔法は絶大だった。

 アイシクルですべてのモンスターを穴だらけにして、ボルケーノで灰も残らずに焼き尽くした。


 駆け抜ける際、ドロップ品の回収も忘れない。

 せっかく倒したのだから、勿体ない!


 ケルベロスの危険性について感じる暇もなく、第五階層にやってきた。この階層はとても静かだった。


 モンスターが徘徊していないのだ。

 しかし、遠くの方から何かでかい生き物が動く音が聞こえてくる。


 モンスターが見当たらないのなら、すぐに仁子さんたちとの通信が途絶えたポイントにいける。

 俺は巨大な生物が蠢く音を回避しながら、先に進んだ。確か、方角は東側だったはず。


 そこにたどり着くと、光の壁に遮られた先に仁子さんたちがいた。


「仁子さん!」

「えっ、八雲くんっ! どうしてここへ……その前にこの光の壁に触らないで」

「どういうことですか?」

「この壁に触ると、袋小路に閉じ込められてしまうの」

「マジか……。中の人たちは無事ですか?」

「私がここへ来た時はモンスターで溢れかえっていたけど、今は倒して休憩していたところよ」


 どうやら探索者を閉じ込めて、大量のモンスターと戦わせるトラップのようだった。先遣隊はそのトラップに嵌って全滅寸前だったそうだ。

 それを見つけた仁子さんたちが中に踏み込んで、モンスターたちを倒したはいいが、出られなくなったという。


「とりあえず、中級ポーションを持っているので飲んで」


 閉じ込められている探索者は全員で30人ほどいた。

 持っていた中級ポーションは40個なので、十分に数が足りる。

 仁子さんたちは初級ポーションを持っていたらしい。しかし、モンスターとの戦いで消費して無くなってしまった。

 先遣隊の被害は大きく、既に蘇生のペンダントも使い切って、初級ポーションも無くなった状況で大怪我を負っていた。


 大丈夫だろうか。数人が腕とか、足を失っているけど……。

 探索者たちが中級ポーションを瀕死の彼らに飲ませると、失った腕や足が生えてきた。

 まるでトカゲの尻尾みたいだ。


「八雲くん……またすごいアイテムを作り出したわね」

「俺もびっくりだよ。まさか、ここまでの回復力があるんて」


 回復というレベルを超えた身体復元だった。

 そして、疲弊していた探索者たちがみんな元気になった。

 しかも古傷まで綺麗に直している。脱出できないという危機的な状況は続いているが、目先の生命の危機は回避できた。


「仁子さんの力でダンジョンの壁に穴は開けられないの?」

「無理みたい。スマホも通信エラーになるし、壁を殴っても力が吸収されるようなの」

「どうしたものやら……う~ん」


 ピコーン!

 俺は閃いた。

 ポケットからスマホを取り出して、仁子さんに言う。


「これを受け取って」

「スマホ!? いいけど……通信エラーだけよ」

「まあ、いいから」


 ぽいっと仁子さんに向けて投げた。光の壁を通り抜けて、仁子さんの手に収まる。


「そのスマホの通信状況はどう?」

「えっと……あれ、このスマホは通信できるわ。なんで?」


 やっぱり、俺のスマホは特別のようだった。正確には中に入っているアプリの力だと思う。


 それが確認できると、俺は安心して光の壁に触れた。


 事情がわからない仁子さんはびっくりだった。周りの探索者たちも同じ反応だ。せっかく助けに来た人が自らトラップに嵌りに行ったのだから、驚かれてもおかしくない。


「中に入ったら出れなくなるわよっ!!」

「大丈夫。助けに来たんだから」

「どういうこと!?」

「まずはスマホを返して」


 仁子さんからスマホを受け取った俺は、アプリを開く。

 そして『帰還』画面を出して言う。


「皆さん、俺に触れてください。触れられない人は、戻ってきますので、お待ち下さい。順次、帰還します」

「八雲くん、帰還ってどういうこと?」

「ここから脱出するんだよ。早く俺に触って、もしかしたら、またモンスターが湧いてくるかもしれなし」


 俺の家にある納屋に招待することになってしまうが、人の命にはかえられない。

 10人が俺に触ったのを確認して、『帰還』ボタンを押す。

 見慣れた納屋に戻ってきた。仁子さんを含めた探索者たちはここがどこだかわからないようで、動揺していた。


「ここは俺の家にある納屋です。次の方々を帰還させるので、皆さんは外へ出てください」


 俺を合わせて11人が納屋にいると、めっちゃ狭苦しかった。

 そして、俺は二回繰り返して、全員をトラップから脱出させた。

 安堵する声が聞こえてきた。


「それでは、皆さんに知床ダンジョンの第一層へ戻ってもらいます。付いてきてください」


 ダンジョンポータルを開いて、ギルド長たちが待つ第一層へ案内する。

 探索者たちはポータルに入るのは初めてのようで戸惑っていた。

 それでも仁子さんは彼らを説き伏せて、中へ入るように促した。


「助かるよ。俺の家に探索者たちが30人もいると、近所の人にあれこれ詮索されそうだし」

「八雲くんはこうやって、いろいろなダンジョンへ行っていたのね。でもいいの? 私たちにこれを見せて」

「タルタロスギルドの人たちには、仁子さんを含めていろいろとお世話になっているし。遅かれ早かれ、わかってしまうことだと思うし」


 仁子さんには新宿ダンジョンに行こうと誘っていた。

 結局あのときは断られてしまったが、一緒に行くことになっていたらポータルを知られていた。


「新宿ダンジョンに行く際に教えるつもりだったんだ」

「そうだったの……今日は助かったわ。ありがとう、八雲くん」


 俺に頭を深々と下げて、仁子さんはポータルの中へ入っていった。

 そんなにかしこまらなくてもいいのに……。

 もしかしたら、仁子さんは先遣隊の救援で、トラップに嵌ってしまったことに責任を感じていたのかもしれない。

 仁子さんにはお世話になっているし、これで少しは役に立てたのならポータルを知られるくらい安いものだ。


 俺は彼女を追いかけてポータルに飛び込んだ。

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