第六章 サンドラとアーシャ 前編
行けるところまで馬車で移動した彼らは、徒歩で山の麓の村を目指した。
昼食抜きの強行軍である。
クレリアの息遣いはすぐに荒くなった。
これは、クレリアの体力を考慮しなかったフランクのミスだった。
あたりはもう夕暮れどきだった。
「もう歩けなーい。水飲みたーい」
「クレリア、だいじょうぶか」
アストリアが気にかけるとクレリアは返事も出来ない有様だった。
「甘やかすな」フランクがいうと、
「最初から無理だったんだ」アストリアは食ってかかり口論になりかけた。
「わたしのためにケンカしないで……!」
クレリアは呼吸を整えながら大きな声ではっきりといった。
「フランク、おまえが悪いぜ。いや、おれたちが悪い。旅をするならお嬢さんの体力にあわせるのが筋ってもんだろうが。アストリア、おまえのいい方だってお嬢さんが負い目に感じるようないい方だった」
アルフレッドが仲裁に入ると、アストリアとフランクは黙った。
「ありがとうございます……。でも女性として扱ってほしいけど、対等にも扱ってほしいです。アルフレッドさん」
「ああ」
アルフレッドが軽くうなずく。
アストリアはクレリアに申し訳ない気持ちで眼を合わせると、クレリアはにっこり笑った。
「だいじょうぶです!それにさっきのセリフ、女として一度いってみたかった」
「ハハッ」
クレリアの本気ともジョークともとれる言葉にアストリアは笑った。
「このままのペースだと村まではたどりつかない。野宿はいいがせめて川の側まで移動したほうがいい」
フランクが懐中時計を見た。
「よし、オレが川の側までおぶってやる」
アストリアはクレリアの前でかがみこんだ。
「えー、はずかしいよ」
クレリアは裏返った声をだした。
「はやく水飲みたいんだろ」
「お姫様抱っこがいい」
「あまえるな」
クレリアはアストリアの背中にからだをあずけた。
そのまま一行は移動する。川のせせらぎがする。
案外近いところに川があるらしい。
「わたし、重くない?」
「重くない」
「本当に重くない?」
「ああ」
「天使の羽みたいでしょう」
「調子にのるな」
「えへへ」
「川が見えてきたぞ」
「フン、今夜はここで野宿だ」
フランクが眼鏡に触れて決定した。
アルフレッドが驚くほど手際よく野宿の準備と指示をだす。
旅に慣れていると思っていたアストリアより一枚上手だった。
冒険には盗賊が必要という言葉を思いだす。
「野宿なんてはじめてでワクワクします……!」
「じゃあお嬢さんは、おれたちの仕事を見て覚えることからはじめないとな。とりあえずアストリアと一緒に薪になるものを拾ってきてくれ」
「はい」
「アストリア、燃えやすい枝は……」
「それくらいはわかっている。行こうクレリア」
「はい、アゼルはここで待っててね」
クレリアは座りこんでいるアゼルに声をかけた。
アゼルも疲れているようだ。
片耳だけ上にあげて、それが返事だった。
「あっという間に暗くなるぞ、急ごう」
「はい」
「燃えやすいのは乾燥してる枝だ。生木を拾うな。木の種類にもいろいろあるんだけどまぁ、基本はそんなことかな」
「だいたいわかりました」
「あと虫がいるから触るときは注意しろ」
「そうですね」
アストリアとクレリアは拾えるだけ枝を拾った。
「あんたたち、なにをしてるんだね」
不意に声が聞こえ、声がしたほうを見るとかなり離れたところに人間がいる。
最初は男かと思ったが、よく見ると中年の女性だった。
「野宿しようと思って。わたしたち冒険者です」
クレリアが大きな声で答えた。
その女はやけにクレリアをじろじろ見る。
そのあと1回ため息をついた。
「うちに泊まるかい?」
「いいんですか? あとふたり仲間がいるんですけど」
「男かい? 女かい?」
「男性ですけど怖い人じゃないです、この人よりは」
「おい……」
アストリアが苦笑する。
女は近づいてきた。
アストリアとクレリアのやり取りに胸襟を開いたのだ。
クレリアのコミュニケーション力の高さにアストリアは圧倒されていた。
自分では山賊や盗賊に間違われて悲鳴を上げられてもおかしくない。
「屋根があるだけでいいんなら、一部屋あいてるよ」
「ありがとうございます。嬉しいです」
クレリアはあっという間に話をまとめてしまった。
「薪はどうしましょうか」
クレリアがアストリアに問う。
「せっかくだから、うちの薪にしてもらってもいいかい。それが泊める条件だ」
女は笑った。
三人は歩きながら話した。
「わたしの家はこの近くにあるんだ」
「おばさまはなんておっしゃるんですか?」
「サンドラだよ。娘はアーシャ」
「娘さんがいらっしゃるんですか。
わたしはクレリアと申します。
この人は傭兵さんのアストリアです」
アストリアは軽く会釈した。
サンドラは小声でなにかをクレリアに話しかけた。
クレリアは頭をブンブンと振った。
