第二十三章 第十三の黒騎士

 スーヴィーの凶行は試合後のことで、アストリアへの殺意があったことが明確だったので、協議のあとアストリアはおとがめなしで試合が再開された。


 スーヴィーの死体が片付けられシャフト卿対トルハンの試合がはじまった。

 トルハンが細身の剣を抜き、シャフト卿も豪剣を抜いた。


 トルハンの武器は魔力を帯びている。

 四階層ダンジョンで手に入れた逸品である。

 陽光の反射のきらめきがプリズムをつくる。


 シャフト卿の剣の刀身を見たシオンは驚いた。

 シャフト卿の剣の刀身は黒かった。


「なにっ!」


〝いいか、黒塗りの刃だ! 黒塗りの刃を追え!〟


 ソードマスターの里の長老の言葉が脳裏に浮かぶ。


 だがおかしい。

 探している天魔刀はソードマスターの里から持ち出されたカタナのはず。

 シャフト卿のそれは、バスタードソードで間違いなかった。


「どういうことだ?」

 シオンは独り言ちた。

 シオンは異常な緊張とともに試合を観戦した。


 試合内容は終始単調で防戦一方のシャフト卿をトルハンが攻めたてて、長期戦になった。

 実力が互角なのか、決めの一撃がなかなか入らない。


 見る価値がないと判断して観覧席を離れるものもいた。

 アストリアも同じ見解だが、なにかが彼に訴える。

 シャフト卿は危険な男だと。


 優男のトルハンはスタミナが切れてきて呼吸が荒くなってきた。

 彼も優れた剣士であることに間違いはない。

 これを躱されたら次はないという覚悟で渾身の一撃を放った。


 そのとき悲劇が起こった!


 シャフト卿の豪剣がトルハンのからだを彼の武器ごと薙ぎ払った。

 トルハンの魔力を帯びた剣は飴でできていたのではないかと錯覚するくらい情けない音をたててぽっきり折れた。


 剣は深々とトルハンの脇腹に入り込み背骨にまで食い込んだ。

 トルハンは瞬時に絶命した。


 それだけではない。

 シャフト卿はトルハンの死体を剣が食い込んだまま掲げあげる。

 見せしめのように。


 あまりの光景に悲鳴を上げるものすらいない。

 全員が驚愕していた。


 シャフト卿のカメラアイが正確にアストリアのほうに動いた。

「‼」アストリアは全身で恐怖をかんじた。

 動物的な危険信号がからだをかけぬける。


 絶句していた審判が正気を取り戻した。

「シ、シャフト卿、反則負けです」


 シャフト卿は少しも動じることなくトルハンごと剣を振りかぶり死体をアストリアに向かって投げつけた!


 すさまじい膂力だった。

 死体はアストリアに直撃した。

 かろうじてうけとめた彼の足元に惨殺死体が転がった。


 そしてシャフト卿は闘技場のそとにいるアストリアに向かってゆっくり近づき、ささやいた。


「次は貴様の番だ。アンデッド=アストリア」

 機械的ながら殺意十分の響きだった。


「貴様、不死鬼ふしきの生き残りか?」

 シャフト卿に問う。

 本当の名前や自分がアンデッド=アストリアと呼ばれていたことは不死鬼関係者しか知り得ぬことだから。


「私は第十三の黒騎士」

「なんだと⁉」


 それは符丁だった。

 暗黒傭兵部隊不死鬼では隊長格の人間を第○番の黒騎士などと呼びあっていたのだ。

 だが不死鬼の隊長は全部で十二人。


 そして不死鬼の隊長はアンデッドの共食いカニバリズムでアストリア自身がほぼ全員殺害したはずだ。


 不死鬼に十三人目の隊長はいないはずだった。

「この場は退場しよう。だが覚えておけ。

 死神の腕はとても長いぞ。さらばだ」


「待てっ!」

 シオンが闘技場に飛び乗り、背中を見せるシャフト卿に問いただす。


「……おまえは享祗朧キョウシロウなのか?」

 シャフト卿は半分だけ振り向いた。

 カメラアイが赤く光りシオンを凝視した。

「ほう。いや、知らんな」

 そういってシャフトは去った。

 会場客が海をひらいたように彼に道をあける。


 シオンは後を追わなかった。

 天魔刀がバスタードソードであるはずがない。

 そう自分にいい聞かせた。

 だがなにかが引っかかった。


「王にすまないとつたえてくれ」

 シャフト卿は付き人にそういい残してこの国から姿を消したのである。

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