第二十五章 薄氷の微笑

 ヒルギス対ラウニィーの試合は間もなく行われた。

 アストリアは試合を見なかった。


 敵を見すぎると勝てなくなる。

 これは彼の持論である。

 ノックの音がしてひとりの男が選手控え部屋に入ってきた。


「アスファー様、伝言でございます」

「オレに? ありがとう、誰から?」


「サポーターの方からです。内容は見ればわかるとのことです」


 便箋に入った手紙を渡された。便箋にはFとだけ書かれている。


「どうも」

「それともうひとつ。

 手紙を見るタイミングは決勝の対戦相手が決まったときとの言伝ことづてです」

「了解した」


 男が去ると同時にシオンも控室に下りてきた。

「試合を見なくていいのか、シオン」

 アストリアは手紙をポケットに入れた。


「興味がない」

 シオンはそっけなく答えた。


「どっちが勝つと思う?」

「多分あのキンパツ女だろうな」

(自分だって金髪じゃないか……)


 シオンの金髪はラウニィーに比べると色素が薄い。


「アスファー。おまえは何者なんだ?

 おまえほどの力量があっていまだ在野で無名というのが信じがたい」


「買いかぶりすぎだよ。

 いまの言葉はオレがおまえにいいたかったことだ。

 おまえなら大陸全土に名が知れわたっていてもおかしくない」


「楽しそうね」

 階段を下る音とともに誰かの声が聞こえる。


 ふたりが視線をやると血を滴らせたマントを纏ったラウニィーが下りてきた。

 対戦相手の血だ!


 彼女はマントを脱ぎ捨てた。

「捨てるしかないわね」


 試合が終わったにしては早すぎる。

 まだ3分もたってない。


「試合は? ヒルギスとかいうじいさんは?」

 アストリアが問う。


「とっくに倒したわよ。2秒でね」

「2秒?」(予選を勝ち抜いた剣士を2秒で倒した?)

 アストリアは鳥肌が立った。


「じじいのくせに派手に血を吹くからわたくしのほうがびっくりしちゃったわ。

 おニューのマントが台無しよ。


 負けたときの絶望顔ったらなかったわね。

 フフッ、いま思い出しても笑える」


 温和な顔をしたラウニィーから冷酷な言葉が次々と飛び出す。

 薄氷の微笑だった。


 アストリアは人生でここまで口の悪い女に出会ったことがなかった。


「わたくしの試合を見るより殿方との逢瀬をお楽しみかしら?

 ルクシオンさん。

 お楽しみのところ悪いけど闘技場に上がってくれる?

 そこの人(アストリアのこと)は不戦勝で決勝進出なので次はわたくしたちの試合よ」


 シオンは余裕たっぷりでラウニィーを見据えた。

「焦るなよ。

 慌てるメス猫は貰い手がないってことわざ知ってるか?」


「そんなことわざがあってたまるか! あったまきた!」

 ラウニィーの口調はヒステリックになった。


「ふたりとも熱くなるなよ」(アストリア)

「おまえは黙ってろ!」「あなたは黙ってて!」

「……はい」


「あぁん?」

 ラウニィーのとげのある眼差しにアストリアは視線をうろつかせる。

「待ってなさい。この女を三枚に下ろしたら次はあなたの番よ」


「料理なんかできないくせに」(シオン)

「なんであなたが知ってるのよ! たしかにできないけど」


「わたしは料理できるぞ。ちょっとだけど」

「わたくしの家にはコックがいるもの! 毎日おいしい料理食べてます!」


「だからそんな体形なんだな」

「痩せてるでしょ!」


「わたしよりはふくよかしてる」

「あなたがグラマーなだけでしょ!」

「お褒めの言葉ありがとう」


 アストリアは呆れてしまった。

 オレとクレリアも他人からこういう風に見えるのだろうか?


「なにかいいたそうね!」

 ラウニィーがアストリアを睨みつけた。

 ラウニィーは彼の顔近くの壁に勢いよく手をついた。


「わたくしはこの国で成り上がる……!

 誰にも親の悪口はいわせない!


 この大会で優勝して、それを足がかりにいずれはこの国のトップを取る!

 出世することがわたくしをあざけりわらった人間への復讐になるのよ!」


 その言葉はトラウマがリフレインしているかのよう。

「誰に向けての言葉だ?」

 アストリアの問いにラウニィーはハッと我にかえった。


 気まずそうに彼からはなれる。

 彼女の素顔を見た気がした。


「よそ者のあなたたちには関係なかったわね」

 

 アストリアは話題をかえた。

「ふたりとも体形のことをいうのはよくないぞ」

「……」「……」女性陣ふたりは急に視線を逸らす。


 シオンは立ち上がった。

「早く終わらせようか、ラウニィーとやら」


 ラウニィーはそれを受け、ふたりは闘技場への階段を上る。

「応援してるぞ、シオン」

 アストリアが声をかける。

「へぇ、応援してくれるのか。『ありがとう』といっておこう」


 シオンは彼に振り向いて不敵な笑みを浮かべた。

 

 つづく

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