第九章 わたしはセカイが壊れるオトを聴いた


2028年2月21日

 昨日あったことを書く。

 ランスロットの散歩をしていたら高校の同じ部活の人にあった。


「大学どこ?」


 わたしは行ってないと答えた。

 やつらは鼻で笑った。


「あんたバカだったもんね。大学も行かないでどーすんの?

 ホームレス? バイシュン?」


 わたしが興奮するとランスロットも興奮してしまった。

 やつらは怒っているランスロットにおびえながらも、


「とっとと保健所に連れていけよ。おまえの馬鹿イヌ」とバカにした。


 わたしのことは我慢できた。

 でもランスロットを侮辱されることは許せなかった。

 わたしの怒りの波動を感じてランスロットはあの人たちを敵と認識してしまった。

 そこから先は悲惨だった。リードを引きちぎったランスロットはやつらに襲いかかった。




 やつらの悲鳴、流血……




 わたしはセカイが壊れるオトを聴いた。

 セカイが壊れるオトはまったくの無音。

 それでいてなにもかもが崩れ落ちていくのだ。




 警察、保険所、わたしは言葉の限りを尽くしたが味方はいなかった。

 警察官はわたしが働かずに引きこもっていることを知るとへらへらとした態度でバカにした。

 ランスロットとはもう会えないだろう。

 ぜんぶわたしがいけないのだ。

 わたしの人生は終わったのだ。不当に未来を奪われて。


 自殺ではない。あいつとこの国に殺害されたのだ。

 わたしは死んで、この国を千年たたる悪霊になる。

 暗黒星になってこの惑星の未来を照らそう。

 不死鬼ふしきの軍団を操って全世界に宣戦布告する。


 わたしは核のスイッチを押す!

 この家に落とすために。○○警察署と、○○保健所にも落とす!

 わたしひとりが幸せになれないセカイなら必要ない。破壊する!




 魔王と契約してやる!




 紗良さらアンアリスの日記帳を閉じた。


 『不死鬼』というワードにアストリア、フランク、そしてクレリアはただならぬ顔をして目配せした。偶然の一致だろうか?


 アストリアが暗黒傭兵部隊不死鬼ふしき構成員だったことは秘密なのだ。


 フェイは眉をひそめた。


「彼女は……」

「巫女のちからを持っていた。そして魔王と契約した」アストリアがフェイの言葉をさえぎって話した。


「……そのとおりです。本人は知らなかったでしょうが。

 彼女が魔王と契約したことによって当時の人口の99パーセント、77億人が犠牲になりました。

 憶測も含まれていますが、魔王はこの星を破壊するために魔界を地上に召喚し、彼女の望みを叶えたのです」

 紗良さらは大きな息を吐いた。この日記帳を読むのは精神が削り取られる。


「彼女はどうなったんですか?」フェイが当然の疑問を口にした。


「魂を召喚に使用すれば生きているわけがない。そして生まれ変わることもできない。そうゆう存在はまさしく悪霊といえるな」フランクが答えた。


「この国は豊かな国だった。

 豊かな環境で自分のエゴに飲まれた人間は少なくなかったのだろう。杏アリスのまわりにいた人間たちは思いやりを持たなかった。残念な限りじゃ」

 女王神凪かんなぎマハルはかつての東方を憂いた。その声は自責を含んでいる。東方の過去に胸を焦がす有り様はアストリアたちにとって新鮮な姿だった。

 普段のおちゃらけた態度は鉛の重責に対するカムフラージュなのだ。


「彼女は虐待を?」


「受けていたに決まっているだろう。

 暴言を日常的に浴びせかけることは充分に虐待だ。かつてのこの国で虐待は大きな社会問題となっていた。

 さらに、虐待を生き延びた人間は虐待サバイバーとよばれ、なんの社会的な補償もなく世間に放り出されるのだ。

 不当な理由で青春や未来を奪われる人間がどれだけいたか計り知れない。

 そのような国を楽園といえるか?」

 マハルの言葉は王としての己自身に問いかけているかのよう。


「アストリア。これが東方だ」シオンは呼びかける。彼女はどこか諦めたような貌をしている。故郷に失望しているのだ。


「オレの父親は奴隷商人だった。どの国にも後ろめたい歴史がある。

 彼女のまわりにいた人間に悪意を持ったものが多かったからといって、それがこの国の本質とは思わない。

 オレの知っている東方人は気の良いやつらだ。プライドが高くてちょっと意地っ張りだけどな」シオンに笑いかける。彼女の心の曇り空を吹き飛ばすように。


 シオンは目を見開いた。


 ……ああ、そうだよ。おまえはいつだって嬉しいことをいってくれる。


 アストリアの発言はマハルや紗良さらにとって意外であり、またアストリアに対する認識を改めさせた。


「見た目より聡明だな。おぬし」


「このノートが召喚時の高熱に耐えることはありえないのです。

 この日記帳は数千度の高熱に耐えた。このマジック・アイテム祓いの手袋エクソシスム・グローブがなければ触れるだけで呪いがかかります。

 このことを知らない研究者が何名もいのちを落としました。

 燃え残ったということは彼女の怨念がこもっているとしか思えません」

 紗良ははめていたエクソシスム・グローブをゆっくりと外した。


「母親はなにをしていたのですか?」フランクは眼鏡の位置を調節した。


「記述が見られません。離婚・死別あるいは別居か……。アンアリスの人生には関わっていなかったようです」


「爆心地には剣が突き刺さっているはずです。杏アリスが契約した魔王が召喚した神殺しの剣ヴォーリアが。

 その剣には異界のゲートを開くちからがあるのです。

 私たちはその剣で癒しの女神を冥界から復活させるつもりです。そうすれば治癒魔法が発動できるようになります。

 復活しても世界中の人間がすぐには気づくことはないでしょう。

 この国が中心となって癒しの魔法の術式の国際特許をとれば莫大な利益となります。

 魔法の発動には特殊な眼ともうひとつ、術式の理解が必要になります。

 数学で例えると、公式の理解が術式。応用が発動。

 私ならば癒しの魔法公式を完成させられる」


「特許……。ふむ……」マハルは乗り気ではなさそうだった。


「マハル様、この話は良い話だと思われます。

 呪文公式の国際特許は認められています。癒しの魔法は一度消失して特許が無効になっています。東方が特許を取得して良心的な特許使用料を設定すればこの国の国際的なイメージ回復になるでしょう。

 東方は国際的に孤立している状態です。

 この特許を切り札に国交を活発化させることができれば世界平和にも貢献できます。

 また、特許使用料が全世界で支払われるなら安価な設定でもこの国は豊かになるでしょう」


紗良さらがそういうなら、われも良いと思う。

 そのためにはフランク・マクマナス。おぬしの発言が真実であることが重要だ」

 紗良は若いマハルにとって良い相談役であり、また友だった。


「名前を覚えていただき光栄です。

 私にご協力願えるなら、誓約書を作成いたします。

 ご存じかもしれませんが、魔術師・魔導師にとって誓約書とは絶対的なものです。

 加えて、自分自身に誓約ギアスの魔法をかけます。

 その内容は、『東方、イスタリスに不利益をもたらさない。神凪マハル様を裏切った場合、フランク・マクマナスは魔力を失う』

 この内容でいかがでしょう」


「よかろう。地上にあがろう。休憩をとって、話はそれからだ」

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