第二十一章 クレリアの嫉妬

 アストリアがやっとお説教から解放されたのはかろうじて深夜前だった。

 だが決勝が終わったら始末書を神聖語ホーリィで書かされることとなった。


 チクショー、この街に来てからろくなことがないぞ。

 アストリアはみんなに怒られてしょんぼりしながらベッドにはいった。

 意外にも寝つきはよくあっという間に夢の世界に入った。


 次の日の朝、アストリアが起床して隣の部屋に行くとシオンが上半身裸で胸にさらしを巻いていた。


「こんなとこで裸になるなよ」

 アストリアは後ろを向いて話しかける。


 びっくりした。

 さらしのせいでわからなかったが後ろ姿からでもわかるくらい豊満なバストだった。

「もういいぞ。終わった」


 アストリアが振り向くとシオンはまだ半裸に近い状態で袴や手甲を身につけている。

 口で帯を咥えている。

 目のやり場に困りながら、とりあえず椅子に座った。

 彼女は左腕に包帯を巻いている。

 それは怪我したものではないようである。

 また、左肩に刺青がある。羽を象ったソードマスターの紋章である。

 

「さらしなんてつけてると血の巡りが悪くなるぞ」

 アストリアは余計な口を利いた。


「そうなんだよ、苦しくってさぁ」

 シオンの回答は意外なものだった。

「じゃあやめればいいだろ」

「揺れるんだよ! 剣を振るときに!」

 シオンの口調は怒りの波動を放っている。


「……すまない。知らなかった」

 アストリアは言葉に詰まった。

 さらしを巻いていないと豊満なバストが揺れて戦闘に差し支えがあるのだ。


 袴の装着が終わったシオンは彼を振りかえる。

「おまえの責任でもないことを謝るな。……おまえってさぁ、恋人とかいるのか?」

 シオンはさっぱりした性格のようだ。


「いないけど。なんでそんなこと聞くんだ?」

「べつに」

 シオンの意図はわからない。


「恋人どころか、キ…キスもまだなんだ。この歳でさ。おかしいよな」


 彼は初恋の女性セレナと最低な別れ方をしたため、女性経験がほとんどなかった。

 このことは彼のコンプレックスとなっている。


「べつに。わたしもしたことがない。初めて同士、するか」

 シオンはつかつかとアストリアに近づいてきた。その表情から真意はまったく汲み取れない。


「え? え?」

 アストリアは椅子に座ったままシオンを見上げた。

 シオンが腰を曲げて顔を近づけてきた。


「……」

 アストリアはタジタジである。

「キスをするときは、目を閉じてほしいな」

 シオンは囁き声ウィスパーヴォイスをだす。


 彼女にそういわれアストリアは目をつむった。

「どーん!」

 彼女はアストリアを突き飛ばし、彼は椅子ごと倒れた。


「痛ってぇ、なにすんだよ!」

「ははっ。いい気味だ。そんなに都合のいい話があるわけないだろ。すけべめ」

 シオンは彼を見下して嘲笑した。からかっていただけだ。


「覚えてろよ、百万倍にして返してやる」

「わたし、殺されるのか?」


「百万倍ってのは言葉のあやだよ」

「昨日、なんでわたしの泊まってる宿を素通りしてこの屋敷に連れてきたんだ?」

「知らないよ、おまえの宿なんて」

「わたしはいったぞ。アベニュー前ドナヒューに泊まってるって」

「え?」

「ん?」


「アベニュー前ドナヒュー……!」


 昨夜シオンは宿屋『アベニュー前ドナヒュー』の壁に盛大に吐いた。

 宿を尋ねると〝あえにゅまえどぉ……〟とつぶやいた。


 それは大通りアベニューの前にある宿屋『ドナヒュー』のことだったのだ。

「ああああああぁ」

 アストリアは苦悩した。

「ちくしょう、オレはおまえのせいで年下の小娘に説教食らったんだぞ」


「知るか。おまえ、酔っているわたしにいやらしいことしなかったろうな」

「オレはそんな人間じゃない。疑うなら斬れ、抵抗はしない」


「ふうん。おまえは男の中でもましなほうらしい。そんなことより今日は本戦だな。おまえの試合、見学させてもらうぞ」


「ふん、すきにしろ。

 オレはいま気が立ってる。

 誰が相手でも負けるもんか」


 ふたりが部屋をでるとダイニングからいいにおいがする。

 朝食の準備ができていた。アラン、クレリアもテーブルについている。

 シオンは辞退しようとした。


「あなたが食べないのなら捨てるしかない。

 助けると思って食べてくれないですか」


 アランの言葉を聞いて彼女はアストリアの隣の席に座った。

「ではいただこう」

「アラン、フランクはどこにいるんだ?」


「出かけたよ」

「こんなに朝早く?」


「うん、理由は教えてくれなかった」

「フランクに聞きたいことあったんだけどな」

「なにを」


「いや、……なんでもない」

 ラウニィーがアストリアと戦う前に敗れたらどうするのか。

 シオンとラウニィーの実力は拮抗している。

 自分以外にラウニィーを破るものがいるとしたらシオンしかいない。


 クレリアは向かいの席でシオンを睨んでいた。

 彼らはお互い勝ち進めば決勝で戦う相手なのに、平然と会話している。


「おまえ、ベーコンを食べないのか」

「ん……、オレは、肉は食わないんだ」


「ふっ、肉を食わない戦士なんてはじめてあったぞ。情けない」

「ほっといてくれよ」


 まるで友人と会話してるようなふたりをクレリアは鋭い目つきで眺めていた。

「オレは第一試合だから、そろそろ出る」

「じゃあわたしも行くか」


「クレリア、オレの試合見に来てくれるか?」

「……気が向いたら」クレリアはそっけない。

「そうか、じゃまたあとでな」


 試合場に並んで歩いていくふたりを見ながらクレリアは顔を真っ赤にして、髪をくしゃくしゃにして頭をふった。


「手懐けたイヌをとられちゃう……!」

 クレリアの様子を見てもアランはなにもいわなかった。


  つづく

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