第一章 死体回収屋ライナスは語った 前編
プロローグ
わたしはセカイが壊れるオトを聴いた。
セカイが壊れるオトはまったくの無音。
それでいてなにもかもが崩れ落ちていくのだ。
第一章 死体回収屋ライナスは語った
とある街の傭兵が集まる酒場で、ひとりの中年の男が臭い息を吐きながらテーブルを渡り歩いている。
「おまえ何人殺した? なぁ、おまえ何人殺した?」
ほとんどの人間はその男を相手にしない。その男もかつては戦士として戦ったことがあるのだろう。いまはよどんだ眼の酔っ払いで、戦場より酒場にいついている。
酒場のすみにはじめて見る男を見かけて近づいていった。
「おまえ何人殺した?」
話しかけられた若い男は鋭い眼光をかえした。
「数えてるやつはバカだっ! 話しかけるな、クズ!」
「なんだと……」
かつて持っていたプライドを傷つけられ男は殺気を帯びた。
「………。」それ以上の殺気を無言でかえす。
椅子に座ったまま少しからだをずらした。剣を抜けるように。
決着は一瞬だった。
若い男のあまりの殺気に
ふたりの様子を酒場にいる全員が見守っていたが、喧嘩がはじまらなかったのでみんなすぐに興味をなくした。
別のテーブルからひとりの男が立ちあがり、まだ殺気が残っているかのようなテーブルに近づいていく。場違いな男だった。
傭兵が集まる酒場に赤いローブを着て、戦士とはとても思えない。
知識のあるものは気づいただろう。その男は魔術師なのだ。
「君がアストリア・ウォルシュ君だね。噂は聞いているよ」
「悪い噂だろう、あんたは?」
「僕はライナスという。ファミリー・ネームは棄てた」
「オレもだ。家の名前をいわないでくれ。あんた、
この世界の魔術師は特別な眼をしている。
魔法の素養があるものは特殊な色の瞳をもって生まれてくる。
ふつうの眼の人間はけっして魔法を使うことはできない。
魔法に関しては天賦の才能だけがすべてだった。
人類の歴史とともに様々な魔法が開発され、魔法黄金時代がやってきた。
ところがおよそ100年前のこと、治癒魔法が発動しなくなった。
他の魔法が使えるのにである。
世界中の人間がパニックになった。
魔法を使える者も使えない人間も、治癒魔法の恩恵を受けられなくなった。
もう二度と傷を魔法で癒すことはかなわなかった。
理由は誰にも判らなかった。
魔法元素が減ったからというものもいたが、それではほかの魔法が使えることの説明がつかない。いつしか人々はこういうようになった。
――人間が戦争をやめないから、癒しの神様が人間を見捨てたんだ、と。
いつしか治癒魔法は伝説だけのものになった。
それからが魔法暗黒時代である。
破壊魔法のインフレーションが起こった。
どんな傷も魔法で癒すことができず、攻撃魔法は必殺の威力を誇った。
魔導師たちの開発によって攻撃魔法、破壊魔法の威力は上がっていく。
白兵戦と占領ができる兵士も重要だが、戦争において魔法使いは切り札、優れた魔術師を何人保有しているかが裏の軍事力なのは暗黙の了解だった。
魔法によって受けた傷がもとで障害を背負う人間は多かった。
それを魔障という。
魔法使い、特殊な眼を持つ人間は世界全体で恐怖や畏怖されていた。
アストリアはライナスの僅かに光るような冷たい蒼い瞳を見て魔術師と気づいたがそれだけではない。独特な雰囲気を纏っている。
剣を持った男たちばかりの酒場にほぼ丸腰に見える格好で乗り込んでいる。余裕があるのだ。
彼がいままでに何度か見た魔術師たちは大抵こういった雰囲気を纏っていた。
「座っていいかな?」
「ああ」
座る動作を観察する。
赤毛で赤いローブを纏っているが、服装は黒を基調としていた。
レンズが丸い眼鏡をしているが、ガラス越しに見える眼光は鋭かった。
それでいて、攻撃的な印象は受けない。知性を感じさせる男だった。
観察していることを隠そうともしないアストリアにライナスは冷たく微笑んで話しはじめた……
(後編へつづく)※文字数が多かったため前編・後編に分割しました。
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