第二十六章 嵐の前の食卓 前編
銀のしっぽ亭の食堂で一同は朝食を摂った。
1月下旬の早朝、吐く息も白んじている。
「現在地は東方の目と鼻の先だ。
東方は大陸から分断された島国だが海の水が干潮したときに地続きになる岬がある。
そこを渡ったほうが近い。
そうだな、シオン」
フランクが淡々と語る。
彼は朝食のときいつも小食で、不機嫌だった。
彼は食に関する執着が薄いのだ。
「ああ、間違いない。
岬の名前は
「今後の予定が決まった。
黄昏岬を渡りイスタリスを目指す。
岬を渡ればそこはもう東方だ。
言葉は通じるはずだ」
「不思議だな。
世界中どこに行っても言葉が通じるのは魔界召喚のおかげ様ってわけだ」
アストリアが疑問を投げかけるとフランクは真剣な顔をした。
「魔素の影響で話し言葉に対する共通認識が広まったようだ」
「東方では一部独特な文字が使われているが、わたしもいるしなんとかなるだろう。
だが、読み書きが心配なやつがひとりがいる」
シオンはアストリアを見た。
アルフレッド、フランク、そしてクレリア、それにつられたフェイの視線がアストリアの顔を見た。みんなの視線が一斉に集まる。
「ん?」
「お勉強しなきゃね」
クレリアがいやらしい笑いを浮かべた。
「話はかわるが、グルガンとかいう暗殺者の切断された指。
それさえあれば魔法でヴァルケイン暗殺団のアジトを特定できるかもしれない」
フランクが別の話題を切り出すとフェイは眉をしかめた。
朝食のウインナーをフォークで刺す。
「ウインナー食べてるときに指の話はするな!」
フランクは咳払いした。
「カウンターマジックによって私にはグルガンの現在地がわかるようになった。
アジトが特定できれば爆撃する」
「どうやって⁉」みんな驚いた。
「魔法で隕石を打ち込む。
ピンポイントだから関係者以外を巻き込む確率も低い」
「そんなに正確に打ち込めるのか?」
「座標さえわかれば、私には可能だ」
「恐ろしいやつ」
「魔法見てみたいです!
一度も見たことないの。いますぐなにかやって」
フェイの瞳はときめいた。
「私は大道芸人ではないぞ」
「ケチ!」
どうもフェイとフランクは会話がかみ合わないようである。
「アストリア、おまえの怪我が治るまで戦闘はわたしに任せろ」
シオンが脚を組みなおしてアストリアを一瞥する。
「大丈夫だよ。シオン」
「だめだ」「ダメです」「だめよ」
女性陣全員の声にアストリアは耳たぶを撫でた。
「今度傷口が開いたら腕が使えなくなるぞ」
「わかったよ。
心配性だな。
オレはフォローに回る」
やはり戦士系がふたりいると融通が利くな。フランクは眼鏡に触れた。
「フェイ、本当にいいのか?
オレたちと一緒に旅することになって」
「仕方ないです」
フェイは伏し目がちにミルクをすすった。
「悪かったな。すまないと思ってる」
「このことはいいっこなしで行きましょう」
アストリアはフェイのことをあっぱれな女性だと思った。
そのときクレリアがテーブルの下でアストリアの脚をつねった。
「なにすんだよクレリア!」
「今度浮気したらハサミで切るからね」
「なにを」
「決まってるじゃない。
この場ではとても口に出せない
クレリアは自分の皿のソーセージをフォークで突きさし、アストリアの目の前にちらつかせた。
ムクのことか……。うーん……。どうしてこうなった。
アストリアは以前占い師にいわれたことを思い出した。
運命は無慈悲だ。
セレナとあんなことになったのもオレの星まわりのせいなのか。
そんな馬鹿な。
「どうしたの? 元気ないよ?」とクレリア。
「なんでもない。
なあみんな、運命ってあると思うか?」
「やぶからぼうに質問して、どういうこと?」とフェイ。
「つまり、人の運命は生まれる前から決まっているのかな」
「そんなことゼッタイない!
どうしてそんなこというの? アストリア君」
フェイの言葉に熱がこもっている。
「オレって割とハードな人生を送ってるんだが、特別な人生なんて送りたくなかった」
それは重すぎる宿命を背負わされた若者の弱音・愚痴である。
クレリアはふたりで流れ星を見たときに彼が〝オレにはもう夢はない〟といったのを思い出した。
そんなの悲しすぎるよ。
あなたは運命に膝を屈するほどやわな男だったの?
わたしを失望させないで。
「あなたいまいくつ?」
「23歳」
「若! わたしより年下じゃない。
いい? アストリア君。
わたしはいろんな本を読んだ。
そのなかには運命論や宿命論、神の声が聞こえるという宗教家のものもあったわ。
みんな運命は変えられないとか、宿命だけは変えられないとか、生まれる前に魂が人生で起こることを決めているなんてことも書いてあった。
笑っちゃったわよ。
そういう生き方がしたいならそうすればいい。
でもわたし流じゃない。
本というものは自分がそうであってほしいことを書いてあるだけで、証拠がないこともたくさん書いてある。
そもそも神とは高い波動存在であって、人間のような意思はもっていないといわれているの」
フェイの話題の波動存在というワードにフランクが反応した。
……エル・ファレル魔導学院の最高級魔術師でも知る者の少ない事実をなぜ一介の小説家が知っているのか?
フェイはつづけた。ダイニング・テーブルは講義台と化す。
「神は肯定しかしない。
神の声が聞こえるという人は自分の考えを鏡返しに聞いているのよ」
「『波動存在』ってのはなにを表すんだ」
黙々と食事をつづけていたアルフレッドが口を開いた。
「物質の最小単位は素粒子。
素粒子は振動をもった
同じ波動は引き寄せ合うの。
波動が高い状態だと幸運な出来事を引き寄せられるなんてことを研究する専門機関もあります。
これは人間でも同じといわれています。
一緒にいて気が合う人は波動が近いといえます。
ちなみに波動が低い人は悪霊に憑りつかれたりする。
これマジ。
――わたしは神様を漠然と信じてるけど、神様の考えることや言葉の解釈なんてどうでもいいのよ。
それはさておき、わたしは運命が決まっているなんて信じないわ。
学校の先生に、99パーセント物書きにはなれないっていわれたけどなってやったわよ。売れてねーけど」
アストリアは話のオチにふっと笑顔になった。
「フェイ、あんたが母親だったらよかった」
「母親じゃねーっていってんだろ!」
「なんでそんなに怒るんだよ」
「コホン。
夢を叶えたいならそのための階段を上ること。
いまからでも望み通りの人生を送ればいい」
【フェイの会話部分には作者の独自解釈が含まれています】
後編へつづく
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