第十章 フェイの告発

 一同が応接間に戻ると神凪かんなぎマハルはフランクのペンダントの証明が取れるまで一週間はこの部屋で待機するように申しつけた。


 みんな無口だった。


 ひとりの人間が破滅するのを追体験したのだ。それらは彼女の責任というより、彼女のまわりにいる人間の悪意によるところが大きい。


 ペンダントの証明には時間がかかりそうなので、王宮の別室に寝室をあてがわれることとなった。

 古代図書館に同席しなかったアルフレッドは別室である。


 みんな思い思いに自分の考えを話す。

「わたしはアンちゃんの気持ちわかるなあ」クレリアが誰にともなくいった。クレリアに視線が集まった。

「同じ目に遭ったら同じことをする」


「クレリア……」


「だって、ワンちゃん殺されちゃったんだよ。友だちだったのに。

 アゼルを失ったとき、わたしには傭兵さんがいてくれたけどアンちゃんには誰もいなかったんだよ。

 あんまり、あんまり、可哀そうだよ。

 ねえ、ランスロットって傭兵さんに似てない?」


「イヌと一緒にすんなよ! オレはイヌより賢いだろ」


「大体同じくらいだと思うよ」


「あのな……」


 シオンが咳払いした。

「東方の民は優しい。その一方で弱者には冷たい。

 島国、農耕民族特有の閉鎖感が潜んでいる。断罪するわけではないよ。でもわたしはそのことが悲しかったんだ。この東方で千年前世界が消滅する事件が起きた理由は、弱い者いじめだというのはわたしにはなんとなくわかる」


「ねえ、アストリア君。ふたりきりで話があるの」

 フェイがアストリアに目配せした。


「ふたりきり? どういうことだ」


「みんなの前でいえないことですか。シャオさん」クレリアは彼女の本名を呼んだ。


「ごめんね。クレリアちゃん。愛の告白とかではないから安心してちょうだい。みんなもいいかしら。ちょっとしたことだから。席を外してくれる?」


 その言葉をいぶかしげながら皆が退室するとフェイは切り出した。


「アストリア君。君はなにかわたしに隠し事をしているんじゃないかな」


「隠し事って、なにを」


「〝不死鬼ふしき〟って言葉になにかこころあたりはない? 嘘は絶対つかないで」


「‼」動揺は隠しようもない。アストリアがドミニオン戦争で悪名高い傭兵部隊不死鬼四番隊隊長だったことはフランク、アルフレッド、クレリアと本人しか知らぬことである。


「その顔はなにか知ってそうね」


 フェイは入口のドア付近に立った。アストリアが逃げ出せないように。


「わたしの家族ね。ドミニオン戦争でバラバラになったの。父は不死鬼に捕虜として捕まってね」彼女はいつの間にか後ろ手にもっていた果物ナイフを取り出した。


「フェイ。あんたがオレのことを裁きたいのならいまは待ってくれ。オレはどうしてもこの旅が終わるまでクレリアの傍にいたい」


 フェイの態度は急変した。


「へっへっへっ。話は最後まで聞いて。父は不死鬼ふしきに捕まったけどアンデッド=アストリアが捕虜交換に応じたおかげでいまも生きているわ。

 父はよくいっていた。

 不死鬼はゴロツキの集団だったけど四番隊の隊長だけは将としての器をもっていたと。わたしは最初からあなたがアンデッド=アストリアではないかと疑っていたの。

 君という人間を見極めるために旅に同行していた。

 君が吐き気のする悪人だったら不死鬼の生き残りとしてつきだしていた。

 でもそうじゃなかった。少なくともわたしは赦す。

 あなたがこれからさき自分がしたことの罪悪感に押しつぶされそうになったときはなんどでも今日のことを思い出してね」


「果物ナイフはなんのために?」


「まあ不死鬼のしたことを知っているし、ちょっとくらい反省してほしいなって思ってね。びっくりした?」フェイはへらへらと笑った。


「人が悪すぎるぜ」


「もしあなたの前に罪を償わせようとする人間が現れたらいまみたいに簡単にいのちをさしだしちゃだめ。

 クレリアちゃんのために生きる意志をもって。世界を敵にまわしても。

 この世界すべてとクレリアちゃんを天秤にかけるときがきたらあなたはどちらを選ぶのか、よく考えておいてね」


 意味深すぎるフェイの言葉はどこか物語の結末を暗示していた。

 このときアストリアは己が背負っている運命がこの惑星より巨大であることすら知る由もなかった。

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