「違います違いますぅ」
大きな声をだしたあと、ちょっと顔を赤らめてアストリアには聞こえないような小声でサンドラの耳元に話していた。
アルフレッドとフランクがいるところまで行くとクレリアが状況を説明した。
「これは有難い。私はウィザードのフランク・マクマナスです。感謝いたします」
仰々しくフランクがサンドラに一礼する。
「よしてくれよ。女の子が野宿なんてかわいそうだから。それだけさ。わたしの家はすぐそこだよ。行こうか。あぁ、悪いんだけど食料は……」
「ご心配なく。われわれも非常食を持って旅をしていますので」
「よかった」
五人と一匹は間もなくサンドラの家に着いた。
すると、家から小さな女の子が飛びだしてきた。
「おかーさん、おかえりー。! その人たち誰?」
「お客さんだよ。旅をしてるんだって。一晩泊めてもいいだろ、アーシャ」
アーシャは四人をじろじろと見た。
「その人はダメ! 怖い」
アストリアを指さした。
「どうしてだい?」
サンドラが少し驚いて訊く。
「とにかくダメ。……ほかの人はいい」
そういって家の中に入ってしまった。
サンドラは申し訳なさそうにした。
「悪いね……。まだあのこと気にしてるのかも」
「あのこと?」
アルフレッドが尋ねる。
「実はね、盗賊に襲われたことがあるんだ。そのとき私の旦那、つまりあの子の父親も……。剣を見て思い出したんだろう」
四人の中で長剣を帯びているのはアストリアだけだった。
「いいさ、今日は星を見ながら寝ることにするよ。オレのことは気にするな」
アストリアは子どもに拒絶されたショックを隠しながら話した。
「星……?」
アルフレッドが空を見上げると、曇天で月も見えなかった。
「なにも心配いらないからおまえは家の中へ入れてもらえ」
アストリアはクレリアを見てから、くるりと背を向けていま来た道を逆戻りした。
「あまり離れないでくれ。明日の朝合流しよう」
一部始終を見守っていたフランクは、それだけ指示をだした。
「風邪ひくなよ」
アルフレッドもそれくらいしかいうことがない。
アストリアの姿は森の中に消えていった。
「気まずくなっちゃったね。あの子を責めないでやってくれ。まだ子どもなんだ。入ろうか」
サンドラが扉を開けて三人を招いた。
「こんにちはアーシャちゃん、わたしはクレリアだよ」
アーシャはアストリアがいないことを確認する。
そのあとクレリアを正面から見た。
「おねーちゃんて呼んでいい?」
あっという間になついてきた。
「いいよ」
「あっネコちゃん!」
「この子のなまえはアゼル。使い魔だよ」
「つかいまってなに?」
「うーん、ネコ型使い魔かな」
「ふ~ん。アゼル~、よろしくねー」
アゼルはアーシャの呼びかけに小さく鳴いた。
アーシャは使い魔と言う言葉をあまり気にしていないようだ。
「さ、食事にしようか」
サンドラが支度をはじめる。
「私たちの携帯食料も料理に使ってください」
フランクが申しでた。
「おねーちゃん、私の隣に座って」
「うん」
座りながらクレリアは窓の外を見た。
今頃アストリアはどうしてるだろうか……。
五人は食事を摂った。
アゼルにはクレリアが持ち歩いていた餌を与えた。
クレリアがナイフを左手に持っているのをアーシャが気に留める。
「おねーちゃん、左利きなの?」
「うん、そうだよ。
わたしが左利きなのは鏡の中から抜けだしてきたからだよ」
「ほんとう⁉
おかーさん、おねーちゃんは鏡の中からでてきたんだって!」
「ふふ……」
たわいもないウソを信じてしまうアーシャにサンドラは笑みを見せる。
「鏡から出るとき鏡を割っちゃったから元の世界に帰れないの」
「えー! それじゃどうするの?」
「こっちの世界もいいかなって。アーシャちゃんみたいないい子もいるしね」
アーシャはにこにこと笑った。サンドラは涙を堪えた。
夫が死んでからアーシャがこんなに楽しそうにするのをはじめて見たからである。
最初は盗賊か山賊かと疑ったけど、連れてきて本当によかった。
「おや、雨が降りそうだね」
食事が終わるころ、サンドラは窓の外を見て気づいた。
「アイツ、大丈夫かな」
アルフレッドがつぶやいた。
「ちょっと、見てきます」
クレリアはガタンと立ち上がり外に出ようとした。
「おねーちゃん、行かないで」
アーシャが引き留める。
「でも、ひとりはかわいそうだから」
クレリアは扉を開けて出て行った。
(やれやれ……度し難いな)
フランクは心の中で独白した。
※キャラクターの一人称について
説明文を少なくするために次の表記をしています。
ご承知いただけると幸いです。
アストリア→「オレ」
アルフレッド→「おれ」
クレリア→「わたし」
フランク→「私」
そのほかのキャラクターについても同様の処置をしています。
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