第三十一章 絶命弾

「だめだ。地獄に行くことを約束するなら、自ら死ぬことを許す」


 ヴェスミランは気が触れて笑い出した。


 限界を超えた恐怖を感じたとき人は笑うしかないのだ。


 ヴェスミランは黒塗りの短剣ダガーを構えてアストリアに襲いかかった。


 ヴェスミランは体術には自信があった。


 フェイントを多重にかけた動きでアストリアの背後に回ると急所めがけて最速で黒塗りの短剣を突き立てようとした。


 その短剣が宙を舞った。


 ヴェスミランは自分の身になにが起こったかわからず、その短剣をよく見るとなにかついている。


 手首だ!

 ヴェスミランの手首がアストリアの振り向きざまの一撃で切断されたのだ!


 ヴェスミランの絶叫。


 戦意を失ったヴェスミランのからだをアストリアのつるぎの連撃が走る。


 眼!鼻!両腕!股間!両足!

 ヴェスミランは血だるまになって倒れた。


「これで五人。

 さて、グルガンとやら。

 おまえは冷たいな。

 仲間が死ぬのを黙って観察しているとは」

 

 アストリアはヴァルケインの暗殺者五人を始末して残りの暗殺者グルガン=ガーランド・エメリッヒを冷気をこめて一瞥した。


「………。」

 背が高く、老紳士にも見えるグルガンは沈黙で答えた。

 そして重い口を開いた。


「おまえはソードマスターより強いのか?」

 グルガンの口調はいつもの敬語ではなかった。


「いや、シオンの方が強い。

 シオンの技は剣術ソード・マスタリー

 オレの技は殺人術マーダー・テクニック

 おまえらのようなやつらには相性が良いかもな」


「戦意を失ったヴェスミランを切り刻む必要があったのか?

 ひどい殺し方だ。

 美学がない。まるで私刑リンチじゃないか」


「目の前の敵 屠ることに砂一粒の躊躇ちゅうちょなし

 オレに刃を向けるなら肉親だろうが容赦しない」

 毅然とした態度で応える。


「ふん。

 人が人を裁いていいのか!

 嬉々として殺戮を楽しんでいたのは貴様の方じゃないのか‼」


 グルガンは青筋をたてて怒鳴った。


「いいや、どす黒い気分だぜ。

 ヴェスミランは人間を辞めたんだ。

 やつはオレの部下だった。裁く権利はある。

 おまえこそ仲間を犠牲にしてオレの技と力量を測っていたんじゃないのか」


 それは図星だった。が、グルガンはその言葉を無視してつづけた。


「仲間にならんか?

 おまえほど殺しの才能に恵まれている人間にはあったことがない。

 おれ以上、あの御方・・にも匹敵するかもしれぬ」


「断る」


「才能を無駄づかいする若者をみるとはがゆい」あごひげをさすった。


「まったくだ。

 ヴェスミランのやつ目をかけてやったのに恩を仇で返しやがって。

 ただのクズだった」


 グルガンは片眼鏡モノクルを触りながら話した。


 その闇を秘めた茶色ダーク・ブラウンの瞳はアストリアの戦闘力を前にまったく怯んいない。


 それどころかいまだ主導権を握っている人間の力強さに満ちている。

 自信・自負は相当なものだ。


「……おまえの父親はいまも奴隷商人として辣腕をふるっているぞ」


「!

 貴様、オレのことを調べたのか」


「父親に虐待されたそうだな。

 おまえのように虐待を生き延びた若者を虐待サバイバーと呼ぶのだ。

 復讐したいと思わないか?

 このセカイに痛みを与えたいならちからを貸す。

 ヴァルケインの企業理念は迫害され未来を不当に奪われた人間のための闇の王国ダーク・キングダムを建設することだ。

 ヴァルケインの構成員には虐待サバイバーも多い。

 おまえのような孤独や痛みを抱えている若者ばかりだ。

 おまえは絶望を抱えている若者たちのいい相談役になれそうだ。

 おまえほどの男なら3年でヴァルケインの中核になれるだろう」

 グルガンの口調は囁きかけるような猫なで声である。


「ダメッ! アストリア!

 悪魔の誘惑に耳を傾けては!

 あなたは過去と訣別したんでしょ‼」


 会話を遠くから聴いていたクレリアは破顔して叫んだ。

 彼女らしくない大声で。


「さぁ。

 仲間になる証として黒髪の魔女をわれわれの前に引きずり出せ。

 ヴァルケインは寛大だ。

 ヴェスミランたちを殺ったことをあの御方は赦すだろう。

 おれからも口添えをする」


「あの御方というのは、シオンがこだわってる琴流享祗朧ことながれきょうしろうという男か?」


「答えることはできないが、仲間になればお目通りが許されるだろう」


「まずはお声がけありがとう。

 就職難の世の中だからな。

 だが、断らせてもらう。

 そしてふざけるな!

 虐待を生き延びた人間に暗殺をさせるだと?

 おまえは悪魔だ!

 オレの復讐はもう終わった・・・・・・んだ。

 オレの愛した女たち・・・はそんなこと望まない」


 その話を聞いていたクレリアは口元を抑えた。

 細めた眼から涙が頬を伝った。

 紫の虹彩から溢れる涙はどんな宝石より光っていた。


 グルガンは特に驚きもしなかった。

「まあいい。

 誘いに乗るとも思っていなかった。

 おまえはひとつミスを犯したぞ。

 ヴェスミランと立ちあっているうちに仲間から離れた。

 そしておれには切り札がある」


 グルガンがアストリアに向かって義手をかざすと勢いよく紅黒い光弾がアストリアに向かって発射された。


 まさに弾丸のスピードで発射されたそれは避ける間もなくアストリアに命中した。

「絶命弾! 貴様のいのちはあと10秒」


「なんだと!」


「ヴァルケインの超秘宝絶命弾を喰らった人間は全身の血液が逆流して死亡する」


 その死の言葉を聴いたフランクは唾を呑む!

 クレリアは心臓を冷たい手でつかまれた感触がした!

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