第十六章 このセカイの異邦人 後編

 王がゆっくりと立ち上がると全員起立しようとした。

「いや!

 ぜひそのままで聞いて欲しい。

 おれはいまわくわくしている。


 いくつになっても真剣勝負はいいものだ。

 この中に四天王を倒した人間がふたりもいることに驚いている。

 四天王が欠けたことに怒りより喜びを感じるよ。


 期待しているぞ。

 優勝者はもちろん、試合内容がよかったものにも道が開かれることがあるだろうことを保証する。


 諸君の健闘を祈る。

 ふふ、今晩眠れるか心配だ。以上」


「ありがとうございました、わが王よ。

 ではみなさんおのおの解散してください」


 アストリアが椅子から立ち上がるとラウニィーが声をかける。

 アストリアとラウニィー。

 最低な家庭環境で育ったふたりはシンパシーをかんじてもいいはずだった。


 闇の中で光を求めたアストリア。光の世界で闇に惹かれていったラウニィー。

 どちらが光でどちらが闇なのか。

 壁に装飾された大鏡のまえでふたりは対峙した。


「あなたがアスファーだったのね。

 ザハランを倒したとかいう。


 いっておくけどあの男は四天王最弱だから。

 いい気にならないでね」


「よくわかってるよ。弱すぎたし」

 アストリアは微笑みながら皮肉をかえした。


 一瞬だけラウニィーの美しい顔にしわが走る。

 その返答はラウニィーの気に入るものではなかった。


「四天王最強はわたくし」

「うぬぼれも最強らしいな」


 決勝で戦うなら心理的に揺さぶっておくに限る。

 感情的になった人間は冷静さを失い、直線的な戦術をとる。

 もう戦いははじまっていた。

 

 彼女は沈黙した。彼女の魂の中で昏い部分がうずいている。

 視線が笑っていない。

 彼女の足元に冷気が走り、わずかだが床に凍りはじめた。


 彼女は感情が高ぶると物理的に冷気を発する特異体質なのだ。

 それは彼女の魔力に由来している。


「わたくしを侮辱した人間で後悔しなかった人間はいないのよ?

 気をつけたほうがいいわ」

「覚えておく」


 そこから先は社交辞令だった。

「女の子は元気?」

「ああ元気だよ、なんとかね」

 ヴァルケイン暗殺団のことを口にだせるわけもなくお茶を濁した。


「あんたとは決勝まで当たらないな」

「へえ、そうなの?

 気にしてなかったわ。あなたが決勝まで残れるといいわね」


 嘲笑した彼女は明らかにアストリアを見下している。

 そして自分が優勝することを確信しているのだ。


 アストリアは挑発に乗らなかった。

「あんたもルクシオンに勝てるといいな。多分準決勝で当たるぞ」


「ルクシオン? ああ彼女ね。

 どこかの蛮族出身かしら彼女は。


 ユークスに勝ったらしいけど、わたくしもユークスに勝ってるし怖くないわ」


 その声は大きく、まだ会場にいる本人に聞かせるためのものである。

 そうとう性格が悪いらしい。


 当のルクシオンはこちらを振り向きもしない。

 会場から立ち去ろうとしている。

「悪い。用事ができた。これで」


 アストリアは彼女を追いかけた。

 彼の後ろ姿を無言で見つめるラウニィーがなにを考えているのか?

 彼を血祭りにする戦術である!


 周囲の地面はツルツルに凍り付いていた。


 走り寄ってきたフィン王子が滑りそうになったのを受けとめた彼女はいつもの穏やかな人格に戻っていた。


 アストリアはルクシオンの肩越しに話しかける。

「ルクシオン!

