第二十二章 死因、狭量
アストリアの第一試合がはじまった。
対戦相手のスーヴィーは必要以上にアストリアを睨んでいる。
スーヴィーはアストリアと同年代に見える若者だが実年齢は10代である。
四天王ザハランの弟スーヴィーは剣の才覚に恵まれた青年だが、生来の気性の荒さから軍組織では小さないざこざが絶えない。
「私はあなたに倒されたザハランの弟です。兄はあなたに負けたあと失職しました」
アストリアははなで笑った。
「それで?」
「いえ、それだけです」
「それがどうした、この試合に関係あるのか」
「兄は来年子どもが生まれるんだ!」
スーヴィーは逆上した。
「知るかよ」
「あなたの試合を見せてもらったが私より格下だった。
一瞬で終わらせてもらう」
スーヴィーは剣を抜いた。
スーヴィーは心理戦ですでに負けてしまった。
挑発を真に受けて殺気立っている。
怒りは隙をうむ。
大ぶりの一太刀を難なく躱しアストリアは膝蹴りをスーヴィーの腹に打ち込んだ。
アストリアはかがみこむスーヴィーを見ながらはじめて剣を抜いた。
スーヴィーは立て直した。
呼吸を整えアストリアを睨む。
アストリアは灰色の瞳で彼を見た。
――伸びしろのない男だ。なんという狭量。
技量はともかく感情で剣をふるうようではシロウトだ。
スーヴィーの圧倒的猛攻がはじまった。
その剣の冴えは彼の力量がけっして低くないことを物語るものである。
観客は最初スーヴィーがこのまま勝利すると思っていた。
だが、素人目にも次第にどちらの技量が上かわかってくる。
アストリアは剣撃は身を躱し、ガードが必要な太刀筋は剣で防いだ。
そして無呼吸状態の猛攻は長くつづかなかった。
スーヴィーの呼吸が整えようと一歩引いたところ、アストリアが攻勢に入った。
二パターン以上のフェイントを織り交ぜて彼の首筋を狙う鋭い一撃を斜めに走らせた。
スーヴィーは右腕で首を庇う。
アストリアの剣がざっくりと彼の腕に食い込み、筋を切った。
腕を切断することもできたがそこまではしなかった。
彼の剣が乾いた音をたてて闘技場の地面にころがった。
スーヴィーの剣士としての未来を閉ざすには十分な傷だった。
痛みにうずくまる彼の首元にアストリアは剣をあてがった。
「終わりだ」
審判が勝者を宣言した。
アストリアの完勝だった。
彼はスーヴィーから視線を逸らさずゆっくりと剣をひいた。
その試合をビルギッドも、シオンも、ほかの対戦相手たちも見ていた。
シャフト卿は終始無言で試合を観戦している。
彼が他人の試合を観ることはめったにないことだった。
そのカメラアイが捉えているのはたったひとり!
不気味な呼吸音とともにアストリアを姿を異常なまでに凝視する。
彼の思惑を知るものはいない……
ラウニィーはこのときはじめてアスファー(アストリア)の剣士としての資質を多少は認めた。
心理戦を制し、余裕をもって完勝、次の試合の体力も残している。
ただのばかではないみたいね。
それでも勝てない相手ではないわ。
むしろ楽勝よ。
アスファーはたしかに強いが、スーヴィー相手に完勝するのは自分でもできること。
アスファーは勝てない相手ではない。
ほとんどの見解が一致した。
ラウニィーも、シオンも。他の対戦相手たちも。
そのとき敗北したスーヴィーがまだ動くほうの手に剣を持ちアストリアに背後から襲いかかった!
観客から悲鳴があがる。
誰もがアストリアが背中からばっさり斬られるところを想像した。
だがアストリアは振り向きざまに一撃を剣でしのぐと同時にかえす刀でスーヴィーを切り捨てた。
スーヴィーは斜めにからだを斬られ派手に鮮血を吹いて倒れた。
絶命していた。
観客たちの悲鳴のトーンが一段階あがる。
アストリアは灰色の瞳でスーヴィーの死体を見た。
その死に顔は自分自身に裏切られた醜悪な貌であった。
もはやかける言葉もない。
軽蔑の極みだった。
オレはおまえ以上のクズとつるんで戦争していたんだ。
クズの考えることはよくわかる。
おまえは己の狭量ゆえに死んだのだ。
もしアストリアが試合終了後にスーヴィーが襲いかかってくることがわからなければ彼は死んでいただろう。
一瞬の出来事にすべてのものがあっけにとられた。
王も他の対戦相手たちもアスファーに対する評価を見直す出来事だった。
ラウニィーは驚いた。
いまの一撃を見切ったというの?
スーヴィーが襲いかかることを予測していなければできない動きだった……!
シオンはアストリアをにやにやしながら見ていた。
たいした役者だよ。アスファー。
見事な〝残心〟だ。決勝で当たるのは案外おまえかもしれないな。
シャフト卿のカメラアイが機敏に動きアストリアを観察していた……。
つづく
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