第二十八章 ヴェスミラン・マイルストーン

 巨大な火球ファイヤーボール(Fire ball)が迫ってきた。

「⁉」

 注意を促している時間はない。


 アストリアはフランクを突き飛ばすと同時にクレリアのからだに覆いかぶさった。


 爆発音!

 女は爆散した。


「みんな無事か⁉」煙の中アストリアが叫ぶ。

「敵に魔術師ソーサラーがいるようだな。

 私に気配を感じさせないとはかなりの手練れだ」

 フランクはずれた眼鏡を直した。


「重いです~」

「すまない、クレリア」

 アストリアはクレリアの上からどいた。


 どこから現れたのか、いつのまにか周囲を六人の人間に囲まれていた。

 おそらくはクレリアを狙う暗殺者ヴァルケインである。


 アストリアも焦りを感じた。

 いままでまるで気配を感じなかったからである。

 六人のうちのひとりを見てクレリアが叫んだ。


「あの人がわたしを襲ったグルガンとかいう暗殺者です!」

「……ということはヴァルケインか」

 アストリアが剣の鞘に手をかける。


「待たれよ。話がしたい」グルガンが制止した。

「グルガンだと!

 グルガンの現在位置はここではないはず」

 フランクが驚愕すると、グルガンはにやにやした。


「そこの魔術師殿、ソードマスターに斬り落とされたわたくしの指になにか探知魔術をかけましたかな」

 グルガンは手をかざした。

 異様な手をしている。

 まるで機械の手だ。


「使えなくなった手を落として魔導の込められた義手に改造したのです。

 探知魔術は効きません」


「説明ありがとうよ。

 それで?

 炎の弾で攻撃しておいて話がしたいだと?」

 アストリアは射抜くような視線をグルガン、そしてその仲間たちに向けた。


「あなたがたを抹殺することは容易いのですが、余計な血は流したくないのでね。  

 その黒髪の魔女に守る価値はございません。

 引き渡してもらえないか」


「それはオレが決めることだ!」

 アストリアは血が沸騰せんばかりに怒鳴った。


「熱くなるな」アストリアはフランクの制止もきかず、


「いいか、クレリアを侮辱することは誰にも! この世界の王でも許さない!」

 彼の宣言は、世界を相手に宣戦布告するも同義である。


(傭兵さん……)クレリアは彼を見守った。


「いつかわかるさ。

 その女が薄汚い魔女であることが。

 あなたは気づいていないでしょうが、その魔女が悪で、われわれ暗殺者ヴァルケインが正義なのです」


 アストリアはグルガンの言葉に失笑した。


「この世界に正義なんて存在しない。正義は幻想。

 正義を信じている人間やつは坊やだ。

 オレよりジジイのくせにその瞳になにを映してきた?

 正義という幻想のもとに暴力をふるう人間をクズというんだ。

 狂信者となにが違う」


「まったく違いますよ」

「オレには同じに見えるな」


 グルガンが仲間に目配せするとひとりの男が前へ歩み出た。


 アストリアよりも若い男で金髪、耳にはピアスを多数つけている。

 眉目秀麗な美男子だが瞳に病的な闇を映した青年である。


「私に見覚えはありませんか?」

 その青年はアストリアに向けて語りかけた。

 アストリアが沈黙で返す。


「こういえば思い出しますかね。

 アンデッド=アストリア。

 あなたの副官をしていた男に私は似ていませんか?」


「ヴェスミラン・マイルストーン。おまえか」

 アストリアの脳内データベースはかろうじて知己照合した。

「髪を染めたのか?

 お互い歳をとったな」


「やめてください。お互いまだ20代じゃないですか」


 ヴェスミラン・マイルストーンは暗黒傭兵部隊不死鬼ふしきでアストリアの四番隊にいた少年兵である。


 下級貴族出身で、アストリアによくなついていた。

 面影はあるが、髪やピアスの印象でまるで別人である。


 彼の家柄は貴族であったが祖国が戦渦に巻き込まれると民衆のクーデターがはじまり財産は没収。


 家族は散り散りになり彼自身も戦争奴隷になるという身の上であり、悲劇的な過去がアストリアに似ていた。


「おまえ、ヴァルケイン暗殺団に入ったのか?

 家族は見つかったのか」


「ええ、まあ。暗殺に興味があったので。

 家族を探すのはやめました。

 生きているかもわからないものを探すのは疲れるだけです」


 ヴェスミランの瞳は訴えていた。

 この世界の非情を。自分は被害者であると。


「堕ちたな」

 アストリアの軽蔑を込めた視線をヴェスミランは涼しい顔で受けとめた。


「おかげ様ですよ。

 あなたが生きていると知ったときは本当に嬉しかった」

「なぜ?」


 つづく

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