 おまえの初戦の相手、グラドとかいう男とんでもない体格だがおまえ勝てるのか。

 あのでかい剣グレートソードもおまえのカタナと相性悪そうだが」


 ルクシオンは立ち止まって振り向いた。

「誰にものをいっている。わたしはソードマスターだぞ」

「ソードマスター……」


ソードマスターの伝説……

 その里は東方に存在するといわれているが実在するかは定かではない。


 カタナを極めるための里。刀工、鍛冶屋、砥ぎ師、良いカタナを作るための鉄探しをする者たち。


 そしてつくられたカタナの技を研鑽する剣士たちの中で頂点を極めたものがソードマスターと呼ばれる。


 同じ時代にふたりのソードマスターが存在してはならない。

 おとぎ話に出てくるような話だった。


「やはりおまえはソードマスターだったんだな。東方の出身なのか?」

「髪の色

 肌の色

 瞳の色……。

 わたしはこのセカイの異邦人さ」


 ルクシオンは眼を細めた。彼女の悲哀に満ちた表情をはじめて見る。

 一瞬、彼女が年齢より幼く見える。


 明日あすにおびえている少女の面影だ。


「………」

 アストリアはじっと彼女の面影を見つめた。

 彼女の孤独な少女時代が垣間見える。


 哀しみが空気感染するかのよう。

 彼女は東方の地でどんな少女時代を過ごしただろう。


 きっと肌の色も髪の色も、そして瞳の色さえまわりの人間と違っていたのだろう。


『このセカイの異邦人』という言葉に、孤独の頂天を極めた彼女の人生が疎外感に支配されているのを悟った。


「そんな眼で見るなよ。わたしが欲しいのは哀れみじゃない」

 彼女の次の言葉はアストリアが期待したものではなかった。


「……わたしはどんな相手にも初見で勝ってきた。

 実戦に二度目はない。

 相手が誰であろうと勝つさ」


「おまえはなんのためにこの大会に参加したんだ?」

「おまえが先にいうなら教えてやる」

「オレは……暇つぶしかな」


「ふ、おまえらしいな。

 わたしはあるカタナを探している。

 その持ち主が大会に参加しているかと思ったが当てが外れたようだ。


 それでも参加を止めないのは、そう、自分がいのちを賭したものにどれだけの価値があるか知りたくなったからだ。


 剣を極めるために捨てられるものはすべて捨てたよ。

 その中には捨ててはいけないものもあった……」


「それはなんだ」

「女さ。

 ……誰が相手だろうが目じゃないさ」

「ラウニィーは相当手ごわいと思うが」

「ラウニィー?」

「金髪の女だ」

「ああ、いたな。わたし以外にも女が」


「天才中の天才といわれている。

 隙もないし、剣術も大したもんだ。

 なにより戦術眼がすごい」


「おまえ、その女に気があるのか?

ずいぶんとかって・・・いるようだが」

「そういうことじゃねぇよ。事実をいってるまでだ」


「その女が闘技場でわたしのまえに立っているならそのとき倒す方法を考えるさ。

 わたしの世話を焼くより、自分のことを考えろ。


 あの黒騎士、ただものではないぞ。あんな氣をかんじたのははじめてだ。

 王は信頼しているらしいが、気に入らん。

 おまえはあの男に勝てない。棄権しろ。死ぬぞ」


「ふん、オレも目の前にあの男が立ったとき倒す方法を考えるさ」

「そういう気概は嫌いじゃない。せいぜいがんばれ」

「やる気のない励ましだな」


「そんなことはないさ。

 さて、わたしはもう行く。決勝で会えることを願っているぞ。

 わたしはこのあと飲む。おまえもどうだ?」


「飲むなっ、弱くなる! 死ぬぞ」

 アストリアははじかれたように大声をだした。


「わたしは酒に強いんだ。心配するな」

「戦士にとって酒は毒と同じだ。酒のせいでくだらない死に方をするばかなやつを山ほど見てきた」


「放っておけ、おまえには関係ない」

「そうかよ、勝手にしろ!」


「勝手にするさ」

 なかば喧嘩別れのようにふたりはいい争い、アストリアは帰路についた。


 つづく

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