第二十九章 死の宣告

「おまえ、ヴァルケイン暗殺団に入ったのか?

 家族は見つかったのか」


「ええ、まあ。暗殺に興味があったので。

 家族を探すのはやめました。

 生きているかもわからないものを探すのは疲れるだけです」


 ヴェスミランの瞳は訴えていた。

 この世界の非情を。自分は被害者であると。


「堕ちたな」

 アストリアの軽蔑を込めた視線をヴェスミランは涼しい顔で受けとめた。


「おかげ様ですよ。

 あなたが生きていると知ったときは本当に嬉しかった」

「なぜ」


 

「あなたこそが真の不死鬼ふしきだからです。

 不死鬼時代のあなたは凄かった……!

 まるで殺戮の闘神。

 あなたは命乞いする人間をけっして許しませんでしたね。


『ひとり敵を逃がせばその男は子どもをつくり、やがて老人となった男は若者を勇者に育てる。だからいま殺すのが正しい』


 不死鬼は腐敗していた。

 それをあなたは共食いカニバリズムによって粛正した。

 それを知ったとき、私は感動で打ち震えた……!

 人間を殺しつくしたあなたは仲間を粛正することで伝説を完成させたのです。

 あなたは不死鬼の理想を体現したのです。

 あなたを探したが、あの事件のあと行方不明になってしまった。

 私とふたりで不死鬼を復活させませんか」


「それ以上しゃべるな。本当に救えない人間になったな」


ヴァイスに目覚めたのです。

 悪の生きかたこそがもっとも自由フリーダムに生きられる。


 人間性ヒューマニズムの極みです。

 覚えていますか? あなたはいった。

『奪われたものには奪う権利がある』と」


「いったな、そんなこと。よく覚えている」


「だから私も奪う。

 暴力で他者の人生を蹂躙し、生殺与奪を思いのままにする。

 究極の自由ですよ。

 女子供の悲鳴を聞いた夜はよく眠れます。

 肉親を失った絶望の顔を見るのが好きです。

 私と同類・・の人間を増やす。生物本能です。

 あなたがやっていたことではありませんか」


 ヴェスミランの正気を疑う言葉は、空間に瘴気を吐き散らす。


「一緒にするな!

 女子供を手にかけたことはただの一度だってない。

 覚えているだろ?」


「それが不満でした。どうして逃がすのか。

 直接手を下さなくても同じです。

 誰かの家族を殺したことは否定できませんよね」


「戦争は他人のゲロを呑んでいただけだ。己の生存をかけて。

 もうやらない」


ヴァーチュに目覚めたというのですか?

 私を悪に目覚めさせたあなたが。

 奪われた人間には奪う権利がある。

 そうですよね。

 違うとはいわせません。

 不死鬼はそういう人間の吹き溜まりであり、心のり所でもあった。

 あなたが不死鬼の戻らないというなら殺害せざるを得ない。

 こんどは私があなたから奪う。

 いわゆるひとつのけじめというやつです」


 アストリアは目を細めてヴェスミランを見た。

 少年時代のヴェスミランは冷酷だったが狂ってはいなかった。


 目の前の敵には残酷でも、仲間のことだけは大切にする少年だった。


 オレが狂わせたのか……

 彼の冷酷のスイッチが入った。


「ヴェスミラン。

 オレの敵に回るってことがどういうことか解っているのか?

 オレがただの一度でも裏切者を赦したことがあったか?」


 ヴェスミランはアストリアの視線に凍結フリーズした。

 その言葉は紛れもない殺害予告であった。


 態度は不敵を装ってもからだは恐怖を覚えている。

 暗黒傭兵部隊不死鬼四番隊隊長コープス。

 アンデッド=アストリアの冷気を帯びた殺意を受けとめることはヴェスミランにはできなかった。


 アストリアは剣を掲げた。

「おまえに殺された幼子の冥福のために。

 おまえに殺された母親の冥福のために。残酷な死を与える」


 ヴェスミランは手を叩いて爆笑した。

「あんた、何様だよ。これをみても同じことがいえますか」


 ヴェスミランは紫色に輝く石を取り出した。


「この石、魔石でしてね。

 カルバリの魔眼といいます。

 半径30レーテ(1レーテはおよそ1メートル)で魔法を使うことができなくなります。

 ここにいる暗殺者はヴァルケインの中でも特に手練れ。

 六瞑会と呼ばれています。

 ぞっとしませんか?」


 ヴェスミランの仲間たち。

 超A級暗殺者のグルガンをはじめとして、合計六人の暗殺者が周囲を囲っている。


 フランクは無言で眼鏡をただした。

 魔眼のちからが本物なら魔術師の彼は無力になる。


 アストリアひとりで目の前の敵をすべて倒さなければならない。


 それもクレリアを守りながら。

 フランクは冷や汗をかかざるを得ない。


 ソードマスターのシオンでさえグルガンを倒しきれなかった。


 グルガンと同等の力量をヴェスミランとほかの暗殺者も持っているなら、……自分たちは全滅する。


 フランクはアストリアの表情をうかがったが彼の瞳は灰色で、まるで感情が読めない。


 一言も言葉を発せず、固唾を飲んで見守っていたクレリアは自分の恋人の眼差しを観察した。


(またこの眼だ……。

 彼の中には穏やかさと激情が同居して、矛盾していない。

 長い付き合いだけど、不思議な人)


 アストリアに勝算があるのかフランクの洞察力をもってしても不明だった。


「紹介をさせてください」

 ヴェスミランはもったいぶった態度で仲間を振りかえる。

「興味ない」


「そういわずに。

 自分を殺す人間の名前くらい知っておいて損はないですよ。

 ヴェスナー、リーヴァント、ベルベラガン、リョハイ。

 グルガンはもう知っていますね」


 五人の暗殺者はヴェスミラン同等の昏い瞳を宿して血祭りがはじまるのを持っている。


「自己紹介は結構。

 グルガンとかいうやつはシオンが蹴散らしたとか」


 グルガンの眉が不快そうに吊り上がった。

「全員強いですよ。

 私の見立てでは全員が不死鬼の隊長格に匹敵するちからを持っています。

 無論、私もね。

 数分後にはあなたは死体です。フランクとかいう魔法使いも、黒髪の魔女も」


「ヴェスミラン。

 年長者としてひとつ忠告しておいてやる。

 大口は叩かないほうがいい。

 それにな、貴様らが強くても特に問題ないと思うが。

 オレひとりでおまえら七人・・を皆殺しにすれば」


「素晴らしい。魔法で援護した仲間がいることに気づいているのですね」


「宣告する。

 戦闘がはじまったら命乞いを許さない。

 クレリアを侮辱した礼に、貴様らのために地獄の窯の蓋をひらいてやる。

 ヴェスミラン。おまえのことは弟だと思っていた。

 クレリアを護るためなら肉親でも屠る。

 それがオレの覚悟だ」


「私のことを弟といってくれるのですね。

 あなたもずいぶん大口を叩きますね」


「お互いが相手の死を宣告した以上、数分後にはどちらかが嘘つきになる。

 誠実さをかけた勝負だ」


 アストリアの言葉にフランクは確信した。

 

 火球(Fire ball)で攻撃してきた魔術師を含めれば敵が六人ではないことはフランクも気づいていた。

 

 アストリアはこの戦場全体を把握したうえで冷静さを失っていない。

 彼の勝算に、すべてを賭けるしかない。

 闘いがはじまろうとしている。

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