第二十六章 嵐の前の食卓 後編

「コホン。夢を叶えたいならそのための階段を上ること。

 いまからでも普通の人生を送ればいい。

 果てしなく長い階段でも一段ずつ登れば夢は叶うよ。

 わたしの夢だってそうやって叶えたんだから。

 ところで、君はある女性から好意を寄せられているんじゃないかな?」


 フェイは人差し指を天井に向けてくるくると円を描いた。


「わぁーわぁー!

 やめてくださいよう! シャオさん」


 クレリアがあわてふためいた。

 クレリアはフェイを本名のシャオと呼んでいる。


「うーん……、思い当たらないな」

 アストリアのとぼけた返しにクレリアは、

「ガルルルル……」彼を睨みつけた。


「アストリア。

 おまえってさぁ、案外バリケードだよな」

 アルフレッドが真顔でいった。


「デリケートな。ボケてんじゃねー!」


「面白いですぅ!

 デリケートとバリケードという意味のベクトルが正反対にある語句をわざといい間違えることによって、笑いを誘発したのですね」

 テーブルの中で笑っているのはクレリアだけだ。


「やめてくれよ。

 お嬢さん。

 ジョークを解説するのは」

 アルフレッドがクレリアの反応に困っている。


「ところでフェイ。

 先ほどの波動存在や素粒子についての話だがどこでそれを?」

 フランクはもう食事を終えて口元を拭いた。


「わたし大陸東部シャングランウォン・シィラーズ大学にいたの。

 さっきの話は科学のお話です。

 卒業後は大学に残って助教授にならないかっていわれてたんだけど、物書きを選んだ」


 ウォン・シィラーズ大学は現存する学術機関の中でも最高峰の大学だった。


 魔法を学ぶ魔導学院とはまったく別の学術体形を持った『大学』と名のつく学術機関は世界に数ヶ所しかない。


 ウォン・シラーズ大学では世界中から本を収集し復元作業を行っている。


 書物は前世界崩壊の大災害でほとんど失われてしまったが、彼らは燃え残った本の1ページでも探し集め旧世界の謎を解明しようとしている。


 ウォン・シィラーズという名前は創始者の名前からとったのもだ。


 フランクはフェイが話した『波動』や『素粒子』に関して聞きかじったことがある程度の知識しかなかった。

 

 エル・ファレル魔導学院の導師でも知り得ないことをフェイは知っている。


〝科学〟においてはフェイのほうが高い知識を持っているようだ。


 フランクが学んだエル・ファレル魔導学院では魔法の研究と開発に注力していて科学は軽んじられていた。その認識を改めなければならない。


「私に科学を教えてくれないか。フェイ」

「魔法教えてくれるならいいですよ」


「残念だが君の瞳の色では無理だ」

「なりたかったなー、魔法少女フェイ」


 この世界では魔法を使うためには瞳が魔素の影響を受けている必要があるのである。


「高学歴なんだな」シオンはつまらなそう。

「そーよう。見直した?」


「わたしは寺小屋しか通ってないから羨ましい」

「大学は学ぶ意思さえあればいくつでも入れるのよ」


「カネがない」

 誇り高い彼女らしくもない態度である。


「オレが出してやろうか?」

 アストリアの言葉に全員はあっけにとられた。


「昔荒稼ぎしたからな。

 ギルドに預けてある宝石や金を引き出せばおまえひとりぐらいの学費はなんとかなると思う」


「もう……!」

 クレリアは不満げに腕を組んだ。

 水差しの水をいっきに注いでがぶ飲みする。


 わたし以外の女性に優しくしちゃダメっていったのに。

 でも優しくなかったらがっかりしちゃうな。


「いやだめだ。

 戸籍がない。保証人もいない。

 ちょっといってみただけだ。忘れてくれ」


「悲観することはないわ。

 保証人ならわたしがなってあげる。本気です。

 戸籍は難民認定を申請すれば取ることは可能です。

 勉強のコツならわたしが教えてあげる」

 

 フェイの言葉にシオンは困惑した。


「本気でいってるのか?

 他人の学費を出すとか保証人になるってどういうことかわかってるのか?」

「カネってのは派手に使うから面白いんだぜ。シオン」


「こんな世界だけど、わたしは人とのつながりを大切にしたいと思っています。

 学ぶ機会を不当に奪われた人のお手伝いをしたいわ」


「資格の欄にソードマスターって書けば勉強しなくても受かるかもしれませんよ」

 クレリアがジョークなのか本気なのかわからないことをいう。

 シオンの顔に笑みがこぼれた。


「おまえら……。

 励まし上手なやつらだ。

 フェイ、おまえみたいな母親がいればよかった」


「おまえらいい加減にしろ。

 こんなでかい子どもが三人もいるような歳じゃありません!」

シャオさん、わたしたちのママンになってくださいよう」

「誰がママンじゃ」


 クレリアのボケにみんな笑った。

 フランクも口元を抑えて笑っていた。


「どうですか。わたしのユーモアセンスは」

 クレリアは胸を張った。


「いまのはイケてたかもな」

 アルフレッドがむせながら評価する。


「大爆笑じゃないですか。

 天才ですよ。流石ですよ」


「その自己肯定感の高さはどこからくるんだ?」

 アストリアは呆れ気味である。


「神様からのギフトです」

 クレリアはむしろ誇らしげだった。


「それにしてもフェイ、前世界の知識は完全に失われたものだと私は思っていたのだが君はかなり知識があるようだ。

 その知識は大学で学んだのかね」


「前世界の知識は確かに失われたけれど、断片的な伝承や伝説は各地に残っているわ」


「シオンも前世界時代の東方の様子を細かく知っていたし、認識を改めなければならないな。

 西方や中央に比べて、大陸東部から東方には前世界の歴史が断片的に残っているようだ」


「クレリアちゃん、さっきから水を飲み過ぎよ。

 そんなに飲んだらおトイレが近くなるわよ」


「こいつは水を飲まずにはいられない体質なんだ。

 ほっといてやってくれ」


「わたし、多めにお水を飲んだほうが体調が良いのです。

 傭兵さん、食べないならそのハンバーグください」


 クレリアがアストリアのハンバーグに狙いをつけ話の腰を折ったところでちょうど会話も一区切りついた。


 アストリアが皿を彼女の前に差し出すと嬉しそうに自分の皿にハンバーグをフォークで乗っける。どこか呼吸いきがあった動作だった。


 アストリアはクレリアの横顔を見た。

 照り輝いているような頬、満天の星に匹敵する光を宿した瞳、美しい鼻筋の曲線、そして年齢なりに幼い唇。


 オレの妹で娘で、そして恋人の少女。

 彼女に一生を捧げてもいい。

 彼女はそれだけのことをしてくれたから。

 いろいろあったな……。


 この旅の結末がどうなろうと後悔はない。

 オレは悪夢から目覚めた。


 オレの人生で起こった出来事も、いまこの場にいる仲間たちと出会うために起きたのだとしたら、過去を受け入れる。



――アストリアは過去と訣別した。

 巨大な自殺願望を抱えていた若者はひとりの少女と出会い、生きる意志を宿した。


 ……だが運命、あるいは神。それとも因果律カルマの方程式は彼に過去と訣別するための最終試練を課す。

  

  つづく

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