エピローグ 東方へ

 ヴァルケイン暗殺団最強の六瞑会との死闘は終わった。


「アストリア、わたしのもとに生きて帰ってきたご褒美あげる。

 ちょっとかがんで」

「こうか?」


 クレリアはつま先立ちして彼の頬に口づけした。


「美少女のキスだよ?

 嬉しいでしょ」


「まあな」


「立てば美少女 座れば天使 歩く姿は妖精さんといわれているクレリアさんなのです!」

「どうしてそんなに自分のこと好きなんだ? 羨ましいよ!」


「闘いがはじまる前にいってた、馬が見えるとかザハランてなんのこと?」

「なんか、剣闘大会で酒飲んで予選落ちした人」


「なんでその人が助けに来るの?」

「いや、誰でもよかった。引っかかるやつがいれば」


「考えながら戦ってるんだね」

「オレは頭脳派なんだ」


「ぷっ、くくく。そういうことにしておきましょう」

「チクショー」


「そしておっかねぇ……!」


「はい?」


「マジヤバい。戦闘とかガクブルです。

 強かったんだね。

 アストリアやりすぎ伝説。スプラッター。

 もう怒らせるのやめよ。

 いじわるだよ。鬼かと思った」


「オレを殺そうとしたやつに同情すんなよ!」


「でもいいんです。

 わたしは貴方が生きていてくれただけで。

 わたしのもとに帰って来てくれただけで」


 フランクは死体をひとつひとつ確認していた。

「ひとりぐらい生かしておけば情報が聞き出せたのだが……」


「みんな文句ばっかりだ。オレは一生懸命戦ったのに」


「いや、今回はよくやってくれた。

 これで心置きなく東方へ渡れる。

 移動してシオンやフェイたちと合流しよう」


「こいつらの死体はどうする?」


「放っておけ。

 処理している暇はない。

 返り血は浴びてないだろうな」


「ああ」

 フランクは眼鏡をただした。


 これだけの戦闘で返り血を浴びないように計算して戦っていたのだとしたら……。

 味方ながら戦慄が走る。


 命乞いをする敵を仕留めたのもフランクにとって都合がよかった。


 命乞いをすれば助けるような次元の戦いではないのだ。


「参考までに聞いておきたいのだが、勝算はどれくらいあったのかね」


気圧けおされれば勝算はゼロになる。

 気圧された瞬間、戦術を立てられなくなってしまうからな。

 やってみたらなんとかなった。それだけだ」


「グルガンのやつ、気になることをいっていたな。

 〝絶命弾〟と」


「なんともなかったけど。不発だったんだろ」


「………。」フランクは神妙な表情である。

 暗殺者の切り札が不発? そんなことはあり得ない。


 フランクは死亡したグルガンの義手をまじまじと観察した。


 本来なら持ち帰って研究したいところだが正体不明の魔道具を持ち歩くのはあまりに危険すぎる。触れることですら呪いが発動するかもしれない。


「剣をよく拭っておきたまえ」



 アストリアは死体を振り返った。なんの感情もわかない。

 ただ、考えることはこの死体を見てクレリアはどう思うのか?

 それだけである。


 オレのことを怖いと思わないのか?


 アストリアがどれだけ凄惨な戦闘をしてもクレリアはアストリアがした所業に嫌な顔をしない。


 不思議な娘だ。

 どうして殺しつくしたオレに微笑んでくれる?


 どうして殺しつくしたオレの傍にいてくれる?


 クレリアがくるりとアストリアのほうを向いた。


「わたし、お昼はハンバーグが食べたいです」


「クレリア……、スゲーよ。

 ひょっとしてオレよりタフなんじゃないか」



 シオンたちと合流したアストリアたちは黄昏岬から東方へ渡った。

 星空の中空にふたつの満月が並んでいる。

 金の月アルステアートと銀の月リンリクスの潮汐力により、潮が引いていく。

 神秘的な光景だった。


「劇団のみんな、心配してるかしら」

 フェイは劇団銀月の脚本家だったが、彼らの旅に同行することが決まってから連絡を取ることが許されていない。フランクに禁止されたのだ。


「ついに来るところまで来たって感じだな。

 東方か。本当にあったんだな」

 アルフレッドはいつもの通り平然としている。


「わたしは里帰りだ。何年ぶりになるのか」

 シオンは複雑な胸中である。彼女はソードマスターとしてもアストリアに敗北して、恋のバトルでもクレリアに敗北した。


「クレリア、海だぞ! 見ろっ」

 さざ波にかき消されないようアストリアは叫んだ。


「海すごい! 生きているうちに見られた!」

 クレリアは帽子を必死に抑えた。


「ちゃんと約束守ったろ」

 アストリアはいつか話したクレリアを海に連れていくという約束を果たした。


「ありがとう!

 嬉しい! 覚えててくれたんだ」


「クレリア!

 やりたいことのリストをつくれ!

 全部やるぞ」


「本当に? なんでも⁉」

「もちろんだ!

 『お馬さんごっこ』でも『ちんちんかもかも』でもなんでも来いだ」


「そのことはいうなよ」


 その夜、ファンタイル大陸北極の密林、ヴァルケイン暗殺団本部に小隕石が激突した。


 フランクの極魔法である。ヴァルケインの大陸でのアジトの正確な位置がわかったのだ。


 フランクはクレリアを襲ったヴァルケインの暗殺者だった中年女性が死亡する前に記憶を読み取っていた。


  魔法が開発されていく中で人権を無視した魔法は国際的な禁止条約が結ばれている。記憶を覗く魔法。人格を変える魔法など。だがフランクは躊躇なく暗殺者に魔法を使った。そしてヴァルケインのアジトを小隕石で急襲した。


 直径200レーテ(1レーテはおよそ1メートル)のクレーターができ生物はおろか、無生物である建物・地下施設まで消滅した。


 ヴァルケイン暗殺団は大陸での中枢機関を失い、統制不可能に陥り事実上壊滅した。


 東方で彼らのセカイを救う旅は終わる。



 あるものはいのちを落とし、あるものは故郷への帰路につき、またあるものは秘密を想い人に告げる。


〝絶命弾〟の秘密とは?


それらすべての出来事は、アストリアに『セカイの破壊者』になるか、『セカイの救済者になるか』の決断を迫る。



セカイが壊れるオトがする -Medium of Darkness- 第三巻 東亰爆心地編 完


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