第二十五章 東亰爆心地
アストリアの回復を待って、フランクは密会をひらいた。
寒さ厳しい早朝にである。
血で汚れてしまったクレリアの神官服も仕立て屋に新しいものを縫い上げてもらった。
フランクはパーティ全員に世界の真実と最終目的地を告げた。
宿の一室に盗聴防止の結界を張ると、フランクは声をひそめて『この世界の真実』を語りだした。
「その場所は東亰爆心地と云われている。
およそ千年前、この惑星は地球と呼ばれていた。
セカイから棄てられた少女が魔界との
西暦2028年2月21日4時44分。世界時計が止まった。
全世界崩壊・人類滅亡の原因となる事件は東亰で起きた。
当時の東方の首都、東亰で迫害を受けていたセカイから棄てられた少女が魔界との
そのときこの惑星は地形が変化し、隆起、あるいは陥没し大地震と津波が起きた。
ヴェスヴィオ火山、セント・ヘレンズ山、キラウエア火山、ストロンボリ、クラカタウ、エイヤフィヤトラヨークトル……世界中の活火山はいっせいに噴火爆発、人類は阿鼻叫喚した。
月が内側から裂け、大量の魔族が現れた。
魔族と人類との戦争がはじまった。
魔族の王カイザードは別名カオス・ロードともいわれる存在で人間は視認するだけで発狂・絶命するらしい。
魔界が召喚されたとき、その中心では3000度から4000度の熱が発生し東亰は一瞬で焦土と化した。
一瞬にしておよそ1000万人以上が犠牲になり、中心部にできたクレーターは東亰爆心地と呼ばれている。
東方にも軍隊に相当する組織はあったが話にならないほど無力だったらしい。
無力ゆえに抵抗がなく生き残ることができた人々がいまの東方人だ。
魔界の出現と同時に、地球上のあらゆる通信が途絶えた。
魔界の瘴気の影響で当時の通信に使われていた電磁波は無効化されたのだ。
当時の大国は混乱の中、東亰爆心地の中心部めがけてNuclear weapon(核ミサイル)を発射したが東亰上空で無力化された。
魔王にとってミサイルを瞬時に消滅させることなど容易いことだった。
魔族はあっという間に全世界に飛び立ち、世界中が戦渦に巻き込まれた。
人間が頼り切っていた電子機器は無線ネットワークを絶たれ混乱と恐怖が渦巻いた。
Nuclear weapon所有国は効果がないとわかっていてもそれを乱用した。
爆発したミサイルは一般市民を巻き込み、放射能による二次被害によりこの星は人の住める環境ではなくなった。
魔王にとってNuclear power plant(原子力発電所)を暴走させることも、Nuclear weaponを誘爆させることも造作もない。
魔界の召還からホモ・サピエンス30万年の歴史が消滅するまでにかかった時間は666時間。
災害と戦争、それに伴う飢餓で全人口の77億人が死亡したという。
文明レベルも大幅に後退した。
それまでの科学、文化は失われ、歴史書すら燃えつくし過去の人類史は失われた。
なにより大きかったことは電脳が失われたことだ。
最後に魔王カイザードは忘却の魔法をこの星に使った。
そしてカイザードはこの星を造り替えるために大陸を移動させようとした。
ユーラシア大陸、アフリカ大陸、北アメリカ大陸を膨大な魔力で移動させこの星を造り替えた。
また、魔界召喚の衝撃で地軸がずれ、南半球は生命が存在できない氷の台地になってしまった。
だがこの惑星の魔素が薄かったために地球を魔界に造り替える途中で眠りについた。
カイザードは南極で100万年の眠りについているという。
月は現在蒼の月ヴァルケインと呼ばれている。
また魔界が召喚されると同時に金の月アルステアートと銀の月リンリクスがこの星の衛星に加わった。
おそらくは
こうして前時代科学文明は消失して現在の魔法世界が誕生した。
……魔素が増えたことにより言語の共通認識が広まり、異国の地に行っても話し言葉が理解できるようになったのも魔界の召還以後の話だ」
