第五章 旅立ち

 フランクとクレリア、アストリアとアルフレッドはフランクが指定した宿に集合した。


「アルフ、シェリーはいいのか? 独りにして」

 アストリアがアルフレッドに問う。


「実はおれ、借金あるんだ。シェリーが返すまで帰ってくるなってさ」

「誰に? どのくらいあるんだ?」


「知ったらやばいぜ。おまえが払ってくれるならいうけど」

「いや、いい」

「バカ話はいい加減にしろ」


 フランクが遮った。

 その後、フランクはクレリアに「外で遊んでろ。ただし、遠くへは行くな」といい放った。


「イエス、マスター」

 クレリアは冷めた顔で返事をしてから明るい声で「アゼル、行こう!」とアゼルに呼びかけた。


 このふたりの関係は……とアストリアが怪訝な顔をすると、クレリアと一瞬眼があった。


 なにかを訴えるような瞳にドキッとしたが、彼が声をかけるまえに退出してしまった。アゼルもついていく。


 部屋にはアストリア、フランク、そしてアルフレッドが残った。


 フランクが眼鏡の端に触れていう。

「これからの予定をいうぞ。

 まず大陸中央の国に行く。つまり、ここから東方へ向かう。

 それ以上は、いまはいえない」


「神聖エルファリアあたりか?」

「鋭いな。だが真の目的地はそこではない」

 中央大陸には神聖エルファリアという大国がある。


 その国は西方と東方の中間に位置し、人種と文化が入り混じっているそうだ。

 エルファリアの王ビルギッドは人格者で知られ、難民や移民を受け入れている。


 治安も比較的安全で西方の暮らしに疲れた人間たちは、老後はエルファリアで暮らしたいなどとよくいっていた。


「それと、彼女の護衛は獣やモンスターからだけではない。

 〝人〟に気をつけてくれ。理由は訊くな」

 意味深な言葉だった。


「このことはクレリアにも知らせるな。

 あの子は賢いから悟らせないよう気をつけてくれ」


「………」なにかただ事ではないとかんじた。

「それと……、水を飲みすぎないよう注意してやってくれ」


「水?」

「彼女は水中毒気味だ」

「はぁ? 水中毒?」

「そういう病気がある」

「フーン……」


「深刻だぞ。川の水や井戸の水をがぶ飲みしないよう監視するように」


 川の水が直飲みできないことは冒険者の常識である。

 雑菌、動物の死骸から発生する有害物質、寄生虫など様々な危険がある。

 井戸の水も一部の地域では硬水であり、大量に飲めるものではなかった。


(旅には向いてないな……。そこまでして旅をする理由は……)

 アストリアはなにか悲しい気持ちになった。それは同情だった。


「ふつうの人間の何倍も水を飲むから飲み水の確保はこの旅の課題となる」

「まじか」


「まぁ、なんとかなるんじゃないか。

 大人が三人もいるんだし」


 いままでなにも発言しなかったアルフレッドが明るい声を出した。


「午前中に出発したい。

 アストリア、クレリアを呼んできてくれ」


 フランクとアルフレッドは1階のラウンジで待つことになった。

 アストリアが宿の外に出るとクレリアは入口のすぐ側にちょこんと座りこんでいた。


「こんにちはクモさん! 立派なおうちですね」

 なんとクレリアは植木の隙間に巣をつくっているクモに話しかけていた。


「アゼル~、食べちゃダメだよ。(はっ)」

 隣にいるアゼルに注意するところでアストリアと眼があった。

 クレリアはかぁーっと赤くなる。


「お前、虫平気なんだな」

 アストリアが話しかける。

「クモさんは、虫じゃな~い」


「え?」

「ミミズさんも虫じゃな~い」

「へー、じゃあテントウムシさんはどうなんだ?」


「テントウムシさんは……虫だな。でも、いい虫です」

「そうか、そろそろ出発だ。みんな待ってるぞ」


 そのとき、アゼルが地面にゴロゴロ転がっておなかを見せるではないか。

 踊っているようにも見える。


「なんだ? アゼルが踊ってる?」

「にゃんこ踊りです!

 アゼルがご機嫌のときだけおなかを見せて踊るんです!

 おなかを撫でるチャンスです!」


 やっぱりネコじゃないか……。

 本当に使い魔なのだろうか。

 アストリアは口には出さなかった。


「アゼルのおなかは白いんだな。

 よく見ると口下や脚の先も白い」


 クレリアはその言葉にはとくに返さずに、アゼルのおなかを撫でまわしている。

 なんとも微笑ましかった。


「あぁ、楽しかった!

 アゼルのにゃんこ踊りを見られるなんて運がいいですね。

 そろそろ行きましょーか」

 クレリアは立ち上がり、膝元をパンパンと叩いた。


「遅かったな」 

 ラウンジに集合するとフランクは地図を広げた。


「まずはトルハン山脈を越えて隣の国へ向かう。

 その途中冒険者として装うために仕事をすることもあるかもしれない。

 私は魔導ギルドに所属している」


「魔導ギルド?

 魔術師ギルドじゃないのか?

 おまえも魔法の開発をしていた経験があるのか」


「籍だけを入れているようなものだ。

 君だって傭兵ギルドに籍があるだろう。

 それと似たようなものだ」


「だいたい冒険者ってことでいいんじゃないの。

 おれは盗賊ギルドに入ってるぜ」

 アストリアとフランクの会話にアルフレッドが割って入った。


「わたしはなんにも入ってません。仲間外れ」

 クレリアが寂しそうな顔をした。


「気にすることないぜ、お嬢さん」

 アルフレッドが励ました。

「そうだクレリア、オレたちは仲間だ」

 アストリアは反射的にでた自分の言葉に驚いた。


 ……仲間? オレはいま仲間といったのか。

 生死を共にした傭兵部隊の連中にもいったことのない言葉を。


「さぁもう出発しよう」フランクが一瞬眼鏡に触れ宣言した。「とりあえず今日は山の麓の村まで行きたい。馬車で移動するぞ」


 四人は駅馬車乗り場まで移動しながら会話した。


「本当は自分たちだけの馬車を用意するのが理想的だったが。

 ……気をつけることは解っているだろうな」


 フランクはアストリアに目配せした。

 〝人〟に気をつけろといっているのだ。


「神経質すぎんだよ。堂々としてたほうが目立たないんだって」

 アルフレッドがいうと説得力がある。

 アストリアとフランクは珍しく同じことを考えた。


「来ますよ、馬車」

 クレリアが指をさす。

 彼ら以外に乗客はいなかった。

 まずアストリアが乗り込む。


「アゼルー」

 クレリアが呼ぶと、アゼルが駆け寄ってきて鳴き声で返事をした。

「よいしょ」

 クレリアがアゼルを抱えて馬車に乗ろうとする。


 そのときアストリアは反射的にアゼルを受け取り、またクレリアを引き揚げた。

 昨日も握手したが、女性の手を握るなんて何年ぶりだろう。


 アルフレッドにつづいて最後に馬車に上がったフランクが、行き先を馭者に確認して彼らは出発した。


 このとき、アストリアは世界を救うという意味さえ解っていなかった。

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