第二章 旅の終わり 地下迷宮にて 前編

 なぜ冒険者は地下迷宮ダンジョンに潜るのか。

 それは未知の財宝や魔法の道具マジック・アイテムが眠っているからである。

 そしてほとんどの場合、それらはモンスターが守っている。


 なぜダンジョンにそんなものがあるのか?

 なぜモンスターたちはダンジョンに住み着いているのか?


 理由はわからない。

 モンスターは普通の動物ではない、なにか異形なかたちをしている。


 最初のうちは異形フリーク食人イーター捜索者サーチャー、そして創造物クリーチャーと様々な呼びかたがされていた。


 個別に魔物の名称を決め分類・統合しようという学者もいたが、あまり冒険者には浸透しなかった。


 いつしかすべての魔物を遺跡の怪物ルイン・モンスター(通称モンスター)と呼ぶ人間が増えた。


 モンスターとしか形容の仕方がないのだ。


 ひとつだけ彼らに共通する特徴があるとすればダンジョンにしかいないことと、人間に対して強い敵意をもっていることだ。


 少なくともアストリアは好意的なモンスターに遭遇したことがなかった。


 財宝を求める冒険者たちはダンジョンにもぐり、そのなかの何割かは確実に死亡するのだ。


 死体回収の旅は2年ほどつづいた。

 地下迷宮に潜り冒険者の死体を転送魔法で地上へ送るという奇妙な冒険だった。


 ライナスは迷宮の床に、精緻な魔方陣をろう石で描いた。

 転送魔法を使うには、転送先と転送元の正確な座標を知る必要があるとライナスは語った。


 冒険者の経歴で同じものはひとつとしてない。だが、死体たちの生に執着した引き攣った表情は老若男女問わず似通っている。死体の中には美男美女もいたが、皺だらけの醜い顔を死後硬直させて見る影もない。

 死体をまじまじと見つめると暗闇から見つめられているような気分になる。

 死体回収は禁忌の仕事であった。



 地上にあらかじめ魔方陣を描いておき、その座標めがけて死体を転送するのである。


 地上では回収を依頼した人間、もしくは代理人が半信半疑で待つ。

 ライナスはダンジョン深度を計算して、何日以内で依頼を達成できるかをつげる。


 そのとき依頼主に『もし日数を過ぎても魔方陣に変化がなかったときは、回収に失敗して自分たちも死体になったと思ってあきらめてくれ』と必ず伝えるのだった。


 驚いたことに依頼がないときはなかった。

 ライナスには貴族には金貨100枚を要求したこともあった。


 その貴族が法外だ、詐欺だというと『貴族の肉体は尊いから転送に必要な魔力が多いのです』と平然と嘘をいった。


 貴族が苦悶している光景をライナスは心のなかで冷笑していた。

 その場で依頼を決めるものもいたが、大抵は一度あきらめる。


「ではこれで……。残念です」

 ライナスはすこしも未練なげに立ちさる。


 数日後、やっぱり依頼したいという連絡が必ずあるのだった。


 ライナスが契約のさいにひとつだけつける条件は、死亡、または行方不明になったダンジョンが明確であることである。


 ライナスがいうには死体そのものを探知する魔法はないからだという。


 依頼者は貴族だけではない。

 冒険者の家族はさまざまな人間がいた。商人・平民・軍人……。


 冒険者の家族たちはこぞって死体回収を依頼した。

 死体を回収して、それらが蘇る保証はない。

 それでも一縷の望みをかけてライナスを頼ってくる。


 ライナスは法外な報酬を要求し、苦悶する依頼者を見て楽しんでいるふしがあった。


 アストリアは依頼人との交渉には参加しなかった。

 ライナスの後ろに立ってだまって交渉が終わるのを待つ。


 目の前の人間たちはなぜ意味のないことに大金を工面するのか。

 アストリアには依頼者の気持ちがわからない。


 アストリアとライナスは荒稼ぎした。

 アストリアは死体一体につき金貨3枚では取り分が少なかったと思うくらいだった。


 ライナスは意外にもよくしゃべる男だった。

 彼は焚火をまえに饒舌になる。


 毎夜、アストリアに彼の主張、哲学を、熱を帯びて語る。

 ライナスが一方的に語り、それをアストリアが聞くのが日課になっていた。


「モンスターたちをイーターなどと呼ぶものもいたがそれは誤りだ。彼らは冒険者の死体を食べない。そしてダンジョンには特殊なフィールドが張られていて死体は腐らない。だから僕たちの商売が成り立つんだ」


 別の日には

「――魔法とは高等数学によく似ている。呪文の開発は新しい公式を発見するのと同じだ。やりがいがあるよ。

 君も素質があればよい魔導師になれたかもしれない。でも残念だ。君にはまったく魔力がない。君は見ためより理性的な男だ。理性や知性が魔導師には求められるんだ。それがわかってないやつが多すぎるのさ」


 またあるときは

「――中央大陸のワルーヴィスで極大破壊魔法が完成したらしいがあれは危険だね。

 あの魔法は使ったあと生物のからだのなかに入り込む毒が発生するんだ。土壌も汚染される。僕はそれを放射能となづけた。

 なんでそんなことを知っているかって? 僕もその魔法の開発に携わっていたからさ。そんな魔法は美学がない。いのちを奪うだけでは飽きたらない最低の魔法さ。その危険性に気づいてデータを完全に破棄したんだが、共同開発者に裏切者がいるらしい。

 許せないな……僕との約束を破った者には罰が必要だ。どうするかって? 秘密さ」


 そしてまたあるときは

「――君は未解決問題というものを知っているかい? 簡単にいうと証明が得られていない問題のことだ。僕も2、3個解いたけど時間の無駄だって気づいたよ。証明にかかる時間と得られるものが釣りあわないと感じたんだ。そんな僕でも解いてみたい未解決問題がある」


 ライナスは焚き火の炎をレンズ越しに凝視した。炎がレンズを透き通し彼の蒼い瞳が照らされている。


因果律カルマの方程式さ。

 誰かの行動が、別の誰かに影響を与える。影響を与えられたものの行動がまた誰かに影響を与える。そうやって無限に善意、あるいは悪意が連鎖してこの星の歴史をつくっているのさ。

 おそらく因果律の公式をしっているのは神と呼ばれる存在だけだろう。いうなれば神の方程式だよ。バタフライエフェクトなどという言葉ではなく、過去・現在・未来この惑星でおこるすべての出来事を予測する公式を書いてみたい」



 その日はいつもとは違った。

 貴族からの依頼を受けて潜ったとあるダンジョンでモンスターとの戦闘が終わったあと、ライナスはアストリアにいままで1回も訊かなかったことを尋ねた。


「君はなぜこの世界にモンスターがいると思う? そしてなぜダンジョンが無数にあると考える?」

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