「電脳とは?」小説家のフェイがメモを取りながら質問する。
「科学によって生み出されたもうひとつの世界媒体、それが電脳だ。
エル・ファレル魔導学院の文献によると、電脳を使えば魔法と同等かそれ以上のことができたらしい。
莫大な知識を電脳に預け、それを誰でも閲覧することができたり、魔法を使わずとも遠くの人間と意思疎通が可能だったり、画像や映像の配信すら可能だったらしい。
魔法より汎用性は高かったといえる」
「途方もない話だ」
アストリアはクレリアと顔を見合わせた。
アルフレッドも言葉がなくなっている。
「すべて真実だ。
話を元に戻そう。
魔界の召還によって人類のそれまで築き上げてきた文化は崩壊した。
いまわれわれが生きている世界は世界滅亡後といっても過言ではない。
現在は西暦でいうと31世紀だ。
皮肉なことに人口が減ったことで自然も、生態系も、わずかながら回復の兆しがある。
絶滅したと思われていた植物・動物に似た新たな種が産まれつつある。
地軸が変化してなおこの星の生命力は偉大なのだ。
東亰は東方にかつて存在していた都であることはわかっている。
東亰爆心地には一本の剣が突き刺さっているはず。
それが最後の
異世界との
ヴォーリアがあれば癒しの女神の魂を冥界から蘇らせることができる。
一説には東亰は関東といわれる東寄りの地方にあったといわれているが。だが地形が複雑に変化したために場所がわからないのだ。
なにか知らないかね、シオン」
「わたしが知っている限りのことを話しておこうと思う。
ある女性に聞いた話だ。
東方が滅びた理由は自らの心の貧しささ。
東方はとても豊かな国だった。
だが自殺者は多かったという。
富める者が多い分、貧しい者も多かった。
首都のターミナル周辺には
それを見る富める者の瞳、宿なしの瞳にはそれぞれなにが映っていたのか、いまとなっては知る由も無い。
金がなければ子どもを育てることもできないような国さ。
金持ちには天国、カネなしには地獄、天国と地獄が同居している有様。
それを楽園とは呼べないだろう?
差別と分断、格差……人々の心は病んでいた。
形のない怨念のようなものが渦巻いていた。
おまえたちはセカイから棄てられた少女などと呼んでいるが、東方にはセカイから棄てられた人間がたくさんいたよ。
古の昔、東方で亰と呼ばれた地はふたつしかない。
ひとつは現在のイスタリス。東方の首都だ。
もうひとつは永遠に失われたといわれている。
詳しい場所は知らないがイスタリスの女王ならなにか知っているだろう。
イスタリスは
「あてもなく東亰爆心地を探すより、イスタリスで手掛かりを探すのが合理的だろう」
アストリアが提案するとフランクも同意した。
「私もそう思う。イスタリスに向かおう」
「ひとつ、忠告しておく。
イスタリスの女王は残酷で有名だ。
彼女は自分を侮辱した人間を決して許さない。怒らせるなよ」
「東方の残酷姫が王女になったか」
「知っているのか?」
「彼女は有名だ、15歳のときに不敬を働いた側近を死刑したとか」
「14歳だ。
それとその側近の私財を償却し一部の貧しい民に分け与えるやり手だ。
信じられるか?
わずか14歳だぞ? いま彼女は
「心の隅にとどめておこう」
フランクは最後にフェイに鋭い視線を送った。
「フェイ・ラナリオ。
本名
君は小説家だそうだが」
「はい」
唐突に本名を呼ばれたフェイは眼鏡のつるを両手先で調節した。
「書くなよ。絶対に小説に書くなよ」
「それって書いほしいってこと?
おねだりしてる?」
フェイの目端がほころぶ。
「違う! 異端者として迫害されるぞ!
いま話したことはエル・ファレル魔導学院の最重要気密だ。
他言無用。いいな。
さて、遅くなったが朝食を摂ろう」
次章へ続く
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