第三十二章 天使の羽

「なんだと!」


 アストリアは自分のからだを見た。

 絶命弾の光はやがて消えうせ、なにも起こらなかった。


「おまえはなにをしたんだ? なにも起こらないぞ」


「バカなぁ!

 絶命弾が効かないだと……!

 貴様ぁ、ただの人間ではないな!」


 グルガンはフランクとクレリアに向かって全力で距離を詰めた。


「黒髪の魔女さえ殺せれば! それでいいのだ!」


 グルガンは飛びかかるようにフランクとクレリアに襲いかかった!


 フランクは汗ひとつかかない冷静な顔で玉のような石をグルガンの顔面に投げつけた。


「⁉」


 爆発音と紫の煙が上がる。石が爆発したのだ。


「魔石を持っているのはおまえたちだけではないぞ。

 魔鳥ヴェルトゥーシの爪だ」


 顔面を抑えてうずくまるグルガンにフランクがいい放った。

 フランクは切り札を限界まで隠し持っていたのだ。


 グルガンの視力の回復を待たずにアストリアが彼の右脚の太ももに深々と剣を突き立てた。


 悲鳴を上げるグルガン。


「シオンはてこずったようだが、オレは甘くない。

 まず脚を斬った。逃げられないようにな。

 おまえが人に与えたきた苦痛を、少しでも返してやろうというオレの趣向を楽しんでくれ」


 グルガンは這うように逃げようとした。

 アストリアの追いかける靴音が草むらに響く。


 アストリアは容易く追いつきもう片方の脚も腱が斬れるほど深く斬った。

 グルガンは苦痛に顔をゆがめアストリアを睨みつけた。


 アストリアの口角が吊り上がった。

 彼の灰色の瞳はグルガンを見下している。


「グルガン。おまえは天国に行くのか?」


「行くとも。ヴァルケインに尽くした人間は神の国に行くのだ」


不死鬼ふしきにいるやつらはみんなクズだったが自分たちが地獄に行くことを知っていたぞ。

 おまえらより殺しに関して謙虚だった」


 アストリアの剣がグルガンの右手首を切断した。

 続いて左腕を踏みつけ肘から先を切断した。ザクザクとグルガンのからだを切り刻む。


「おまえのような残酷なやつは暗殺者にもいないぞ」

 グルガンは血の泡を吐きながら呪いの言葉を吐いた。


「いいや、やさしいね。とどめを刺さないんだから」

「なんだと」


「出血死するまでの時間をやろう。

 後悔でも、祈りでも好きなことに使うといい。

 アドバイスだ。

 詫びろ。貴様があやめた人間すべてに。

 そんな時間は残ってないだろうがな。

 残酷な死をもってしても貴様が奪ってきたいのちへの等価交換にはならないんだ。

 所詮、このオレもな。

 さて」


 死の国への階段を昇りつつあるヴェスミランに近づいた。


 ヴェスミランの懐からカルバリの魔眼が転げ落ちた。

 この石がフランクの魔法を使用禁止にしていた。


 アストリアは魔石を拾うとちからいっぱい放り投げた。


 電撃のような光が魔石を破壊した。


 フランクの魔力が回復すると同時に彼が雷撃ライトニング(Lightning)の呪文を放ったのである。


「満足か、ヴェスミラン。

 暴力で蹂躙されて人生が終わることに」


 アストリアはヴェスミランを見下した。

 冥府に赴くヴェスミランへの手向けの言葉だった。


 彼はもう言葉を発することは出来なかった。

 意識を保つだけの血が、脳にない。

 パクパクと口を動かしたあとそのまま死亡した。


「とらえたぞ」

 フランクが敵の魔術師の魔力から位置を探知した。

「いけっ」


 フランクの魔杖の先から光球(Light sphere)がふたつ、飛び立つ。


 くるくると回転しながら飛んでいった光球が、岩の物陰で炸裂した。

 援護の魔術師は死んだ。


 アストリアはため息をついた。グルガンを見ると、出血死亡していた。


「終わったな」クレリアのもとに歩き、「だいじょうぶか? クレリア」

 彼の表情は昏い。


 最愛の彼女に殺人者マーダーの貌を見せてしまったから。

 暗殺者ヴァルケインとの死闘は全力でなければ勝利できなかった。


「おかえりなさい」

 クレリアは凄惨な殺人を行った彼を最高の笑顔で迎えた。


「オレが……怖くないか?」

 恐る恐る尋ねる彼の表情は、少年の様だった。


「………。アストリア。頭下げて」

「?」アストリアはいわれるままに頭を下げた。


 クレリアはアストリアの頭を撫でた。


「いいコになったね」

「なんで上から目線なんだよ」


「一生懸命しつけたかいがあります」

「イヌじゃねえ!」


 ふたりはケラケラと笑った。

 ふたりともいつも表情に戻っていた。


 周囲には暗殺者たちの死体が転がっている。

 ふたりの笑顔は一線を超えている。


 お互いにとってかけがいのない片翼の翼、それがこのふたりの関係だった。

 そしてアストリアにとってクレリアは天使の羽を持っていた。

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