第十六章 このセカイの異邦人 前編

「じゃあな、行ってくる」

「いってらっしゃい」


 次の日の朝、アストリアが決勝の抽選会にでかけるときクレリアが送り出してくれた。彼女は少し顔色が悪い。


 クレリアの何気ない言葉がアストリアの心に響いた。

 思えばこの言葉を人からいわれたのはずいぶんと久しぶりだ。


 アランが途中まで道案内してくれた。

 王城の抽選会場に入ると自分に視線が集まる。

 どうやら遅刻気味だったらしい。

 王をふくめた王族たちまでそろっていた。


「着席してください」

 進行役のベルファ・シミードが促すままに着席した。

 会場にはルクシオンもいる。


 ユークスとの試合は予選の決勝ではなかったがやはり勝ち残ったのだろう。

 ラウニィーは彼の姿を見て意外そうだ。


 クレリアが酒を飲んだとき居合わせた男が決勝まで残るとは思わなかったのであろう。

 そして彼の傷顔スカーフェイス

 クローヴィスが語っていた四天王のひとりを倒した男が予想外だったことに目を丸くしている。


 どうやら決勝進出者の中で女性はラウニィーとルクシオンのふたりだけのようだ。


 そしてもうひとり異様に目につく男性がいた。

 正確には男か女か、人間なのかすらわからない。


 背は高く2レーテ(およそ2メートル)に届きそう。


 全身黒ずくめの鎧騎士。

 装着している黒い仮面に水平に走る溝が彫られている。


 赤く光るレンズのような部品が溝に沿って左右に動く。

 そして仮面の通気口にみえる穴からかすかに呼吸音が聴こえている。


 おそらくは目の代わりであるレンズの眼光は薄暗く紅光を発している。

 魔法世界のおいてあまりに機械的。

 レンズ部分のカメラアイの奇妙な作動音、呼吸音らしきものは異常すぎた。


 これで驚くなというほうが無理である。ほかの選手たちもじろじろ見ているが、この国の人間らしい人たちは平然としている。


「ではいきなりですが予選通過者の発表と決勝トーナメントの抽選を……」

 ベルファが進行を進めようとしたとき別の声が響いた。


「ちょっと待つがよいだろう」

 機械がしゃべったような声が仮面の下から発せられた。

 聴いているだけで精神が昂るような音調の声ヴォイスだった。


「私の仮面について説明した方がよいと思う。

 驚いている人間は、遅刻してきた彼だけではないはずだからね」


「シャフト卿、では説明を」

 シャフト卿といわれたそれ・・はゆっくりと立ち上がった。


 噂で聞いた黒騎士シャフト卿とはこの男だったのだ。

 見上げるほどの大男だった。大柄な戦士でもめったにいないくらい。


「私の名はシャフトという。姓はない。

 昔、魔障を受けてしまってな。その顔を隠すためにこんな仮面をつけている。


 この仮面はダンジョン深層部から発掘されたもので〝闇より深き仮面マスク・オブ・ダークネス〟。


 それだけではなく体中魔障だらけだ。

 この魔力を帯びた鎧黒い太陽ブラック・サンのおかげでなんとか生きている。


 仮面は私の視角を補うためにつけている。

 作動音が煩わしいと思うが、付き合いだと思って我慢して欲しい。以上だ」


「少し補足説明させてくれ」

 聞き覚えのある声の主はビルギッド王だった。

「彼はオレが昔旅をしているときにいのちを救われてな。

 それ以来の付き合いだ。

 仮面のことで彼を差別することは絶対に許さない。

 これは王として、彼の友人としての言葉だ。覚えておいてくれ」


「有難きお言葉」シャフト卿は一礼した。

「ベルファ、進めてくれ」王が席に座りなおした。


「かしこまりました、わが王よ」ベルファは一礼して続けた。

「席の端から名前を呼ぶので立ち上がりくじを引いてください。

 紙に書かれた数字がトーナメント表に当てはまります」


「ラウニィー・フェルナンデス!」

 すっとラウニィーが立ち上がる。


「ラウニィー! ガンバ!」

 小さな男の子が王族席からぴょんぴょん跳ねている。

 会場が笑いに包まれた。


 ラウニィーは苦笑して軽く手を振ると、男の子はさらに一段高く飛び跳ねようとしたのを王に諫められた。

 これではまるでお遊戯会だ。


 もしかしてパーティーで、ラウニィーと婦人の会話で登場したフィン王子とは彼のことか?

 このふたりの関係は?


 フィン王子はラウニィーの大ファンのようだ。

 ラウニィーがくじを引くと8番だった。


「グラド・ガーファー!」

 中年の男が立ち上がる。歴戦の勇士といった感じである。

 ラウニィーが予選で戦ったバルバドと似たタイプだが、上位互換といってよい威圧感がある。


 シャフトに匹敵する巨体にこれまた巨剣を背中に吊るしている。

 グラドは6番だった。


「トルハン・ロックロー!」

 本当に剣士かと疑うような優男が立ち上がった。

 彼の武器は魔力を帯びた特別な装備で、実力以上のちからでこの大会を勝ちのぼってきたのだ。

 トルハンは4番だった。


「シャフト卿!」シャフト卿が無言で立ち上がる。

 シャフトは3番だった。


「ルクシオン=イグゼクス!」ルクシオンが立ち上がった。

 ルクシオンは5番だった。ルクシオンの最初の対戦相手はグラドだ。


「スーヴィー・アゴーヴ!」

 20代に見える剣士が立ち上がった。

 スーヴィーは四天王ザハランの弟である。

 酔っていなければザハランは四天王に相応しい剣の腕をもっていた。


 人格に問題があったが……。

 スーヴィーの実力は兄をしのいでいると噂される。

 スーヴィーは2番だった。


「アスファー・シェファード!」

 いよいよオレの番か。

 7番が当たればさっさとラウニィーをかたづけてこの国とはおさらばだ。

 引いた番号は1番だった。


 ちくしょう!

 ラウニィーといちばん遠いじゃないか!

 オレはなんて運が悪いんだ!


「ヒルギス・ジルバッハ!」

 メンバーの中で一番年齢の高そうな白髪交じりの男が立ち上がった。

 だが彼の実力はあなどれない。

 予選では余力を十分に残して勝ち進めるほどの力量がある。

 ヒルギスは7番だった。


「これですべての対戦カードがそろいました。

 第一試合 アスファー対スーヴィー

 第二試合 シャフト卿対トルハン

 第三試合 ルクシオン対グラド

 第四試合 ヒルギス対ラウニィー


 決勝は明日王城の神聖闘技場において、決勝をふくめたすべての試合を一日で行います!

 (アストリアを一瞥して)

 遅刻などないようにお願いします。

 では王より激励の言葉が下賜されます」


 王がゆっくりと立ち上がると全員起立しようとした。

「いや!

 ぜひそのままで聞いて欲しい。

 おれはいまわくわくしている」


 後編へつづく


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