第四章 救世主の少女 後編


「あぁ、知っているよ。彼は有名だからね。

 殺人卿サー・マーダー(Sir Murder)ライナス・バストラル。魔導学院の天才だ。いくつも伝説を作った。


 魔導学院に来る人間はみんな自分のことを天才だと思っているが彼の存在を知ると自分が天才ではないと気付く。


 彼の批判を受けた講師が自殺した。

 そのことを批判した生徒が行方不明になった。


 ついた二つ名がサー・マーダー。

 査問されても彼はよどみなく受け答え難を逃れた。

 数学、生物と科学の分野で教科書にのる論文を書いた。


 生体化学という概念をつくった。

 天体の運行にも詳しかったらしい。


 苦手科目は文学。

 エル・ファレルにも文学の授業はあったが、『作者の気持ちは作者にしかわからない。真偽を確認後に採点すること』と答案に書き講師を激怒させた。


 それまでこの世界に存在しなかった攻撃魔法を100以上開発した。

 それ以上は提出の申請書を書かなかったので数は計り知れない」


 やっとライナスについて実のある情報をつかめた!

 アストリアは興奮を顔に出さないよう努めた。


「彼の伝説で一番有名なものは魔導学院を永久追放になったことだ」

 フランクは皮肉気味に続けた。


「それはなぜだ」

「さぁ、知らないな……」

 フランクはアストリア以上のポーカーフェイスで答えた。


「本当に?」

「噂では禁止されているネクロマンシーの研究をしたとか」

「ネクロマンシーとは?」

「死体にかりそめのいのちを与える魔術だ」


 ぞっとした。

 ライナスはネクロマンシーの研究もかねて死体回収の仕事をしていたのだろうか。


 死体回収の本当の目的はまさか……、自分はなにも知らずにその片棒を担がされていたのだとしたら……!


「ライナスはなんのためにそんなことを」

「さあ、……理由までは知らない。

 私が魔導学院に入学したときにはすでに彼は除籍されていたのでね」


 フランクはきっぱりといった。

 これ以上は訊けない、と感じさせるいい方だった。


「彼がどうかしたのか……?」

 フランクが訊きかえした。


「オレを裏切った男だ」

 アストリアがそういうとフランクはまったく無言だった。

「では明日の集合時間に遅れないでくれ」


 少ししてからそれだけ伝えると退室した。

 フランクはなにか知っている……旅をしているうちに情報を聞き出せるかもしれない。


 アストリアがひとり残された部屋で考えているとふと気配に気づいた。


 クレリアが隣の部屋からひょこっと不思議そうに覗いている。

 クレリアはアストリアが気づくのをずっと待っていたようだ。

 目線が合うと自分から近づいてきた。


「先ほどは失礼しました。やっぱり握手してもいいです」

「あぁ……」

 アストリアは右手の手袋を外して差し出した。

 クレリアはアストリアの右手を両手でブンブンと回した。


「?」

 アストリアはぽかんとした。


「ぜひわたしのために死んでください!」

「あのな……」

「ではこれで! アゼル行くよ~」


 クレリアは走るようにいなくなってしまった。

 アゼルが後をついていく。


 おかしなガキだ……だがどうせ死ぬなら女のためがいい。

 そうすればセレナの魂はオレを許してくれるかもしれない。


 ガキでも女には違いないからな。

 アストリアは少し笑った。

 自嘲気味な表情を作ろうとしたが、穏やかなものになった。



【プロのイラストレーターふみー様によるクレリアのイラストがこちらになります。

私の近況ノートのリンクになります。】

https://kakuyomu.jp/users/Uoza_Unmei/news/16817330661358333392 

 



  追憶


 ファンタイル大陸では大陸中央部に肌の白い人間が多く、西方には比較的肌色が濃い人間が分布していた。

 これは大陸の位置や太陽とこの星の距離、地軸の傾きが影響していた。


 アストリアは西方の大国ディルムストローグ出身で彼の父親は奴隷貿易で成り上がった人間だった。


 奴隷といえば戦争で連れてきた中央出身の人間というのが大陸西部の人々の常識だった。


 彼の家には使用人扱いの奴隷がたくさんいた。

 その中にセレナという白人の女性がいた。


 アストリアより年上で背が高かった。

 といってもアストリアが子ども過ぎて小さかったので特別セレナの身長が高いわけではない。


 アストリアのセレナへの印象はキレイだけど氷のように冷たい人という感じだった。


 食事の給仕をした後、セレナは壁際に控えて食事が終わるのを待っている。

 

 冷ややかな視線でアストリアとその家族を見つめ、必要なこと以外一言もしゃべらなかった。


 アストリアが左腕を伸ばしてテーブルの皿を引き寄せたとき彼の母親が咎めた。

「ちょっと、その手を私に見せないでよね。あてつけてるの?」


 アストリアの左手には大きな火傷の痕がある。

 幼いときストーブの天板に触れてしまいできたものだった。

 母親が目を離した時だった。


 そのことでアストリアの母親はいろいろな人から非難を受けたことを恨んでいるのだ。


「あんたが自分からストーブに手をついたんだからね。

 バカみたい」


 母の言葉を受けてアストリアは無言で袖を伸ばして火傷を隠そうとした。


 その時壁際に立っていたセレナがとても冷たい眼でやり取りを見ていたのをアストリアは覚えている。


 セレナの印象が変わったのはある事件が起きた時だった。

「失礼します」


 セレナがアストリアの部屋に洗濯物を取りに行き、扉を開けるとアストリアが左手首にナイフをあてていた。


「なにしてるんですか‼」

 セレナは洗濯籠をドンと床に置き、アストリアにつめよった。


「危ないから渡して?」

 優しくいうとアストリアは素直にナイフを折りたたんでセレナに渡した。


「火傷の痕を取ろうと思って……」

 アストリアは弱々しくいった。


「そんなことしても取れません。

 痛くて、血がいっぱい出て、大けがするだけです」

「じゃあ一生このままなの?そんなの嫌だ」


 アストリアが情けない声を出すと、セレナは彼を力一杯抱きしめた。

 なにもいわずに。

 窓から穏やかな日の光が差し込んでいた。


 どれくらいの時が経ったのだろう。

 わずかだったかもしれないし、長かったかもしれない。


 その瞬間ときは、アストリアにとって永遠だった。


「もうこんなことはしないと約束して?」

 セレナはアストリアのからだを離し眼を見つめながらいった。

 アストリアが視線をそらして黙るとセレナは彼と視線が合うようにからだを傾けた。


「おねがい」

「いいよ」

 アストリアはしぶしぶ約束した。

「自分で自分を傷つけない、約束ですよ」


 このときのセレナは眼の端に涙が浮かんで瞳がうるんでいた。

 とても穏やかな表情をしていた。

 アストリアが生涯忘れぬ言葉と顔であった。


 ――女の人のむねってやわらかいんだぁ……。

 母に抱かれたことのない少年だった。

 年上のお姉さん――セレナとの淡い初恋はこの日にはじまった。



キャラクターの一人称ですが説明文を少なくするために次のように記述しています。

アストリア→「オレ」

アルフレッド→「おれ」

クレリア→「わたし」

フランク→「私」

ほかのキャラクターについても同様の処理をしています。

ご承知いただけると幸いです。


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