第十七章 中庭の追憶
エルファリア国王ビルギッドと妻レクサリアは政略結婚だった。
ビルギッドは戦士。レクサリアは神官。
ふたりとも同じパーティで冒険をした。
政治的にも英雄同士の結婚は見栄えが良い。レクサリアはうぶで世間知らずなところがありビルギッドはそこが好きだった。
ふたりのはじめての子どもフィン王子出産のとき産後の肥立ちが悪く、もう子どもは望めないと王宮専属医師に宣告される。
フィン王子は甘やかされて育った。
体調が回復しなかったレクサリアはフィン王子が6歳のときに風邪をこじらせあっさり亡くなった。
『フィンは繊細な子だから、お願いね』
生前のレクサリアのたったそれだけの言葉をビルギッドは胸の奥に仕舞いこみ、妻の死後も新しい王妃を迎えないでいた。
レクサリアの死後フィンは自室にふさぎ込んでしまった。
その期間は長く、王宮でも噂になっていた。
中庭でフィンとラウニィーは偶然出会った。
そのころラウニィーは16歳。まだ聖騎士団に入隊していなかった。
そのころは鎧なども着込んでいない。貴族らしい服装をしていた。
ラウニィーも父親が大麻の栽培で逮捕され、母が修道院にはいり、疲れ果てていた。王の恩情で彼女の財産や身分が保障されたことだけが救いである。
ラウニィーが偶然中庭でひとりきりになったとき、こっそりと部屋を抜け出してきたフィンが入ってきた。このとき彼は7歳になったばかり。
「あら? かわいいお客さんね。ぼうや名前は?」
「フィン」
「まぁ、王子と同じ名前ね。偶然かしら」
彼女は目が点になった。
「だって王子だもん」
「えっ⁉ これは大変な失礼を、なにとぞご容赦いただきたく……」
ラウニィーは王子を遠目に見ることはあっても謁見したことはなかったのだ。
彼女は跪こうとした。
「いいよ。気にしなくて。もう王子やめる」
フィンはしょんぼりしている。
「どうしてですか?」ラウニィーは驚いた。
「ママが死んじゃったから」
ラウニィーはまわりに人がいないことを確認する。
「ちょっと座ってお話しません?」
フィンがベンチに座るとラウニィーは隣に座った。
王子の隣に座るなど他人に見られたら不敬と罵られたかもしれない。
「あの蝶を見てください」
ラウニィーは中庭の樹の周りを飛ぶ蝶を指さす。
「綺麗だと思いません?」
その蝶は蒼く緑色に輝く羽をもっていた。
奇しくもアストリアが少年時代にセレナと一緒に見た蝶と同じである。
「うん、キレイだね。アオスジアゲハっていうんだ」
「名前をご存じなの? すばらしいです」
「ママがスキな蝶だった」
そういうとフィンは目に涙をためてめそめそと泣き出した。
ラウニィーは構わず続けた。
「蝶の一生をご存じですか?
蝶の一生は過酷です。まず卵のときに食べられてしまうかもしれません。
卵から孵り芋虫になると鳥さんや自分より強い虫さんに食べられることもあります。
おいしいはっぱを食べて生き残った芋虫さんはこっそりとさなぎになります。
さなぎから羽化して、自分の力で羽ばたくことができた蝶だけがいまわたくしたちの目の前にいるんですよ。
わたくしはあの蝶を尊敬します。あの蝶の魂を美しいと思います。
王子はどう思いますか」
「スゴイと思う。ママも同じ理由でアオスジアゲハが好きだったのかな」
「あなたにはこの美しい中庭を取り壊して蝶の居場所を無くしてしまうこともできるんですよ。王子ですから」
「そんなことしないよ! かわいそうだもん」
「そのお気持ちがあれば、王様になる資格は充分です!
もしかしたら、お父上以上のことを成し遂げられるかもしれませんわ」
奇跡だろうか、偶然だろうか、アオスジアゲハがこちらに来てふたりを祝福するように舞った。
それはアストリアとセレナのふたりの思い出のリフレインだった。
この世界では美しい蝶は神の御使いであり、祝福のサインなのだ。
ラウニィーがフィンに微笑み、彼も笑顔を見せた。
「王子が今日中庭に来なかったらこの蝶には会えなかったんですよ」
「お姉さんの眼の色はアオスジアゲハの羽の色と一緒だね」
「まぁ、女性を喜ばすのがお上手ですわね」
「お姉さんのママはどんな人? きっとやさしい人なんだろうな」
ラウニィーはかたまってしまった。
「……?」
フィンが不思議そうに見る。
「そうですわね、わたくしはとても愛されて育ちました」
それは悲しい嘘だった。
容姿端麗、そのときはまだ目覚めていない剣の才能、そして魔力を持った特別な眼。天賦の才に恵まれていたラウニィーは家族愛には恵まれなかった。
ラウニィーの父親は貴族の身でありながら麻薬を栽培し、ラウニィーの密告でいまは牢獄にいる。
ラウニィーの母親は彼女曰く薄汚い女で、夫の麻薬販売を知って、夫を脅して遊ぶ金を貰い夜の街で派手に遊んでいた。
夫が逮捕された後、修道院に入るといいだし投獄を免れたが、いまも修道院でバカ騒ぎを起こしている。
ラウニィーは家族のことをいわれるくらいなら、親の顔知らずと罵られたほうがましと公言していた。自分の魂は天涯孤独と発言したこともある。
ラウニィーの前で家族の話は厳禁なのは彼女の友人全員が知るところだった。
彼女の気高さは生来のもので、
彼女は美しいものが好きで、醜いものが嫌いだった。
嫌悪した相手には冷徹。味方には優しい。
敵も多いが味方も多い。
それがラウニィーの生き方だった。
「もしよければ、明日もここでお話しません?」
「いいの⁉」
フィンはぱぁっと明るい表情になった。
恋愛に疎いラウニィーは、自分の気まぐれで少年が恋に落ちてしまったことをまだ気づいていない。
〝誰かに優しくしてみたい、愛する家族に接するように〟
ただそれだけだったのだ。
「お姉さん、名前はなんていうの」
「これは失礼を致しました。ラウニィー。ラウニィー・フェルナンデスと申します」
ラウニィーはドレスのすそをあげて挨拶した。
「ラウニィー。僕のお嫁さんになって」
「え⁉ それは……困ります」
「どうして?」
「どうしてって……困るとしか申し上げられません」
「ラウニィーはぜったい僕のお嫁さんになるんだからね!」
それからフィンとラウニィーの関係がはじまってしまった。
フィンのしつこい求愛にラウニィーは困り果ててしまう。
ラウニィー曰く、〝あのとき中庭に行くべきじゃなかったわ。でも中庭にいかなければ聖騎士団に入れなかったんだから人生って不思議よね〟
フィンからラウニィーの話を聞いたビルギッドは母を失った幼い王子に自分の家族のことを話さなかった彼女をあっぱれと褒め称えた。
ビルギッドはラウニィーの家族のことを知っている。
彼がラウニィーの父を裁いたからだ。
また彼女が親を厳しく裁いたビルギッドへの恨み言を一切いわなかったことも好印象だった。
ビルギッドがラウニィーを個別に呼び出し褒美を与えるというと彼女はもっとも意外な願いを申し出た。
「聖騎士団の入隊テストを受けたい」
それが彼女の願いだった。
それからも長い物語があるがそれは別の書に記すべきである。
※作者はアオスジアゲハが大好きです。そのため作中に登場させました。
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