第五章 聖都エルファリア 前編

 2週間後、アストリアたちは聖都エルファリアに到着した。

 ファンタイル大陸のうち、神聖エルファリアを含む周辺部分は中央大陸ファーレーンと呼ばれている。ファーレーンは経済が活発化している。


 中央の人々はファンタイルという呼び名を好まない。ファーレーン出身であることに誇りを持っているのだ。


 国境の関所ではフランク、クレリア、そしてアルフレッドはすんなり通してもらえ、アストリアだけがしつこく質問された。


 理由は肌の色以外に考えられない。アストリアは不当な扱いにいらいらした。

 アストリアはファーレーンでは差別がないと思い込んでいたのである。それは甘すぎる幻想だった。


 この世界では西方の国々が中央大陸で奴隷狩りを行った歴史がある。

 人々はそれを覚えているのだ。パーティメンバーのうち、西方出身のアストリアだけが浅黒い肌をしている。


 この世界に差別があることは自分が不当な扱いを受けたことがなければ一生理解できないことかもしれない。


 偽造国籍を使ったことバレればただごとではすまない。アストリアだけでなく仲間たちも内心はひやひやだった。


「その顔の傷は誰につけられたんですか?」

 アストリアの顔には鼻先から左頬にかけて大きな傷跡があった。

 盗賊砦の女首魁からクレリアを護るためにつけられた傷だ。

 癒しの魔法が存在しないこの世界では彼の傷痕を治すすべはなかった。


 慇懃無礼な質問に血が騒いだが、アストリアは自重した。

「よく毒づかないな。立派だよ」

 5時間にわたる取り調べをアストリアが終えたとき、フランクはニヤニヤしながら眼鏡に触れた。


「おまえに褒められるとはな」

 フランクの態度は、彼が作成した偽造国籍に相当な自信があったのだろう。


「あんな人たちばかりじゃないって信じましょう」クレリアも気遣った。

 アルフレッドがアストリアの肩を叩いた。


「国境警備はあんなもんだよ。腹を立てるな。

 この国の人は8割いいやつ、1割クズ、そして残り1割は国民から搾取する貴族って感じかな。

 楽しくやろうぜ」


 彼らは金を換金し街に入った。もう夕方である。

 神聖エルファリア王国の印象は建物も立派で、清潔な街並みである。

 だが裏道には貧困層の家が所狭しと並んでいる。


 強行軍の旅で一行はへとへとだった。

 そのまま宿に直行し泊まることになった。

「なんて書いてあるんだ?」


 アストリアは一部が金メッキされている看板を見上げる。

「冒険者様歓迎! 現金前払いのはっぴぃ亭ですよ」クレリアが看板を読んだ。

「なんだそれ? オレをだましてるんじゃないだろうな」

「本当にそう書いてある」フランクが補足した。


「このまえ渡した神聖語ホーリィのテキストやってますか? 読めたはずですよ」

「そんなこといわれても、なにがわからないのかわからないんだ」

「そうだったんですね」クレリアは目が点になった。


「まぁ入ってみよう」アルフレッドが一番に入り受け付けと話した。「一部屋で一泊20万7000メルキオンだってよ、どうする?」

「高っ、西方の安宿なら4万もしないぞ」

「アストリア、レギオンとメルキオンじゃ金の価値が違うんだよ。安い方だ」アルフレッドは受け付けに尋ねた。「四部屋空いてます?」


「あいてますよ。おたくら西方から来たのかね?」受け付けは宿主自身が行っている中規模な宿で、宿主は恰幅のいい中年男性だった。

「ええ、観光に来ました。ここはいいところですね。街並みがきれいだ」フランクが営業用の態度に出た。


「そうだろう、ゆっくり観光してってくれ」

「ところでつかぬことを伺いますが剣の大会があるとか?」

「ものしりだね。そうだよ」

「まだ受け付けはやってますかね」


「今日はもうやってないだろう。でも受け付け自体は今週末までだ。なにかい?

 その剣士が出るのかね?」

 アストリアの剣帯にぶら下がっている剣を見ながらいった。


「ええ、腕試しにね」フランクが饒舌にしゃべるので残りのメンバーはそれを唖然と見ていた。


「やめたほうがいい。今回はエルファリア四天王フォーキングスナイツもでるし、なにより聖騎士ラウニィー様にかなうわけない。ラウニィー様は天才中の天才、王国の至宝さ」


「ラウニィー様の噂は西方の国々にも聞こえていますよ」

「そうかい⁉ うれしいなぁ」

「四天王というのは?」


「蒼の騎士ユークス・アージェント。

 黒騎士シャフト卿。

 傭兵出身のザハラン・アゴーヴ。

 そして紅一点の聖騎士団副隊長のラウニィー・フェルナンデス様の四人だ。

 出自はそれぞれ別だがこの四人が王国四天王と呼ばれている」


「そんな方々がいらっしゃるんですね。どうする?見学だけにしておくか?」フランクが白々しいウソをつくのでアストリアは興が乗った。


「胸を借りるつもりでがんばりたいです」

「ははは、あんたじゃ予選落ちかな」

「そうかもしれませんね、ははは」

 アストリアは頭をかいて見せた。クレリアは笑いをこらえるのに必死だった。


「長話しちまったね。部屋に案内するよ、そのまえに……」

「前払いですね」フランクが路銀袋を出した。

「ありがとうよ、夕食は用意できるけどだいぶ後になってしまうよ。外で食べたほうが早いけどどうするね」

「どっかのレストラン入ってみようぜ」アルフレッドが提案した。


「じゃあ先にごはんがいいです。おなかペコペコです」クレリアがおなかをさすった。

「わかった。鍵を渡しておこう。もう金は払ってもらったしね。一番近くのレストランはグリーンフォレストって店が大通りにあるよ」


 つづく

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