第二十七章 暗殺者再び

 フランクたち一行は、シンチェンで馬を借り、黄昏岬へ向かった。


 借りた馬は岬の近くにある村の馬屋に預ければいいとのことである。


 借り賃は保証代を含めて高かったが、シンチェンの馬屋が制作した証明書があれば馬を返したときに一部が返金される。



 目的の村の名はコルドバといった。

 クレリアは馬に乗れないのでアストリアの馬に同席した。


「見て傭兵さん! あれはなに⁉」


「ほら、あそこの景色キレイだよ!」


 馬に乗ったクレリアは最初興奮して、目まぐるしい景色の移り変わりにはしゃいでいたが、そのうちおとなしくなりしゃべらなくなってしまった。


 コルドバについた。村には入らず、手前で馬を降りた。

 クレリアを馬からおろすと脚ががくがくしている。


「どうしたクレリア」

「お股がいたい。

 お股の病気になったらどうしよう」

 彼女は顔面蒼白である。


 うるうるした眼でアストリアを見る。

 乗馬の振動で股間が痛くなっていたのだ。


「見せてみろ」

「ヘンタイ! 死ね」


「オレは心配して……。シオンに見てもらうか?」

「やだよ」


「血は出てないか」

「それは大丈夫だと思う。

 ちょっと座る」


「配慮が足りなかったな。

 村に入る前にここで休んでいこう」

 フランクが眼鏡をただした。


「馬を返してくるよ。

 宿をとってくるから、あとから来てくれ」

 アルフレッドが馬の手綱を引いた。


「わたしもいこう」

「じゃあ、わたしも」

 シオンとフェイも残りの馬の手綱を引いて後に続いた。


 三人の姿が見えなくなったあと、村から人が出てきた。

「警戒しろ」


 フランクの言葉に、アストリアはのん気だった。


「おおげさだよ。村人が暗殺者だっていうのか。

 疑っていたらきりがない。

 人のよさそうなおばさんじゃないか」


「まっすぐ私たちに近づいてくるぞ。

 目的がなければああいう動きはしないものだ」


 クレリアはフランクとアストリアの会話を大きな樹に寄りかかって聞いていた。

 頬杖をついてぼんやりする。

 お日様も気持ちよくて平和だなぁ。


 中年女性が会話できる位置まで来た。

 麦わら帽子に、バスケットを持った恰幅がいい女性だった。


「あら、あなただいじょうぶ? 死ねや」

「いまなんて?」


 クレリアが訊き返すより速くおばさんはバスケットから黒塗りの短剣を取り出し襲いかかってきた。

 クレリアの右眼の紫の虹彩に短剣が迫る。


 クレリアは恐怖で身がすくんだ。

 眼球に刃が突き刺さる直前でアストリアが短剣の刀身を掴んでいた。


「貴様、ヴァルケインだな」

 暗殺者ヴァルケインが短剣にちからを籠める前に右手をひねり上げた。

 厚皮の手袋をつけていたのでアストリアに怪我はない。


 フランクが魔杖で暗殺者の脇腹に触れると気を失った。

 麻痺スタン(Paralysis stun)の魔法を使ったのだ。


「指はだいじょうぶか?」

「ああ」


「ヴァルケインの人間がこんなところまで現れるとは。

 だが生け捕りにすることができた」


「そんなことより、アルフレッドたちも襲われているかもしれない!」

 アストリアは走り出そうとした。


「待て!

 クレリアの傍を離れることは許されない。

 たとえあのふたりが襲われて死亡したとしてもクレリアが無事なら旅は続けられる」


「おまえはひとでなしか」


「最悪の事態のことをいっているのだ。

 シオンの戦闘能力は高い。

 アルフレッドもああ見えて切れ者だ。

 暗殺者を見抜けない男ではない。

 仲間を信じろ」


 アストリアはため息をついた。

 フランクに諭されるとは。


「クレリア、だいじょうぶか?」

 クレリアはなにもいわない。


「クレリア?」

「こんな生活いやだわ。

 わたしは誰よりも心穏やかな人生を望んでいるのに!」


 いまにも壊れそうな瞳でアストリアに訴える。

 重すぎる宿命をクレリアも背負っているのだ。


 治癒魔法の復活の使命、世界を救うこと、そして暗殺者の標的。

 14歳の少女が背負えるものではない。


 誰も彼女が背負っているものを代わりに背負うことは出来ないのだ。


 彼女を愛しているアストリアにもできることはない。

 だが、眼は逸らさない。彼女の言葉を待つ。


「ごめんなさい。

 最近ナーバスになっているみたいです。

 いろいろあったから」

「クレリアの気持ちわかるよ。

 オレは隣にいることしかできない」


 クレリアははにかんだ。

『このセカイに居場所がないならオレの隣にいればいい!』

 彼の言葉を思い出したのだ。


「これからもしっかりわたしを守ってくださいね。

 わたしは戦うことができない女ですから」


「クーちゃんは武闘派だと思うけどな」

「なんだと? か弱いだろうが」

「か弱い女がそんな口の利き方をするか!」


「調子が戻ってきたみたいだな」フランクが眼鏡に触れながら、「この女を縛り上げるのを手伝ってくれ」


「どうする? この女を担いで村へ入るか?」

「いや、必要なことを聞き出したら誓約ギアス(Geass)の魔法をかけて解放する」

「ギアス?」


「行動を制限する魔法だ。

 生き物を傷つけないというギアスをかける。

 もしギアスを破ったときは全身に激痛が走るようになる」


「生き物を傷つけないって、生活できないじゃないか」


「そうだ。暗殺者にはふさわしい報いだ」

 多少残酷だが、暗殺者に同情する気にはなれなかった。


「よし、起こすぞ。

 ヴェルケインのアジトはどこだ?

 ……ヴァルケインの構成員は何人いる?

 この村には何人で来た。

 仲間のことを話せ。

 話さなければ拷問する」


「おまえらはもう終わりだ。死神の腕はとても長い」

 中年女性は目を見開いて死を予言した。暗殺者の貌だった。


 フランクは電撃の魔力がこもった魔杖の先を女にあてがった。女は失禁した。


 アストリアは目を背けた。

 抵抗できない相手に、しかも女に苦痛を与えるのは彼の主義に反している。


 ……眼を背けた先に巨大な火球ファイヤーボール(Fire ball)が迫ってきた!

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