第一章 死体回収屋ライナスは語った 後編
観察していることを隠そうともしないアストリアにライナスは冷たく微笑んで話しはじめた……
「僕はソーサラーではない。
呪文だけならすでにウィザード(Wizard)クラスを修めている。
僕の力は世界に三人しかいないアークメイジ(Arc Mage)に匹敵する」
「ウィザード? アークメイジ?」
「んん…、つまりシロウトではないってことさ」
「へぇ」
「僕はいま死体回収屋をやっている」
「死体回収屋?」
「そう、ダンジョンに潜って死体を回収するんだ。いい金になる」
「バカバカしい。地下迷宮から人間の死体を運べるわけがない。死体は重いぞ」
「魔法さ。転送魔法を使う。とても高度な魔法だが、僕にはできる」
やはり魔術師かと思いながら、「そんなことをしてなんになるんだ?」
「いつか生きかえらせるために死体を氷室に保存するんだ。
ダンジョンで死んだ人間の家族が、いつか蘇生魔法が復活する日を信じて……。
夢のような話だろ? 特に貴族は高い金を出す」
「はてしなくバカな連中だ……」
「僕はいまパートナーを探していてね……僕と組まないか? 金はだす」
「魔術師なんだろ? 戦士なんか必要ないだろう」
「魔法は万能じゃない。君には話そう。
発動には呪文によって間があるし、連続で魔法を発動させることは理論上不可能だ。魔術師が身を守るには優秀な戦士のサポートが絶対に必要なんだ」
「いくら出す?」
「正当な報酬を払うよ。君を傭兵として雇おうじゃないか」
「まあいいだろう。ところでオレのなにを知ってるんだ、噂を聞いたといっていたな」
ライナスは不敵に微笑んだ。
「君が死んだように生きていることだよ」
ライナスの眼は光るようにアストリアを見つめた。
魂が一瞬で凍りついた。
少しの沈黙のあと男はつづけた。
なにか魂に響くような、とても通る声だった。
「君は戦争に行ったね。君がいた部隊のことを知っているよ。
とても有名だ。よく生き残ったね。
戦争が終わったあとは……どうしてる?」
絶句した。戦争の記憶が蘇る。
初日から終戦までの、終わりの見えない暗黒の日々……。
「好きで戦争に行ったわけじゃない」
少しの沈黙のあと声を絞り出す。
死ぬかもしれない戦争が終わったあと死んだほうがマシな人生がはじまったのだ……。
ライナスはアストリアと視線を合わせた。射抜かれるようだった。
ライナスの瞳はすべてを看破する冷たい
「君は生きてない、死体ですらない。
君のからだで生きていると保証できるのは心臓だけじゃないか」
アストリアは二の句を告げなかった。……腹は立たなかった。
……オレの過去を知っているらしい。
魔法で調べたのかもしれない。
卑劣だ、それなのになにも感じない。
きっと本当のことをいわれると腹が立たないんだ……。
「べつに責めているわけじゃないよ。僕も戦争に関わった人間だからね。ある国の魔法研究所に所属していたんだ。
魔法の研究というとのん気に聞こえるが実際は効率よく人を殺す魔法を研究していたんだ。彼らは魔導師と呼ばれた。
君が参加した戦争でも僕の開発した魔法が使われたかもしれないね」
「ある国とはどこの国だ。具体的な名前を出せ」
アストリアの問いに、この時ライナスははじめて視線を逸らした。
「どこだっていいじゃないか。君はいま生きているのだから」
「いわないならこの仕事は引き受けない」
今度はアストリアの眼光が鋭くなった。
殺気を帯びていた。
彼は同じ傭兵部隊の人間に仲間意識はなかったが、戦争の悲惨さを拡大した人間には腹が立つ。
そんな人間が戦場ではない安全な場所にいたというのなら許せるものではない。だがライナスは涼しげな顔で視線を受けとめた。
「いつか話すよ……。だが仕事をはじめる前からあえて不協の原因を作りたくない。わかってもらえるかな」
そういうライナスの眼差しはそれまでの冷たい印象はなく、穏やかだった。
また場が沈黙した。酒場の騒音がやけに響いて聞こえる。
「1日につき銀貨10枚だ。それプラス成功報酬をもらう」
「素晴らしい条件だ。成功報酬は死体一体につき金貨3枚でどうかな」
大陸西部では金貨が3枚あれば1年は暮らしに困らないといわれている。破格としか思えない。が、死体の相場など知るよしもなかった。
「いいだろう」
「さっそく契約書を作るよ。2枚だ」
ライナスはテーブルの上に羊皮紙を拡げ、羽ペンで文字を書きはじめた。
その光景を見ながらアストリアはなぜこの仕事を受けてしまったのか考えていた。
ライナスにはなにかある。気を許してしまうなにかが……。
聡明なこの男のことが嫌いではないのだ。
「さあ、あとは君のサインだけだ」
ライナスは羊皮紙の向きを反対にして羽ペンと一緒にアストリアに渡した。
明瞭な内容で、逆に怪しいくらいだったがどう見ても不備はない。
アストリアがサインしているとライナスが誰にともなく語りだした。
「人間は罪深いと思わないかい?
死体に金を出す人間も、金の為に死体を引きあげる人間も……。
フフ、我々の罪は生き方が美しくない罪だよ」
「フッ」思わず噴き出した。
皮肉以外で笑ったのは何年ぶりだろう。
ライナスの言葉の最後の部分は酒場にいる他の人間にも聞こえていたらしい。
みんな笑っていた。
ある者は皮肉めいた笑みを、またある者は豪快に笑っていた。
酒場は笑いに包まれた。
ライナスはつけくわえた。
「――この世界はゆっくりと滅びに向かっている。僕はそれでいいと思う。
人間が、自らの愚かさゆえに滅ぶならそれは仕方のないことなんだ」
先ほどの言葉と違い、ささやきのような言葉はアストリアの耳にだけとどいた。
アストリアはなぜかその言葉を生涯忘れられないのだった。
「1枚は君が持っていてくれ、信頼の証だ」
アストリアがサインを終えるとライナスは立ちあがった。
「宿に移動して仕事の打ち合わせをしよう。ああ、ここの支払いは僕がする。
なに、契約祝いだと思ってくれればいい……」
こうしてアストリアとライナスの死体回収の旅がはじまった。
作者注:文中で語られていませんがArc Mageとは箱舟(Arc)の魔法使いという意味です。
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