第二十四章 ソードマスター
シャフト卿の起こした凶事がもとで決勝トーナメントを中止するか協議が持たれた。
アストリアにも事情聴取が行われた。知らぬ存ぜぬで通しきる。
剣闘大会中止意見も多数出たが、各国からの貴賓による続行意見多数。
死人が出ることをまったく想定していないわけでもないので死体を片付けて試合を続行することになった。
シャフト卿は乱心。気が触れて凶行したことになった。
シャフト卿が国外に逃亡しないように監視するよう指名手配された。
シャフト卿の思惑、そして恐るべき正体はこの世界のなにものでも、たとえアークメイジでも知る由もない。
彼は仮面の下の素顔に、この物語の重要な鍵を握っている……。
第三試合がはじまろうとしていた。
まだ闘技場の床に血が残っている状態でシオンとグラドが向き合う。
グラドはシャフト卿に匹敵する大男で両手持ちの大剣を背中に吊るしている。
圧倒的な威圧感だがシオンは涼しい顔で構えている。
シオンは女性にしては高身長だがそれでも見上げるくらい身長差がある。
「おまえはどんなインチキをして予選を勝ち残ったんだ?」
グラドが挑発する。
「女の武器を使ったのか? ええ?」
シオンはパキパキと指を鳴らした。
「そんなことより気をつけてくれないか?
わたしの剣は細くて折れやすいんだ」
「へぇ~」
グラドはニヤニヤと笑い顔をつくった。
審判が右手を挙げた。
審判の試合開始を待たずにグラドが大剣を振り下ろす。その打ち込みの迅さは相当なものだった。
躱せない! 観戦している皆はそう思った。
――シオンは躱していた。
カミソリ一枚の幅で躱していた。グラドの利き手とは反対側に転がるように身を逸らし体勢を立て直した。
審判が慌てて試合開始を告げる。
シオンは創竜刀を抜いた。
指先で刀身をなぞり氣を込める。
創竜刀に彫刻された竜紋が反応して輝きだす。
シオンの闘気がカタナに伝導し、目視可能なオーラが刀身から放たれた。
アストリアやラウニィーなど他の剣士も剣をふるうとき氣は使っている。
だが剣への氣の伝導率は10パーセントにも満たない。
それに対し東方の剣士たちの氣の伝導率は平均で30パーセントを超える。
その秘密はカタナが特殊金属玉鋼で作られていることにあった。
これが西洋でオーラブレードと呼ばれるものである。
その技法も、カタナも東方にしか存在しないものである。
そして創竜刀を握ったときのシオンの氣の伝導率は99.98パーセントを超えていた。
これは歴代ソードマスター中最高の値である。
オーラが目視できるのはソードマスタークラスの達人の証である。
彼女は剣士としての資質に恵まれているだけではなく、彼女の瞳には魔法の素質もあった。
彼女は魔法の修行をしたことがないが、氣を操るときに微量な魔力を使っていた。
そのことにより氣の質、伝導効率が極限まで高まり氣の燃費まで良好にしている。
彼女自身意識していないことだが、彼女はソードマスターであると同時にすぐれた魔法剣士でもあるのだ。
グラドの二撃目が放たれた。
一撃目を躱されたことに対する動揺も隙もない。
グラドの資質は四天王に匹敵するとアストリアは判断した。
シオンはカタナを構えた。
いけない、シオン! か細い剣で受けられる一撃じゃない!
アストリアは叫びそうになった。
甲高い金属音がした。
誰もがシオンの剣が折れ、体も真っ二つになるところを想像した。
しかし、そうはならなかった。
シオンは練氣と云われる奥義を使っていた!
