第二章 旅の終わり 地下迷宮にて 後編
その日はいつもとは違った。
貴族からの依頼を受けてもぐったとあるダンジョンでモンスターとの戦闘が終わったあと、ライナスはアストリアにいままで1回も訊かなかったことを尋ねた。
「君はなぜこの世界にモンスターがいると思う? そしてなぜダンジョンが無数にあると考える?」
「考えたこともなかったな……。あたり前のようにモンスターがいてダンジョンがある。モンスターは人間を襲ってくる。なぜだろう」
アストリアはモンスターの死体やダンジョンの壁を見ながら答えた。
モンスターは生態系に存在する動物ではない、見るにたえないかたちをしている。
「ちゃんと意味があるんだ、すべてのことに」
ライナスは眼鏡のわずかなズレを中指で修正した。
「おまえは知ってるのか?」
「すべてではないし、諸説あるんだがね……。
ダンジョンは『遺跡』だ。そしてモンスターは召喚されたんだ、魔界から。
正確にはある少女が自分のいのちと引きかえに魔界との『
そのときこの世界と魔界は一時的に地続きになった。
いまから千年ほど前のことだ」
ライナスはその瞳はアストリアを直視する。まるで彼を試しているような視線で。
「開いたゲートからはわれわれがモンスターと呼ぶこちらの世界の生態系にはあてはまらないものがなだれこんだ。その正体は魔族さ。
魔素とよばれる魔法元素や、魔界の一部の地形がこの世界と融合した。
そのときからわれわれの世界に『魔法』がもたらされ、魔素の影響を強く受けた人間は特殊な眼をもって生まれてくるようになった。それがこの世界の真実さ。
わかるかい? そのときそれまでの世界は崩壊したんだ。
魔族たちは暴れまくった。数億を超える人間が犠牲になった。人間だけじゃない。100万を超える動植物が絶滅した。彼らが人間を憎んでいるのはあたり前さ。
ゲートが開いたことで彼らの世界もめちゃくちゃになったんだ」
ライナスは余裕たっぷりに前世界消滅の真実を一気に語った。
「……だがあるときを境に魔族たちはダンジョンだけに住むようになった。
彼らには地上の魔素は薄かったんだ。
呼吸不全におちいって彼らはダンジョンにこもるようになった。
ダンジョンは本来は魔界にあったものだ。彼らの家のようなものだよ」
「本当か?」
アストリアは怪訝そうな顔をした。
「諸説あるといっただろう。
だがある程度裏はとっている」
「ある少女というのは誰だ。なぜそんなことをした」
「わからない。セカイから棄てられた少女と云われている。魔族の血を引いていて、迫害されていた彼女を守ろうとした騎士が目の前で殺されたとも……」
「悲しい話だな」
「彼女には巫女としての能力があった。本人は知らなかっただろうが……。
それを知っているのはこの世界の一部の魔法使い、導師級の人間だけだろう。
もっとも僕が証明することは出来ないし、信じるかどうかはきみの自由だ」
「セカイから棄てられた少女……」
アストリアは独り言のようにつぶやいた。脳裏にある女性がうかぶ。
――セレナ
なぜ君は……
哀しみと後悔で胸がいっぱいになる。
彼が人生で唯一愛した女―奴隷女のセレナ……。
「どうした?」
ライナスの声で現実に引きもどされた。
「いや……なんでもない。行こう」
「このダンジョンは6階層だ。あと2階層降りても死体が見つからないなら引きかえそう」
「ああ」
そのときアストリアは気づかなかった。
ライナスが鋭い眼でダンジョンの壁に刻まれた文様を見つめていることを……。
この
第6階層までふたりは降りてきた。
そのあいだ1度も戦闘はなかった。
そのときはアストリアも異変に気づいていた。
おかしい……。モンスターが最下層に1匹もいない。
いや、何より壁が
形容できない。生命と機械の中間のようだ……。
「なにかおかしいと思わないか? ライナス」
問いかけるとライナスは不気味な沈黙のあと、
「僕にもわからないな……。とにかく中心部へ行こう。なにかあるかもしれない。これはもう死体探しどころではないな」
「そうしよう」
アストリアは不信感を覚えながらそういうことしかできなかった。
帰還のための転送呪文はライナスにしか使えないのだ。
「この壁はなんだと思う?」
アストリアはあえて質問をした。
「
「普通じゃないだろう? なにかチューブのようなものが見えるし細かい文字のようなものも刻まれている。脈打って光っているような部分もある。こんなダンジョンは見たことがない」
アストリアが返答を待っているとライナスは無言で歩みを進め、大きなドーム状の部屋のまえで止まった。
「ここが中心だ」ライナスは質問の答えとは別のことをいった。
アストリアが部屋をのぞき込むと巨大かつ精密な魔方陣が床全体、いや壁面・天井にいたるまで描かれていた。
アストリアが知っているライナスの魔方陣とは
魔法に関する知識がないアストリアでもそれがわかった。
構成、使われている『文字』『数字らしきもの』そして『描かれ方』。
ライナスの魔方陣が立体に描かれることはなかったが、床と壁面の魔方陣の文様はどう見てもつながっている。
「おいライナス! これはなんだ、おまえはなにか知っているんだろう! 答えてもらうぞ……!」
「もう君には生かしておく価値も殺す必要もない……」
振りかえるとライナスの眼が魔法を発動するためにうすく光っていた。
ライナスがオレに攻撃呪文を唱えている!
アストリアが敵意・殺意に気がつかなかったのは油断からではない。
剣で殺気なしに人を攻撃するのは不可能だが魔法ではそれが可能なのだ。
アストリアが左腰の剣の柄に触れるより速く閃光が走った!
光の刃はアストリアの頭部を直撃し、彼は衝撃で意識を失いながら吹っとんだ。
「いのちを奪わなかったのは、本当の友達だと思ってるからだよ……」
彼が床に倒れこむとライナスはアストリアに背中を向けた……。
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