高度に練られた氣がカタナの剛性と軟性を数十倍にも上げる奥義である。
創竜刀はグラドの豪撃に刃こぼれひとつ起こさなかった。
シオンはその膂力でグラドの一撃の衝撃を耐え抜いた。
グラドにできた一瞬の隙をつき、シオンは飛んでいた。
本来、戦闘中の高い跳躍はタブーとされている。
空中ではからだを制御できない。
串刺し、突き上げに対する防御力は皆無だった。
グラドがシオン以上の天才ならグラドが勝っていただろう。
シオンの打ち込みは迅かった。グラドの最初の一撃以上に。
オーラブレードがグラドの鎧を紙のように引き裂き、肉を、筋をズバズバと切り裂いた。
鮮血が噴き出す。動脈まで傷ついたのだ。
ふたたび闘技場が血に染まった。
会場から悲鳴が上がった。
グラドは片手で出血をふさごうとしたがほとんど無駄だった。
指の隙間からどくどくと血が流れる。
「審判、勝利者を宣言してくれ」
シオンはグラドに背を向けた。
「おれはまだ負けてねぇ」
グラドは大声で叫んだ。大した男である。
本来苦痛で声も上げられないはずだ。
シオンは創竜刀についた血を拭った。
「わたしはまだやってもいいが、おまえはあと数秒で意識がとぶぞ」
グラドはシオンの言葉を無視して大剣を振り上げたが、脳の血が足りなくなりそのまま倒れた。
シオンの圧勝だった。
グラドは医務室に運ばれたが出血多量で重症である。
観戦しているラウニィーが声をあげた。
「審判、彼女の剣は魔法じゃない? この大会は魔法禁止のはずです!」
審判席がざわついた。
「いちゃもんをつけるな、ヒス女」
シオンは不機嫌そう。
「なんですってー‼」
ラウニィーは試合場まで入ってつかみかかろうとした。
会場から笑いが起こった。
このことも彼女のプライドを傷つけた。
「わたしがいつ魔法を使ったよ。
そんなことは見ればわかることだ。おまえはバカなのか?」
ラウニィーは剣の柄を握った。
「ラウニィー様、試合以外で剣を抜けば反則負けです。王に対する不敬にあたります」
クローヴィスがサポーター席から叫んだ。
ラウニィーは悔しそうに柄から手を離した。
シオンはラウニィーを見下ろした。
シオンにとって氣を使う技が反則などといわれたら大変不本意である。
王が審判席まで下りてきて発言した。あれは魔法ではないと。
鶴の一声でシオンのオーラブレードの使用も、勝利も認められた。
勝気なシオンもこのときは深々と王に一礼した。
「有難く存じます。王よ」
「気にするな。オレはかつて今の技を一度だけ見たことがある」
「ほう、どこで?」
かるがるしく王に質問することは不敬にあたったが王はまったく意に介せず答えた。
「若いとき旅の途中で出会った剣士だったよ。武者修行をしているといっていた」
シオンが名前を聞きたがっているのを察して王はつけくわえた。
「名はシキという変わった名前だった。頑なな男だったよ。死んでしまったが」
……シキが、死んだ?
失望がシオンの全身からちからを奪っていった。
東方の地。ソードマスターの里でシキはシオンの初恋の男性だった。
シオンとまったく同じ時期に修行をはじめた青年であり、彼女より背が低いことを気にしているのが可愛くてよくいじっていた。
「里を出て、いつかおまえより強くなって帰ってくる」
シキはマスターレベルの力量ではなく、武者修行に大陸へ旅立っていった。
「その男はなぜ死んだのでしょうか」
シオンは絞るような声でいった。
「妻と子を庇って死んだ」
シオンをさらなる失望が襲う。
自分はとっくに失恋していたのだ。
「知り合いだったのか?」
王の質問に、彼女は眼を逸らした。
「いえ……」
シオンの初恋は終わった。
試合に勝った高揚感が虚無感にすり替わってしまった。
皮肉だな、シオンは苦い笑みを浮かべた。
「ラウニィーもいいな?」
王が下りてきてからずっと跪いていたラウニィーに声をかけた。
「はい」
「次の試合の準備をするように。下がってよし」
ラウニィーは立ち上がり控え席にとぼとぼと歩いた。
彼女は恥をかくのが大嫌いなのだ。
すると、少年が出迎えてくれた。
「気にすることないよ、ラウニィー……」
フィン王子が貴賓席から試合場の後ろを回ってラウニィーを励ましに来てくれたのだ。
ラウニィーは精一杯はにかんだ。
「ありがとうございます。フィン王子」
その表情は、いままでラウニィーが王子に向けてきたものの中で一番好ましいものだった。
王子の顔はぱぁっと明るくなった。
「あんなナマイキ女、やっつけてよ! ラウニィー!」
「王子! 口が悪いですわ!」
ラウニィーはいままで疎ましく思ってきた王子に救われている自分に苦笑するのだった。
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