第十五章 神殺しの伝説 後編
一同は部屋に戻った。
クレリアが泣き止んできたのでフランクは軽く咳払いしたが、彼女はアストリアから離れようとしなかった。アストリアはそのままフランクに質問した。
「ええと、どこまで話したっけ。神殺しの伝説と襲ってきたやつとどういう関係があるんだ?」
「ふむ、この真実はときの権力者たちにとって都合が悪かった。
既存の宗教の神話や教えとは異なる。さきほど話したことはこの世界の一部の権力者によって隠匿されてきたことだ。
魔術師でもウィザードクラス、それもごく一握りしか知らされていないくらいだ。
だが漏れない秘密はない。真実を知ってしまった人間は国家権力によって秘密裏に暗殺されてきた」
「じゃあ……」
「いや、まだ先がある。真実を知り暗殺の標的にされ、そして生き延びたものがいる。
その人間は治癒魔法が使えない人口が減った世界こそ世界のあるべき姿だと考えた。
それゆえに神を復活させるだけの巫女のちからを持った人間が生まれると、自分の考えに賛同する人間を使って探しだしては暗殺しているのだ。
神殺しの剣をかたどった黒塗りの刃を使ってな。その人間の死後も暗殺団は存在を続けている」
「その人間の名は」
「伝説にはアルマゲとかガァルゲとか、現代では正確に発音できない名だ。
そして暗殺者たちはその名も暗殺集団ヴァルケイン」
アランは頭を抱えてしまった。
「君のことを恨むよ、フランク。これが本当なら僕は今晩未来の妻となる人にも一生明かせない秘密を抱えてしまった」
「魔術師のカルマさ、諦めてくれ。それと私の旅の目的は口外しないでくれたまえ」
「君のいうことに反対したってかなわないからね。
君なら国家権力を敵に回してもやり遂げるだろう。
陰謀説の可能性は?」
すがるような顔でアランがいう。
「私も疑っていたよ。あまりにも途方がないのでね。
だが、今晩暗殺者が現れた。それは紛れもない事実だ。
少なくとも黒塗りの刃を使いクレリアを狙う暗殺者は存在する。
黒塗りの刃は
毒はないが一撃でも喰らえば魂が損傷する呪いがかけられている。
アストリア、君を雇った本当の理由はこのときのためだ。なんとしてもクレリアを守り抜いてくれ。
本当の敵は
モンスターは遺跡にしかいない。いままでの旅で一度もモンスターと戦闘しなかっただろう。遺跡に潜るのは神殺しの剣を回収するときだけだ」
「ひとつ質問がある。おまえがそうまでして癒しの女神を復活させようとする理由はなんだ?
癒しの女神が復活したらまた同じ問題が起こるんじゃないのか?
オレには知る権利があると思うが」
「いえない。どうしても知りたいというなら依頼を破棄する」
「それでも構わないぞ」
アストリアの言葉にクレリアはじっと彼を見た。
こんなことでわたしの前から消えてしまうの……?
「ある女性の病を治療したい。その人は私の恩人で余命幾ばくもない。
私は視力が弱くてな。
エル・ファレル魔導学院時代、失明の危機があった。
私の眼の莫大な治療費を肩代わりしてくれた貴婦人を助けたいのだ。
癒しの魔法が復活することで人口爆発がふたたびおきる可能性はゼロではないと思っている。
だが君がいったように死ななくてもいい人間が死なずにすむ世界をつくりたいのだ。そのためにちからをかしてくれ」
フランクは生来魔法の才能を持っていなかった。
だが、彼の継母は家系から魔術師を選出することに異常な執着をみせ人工魔眼Crimson Pupil(紅瞳魔眼)のプロトタイプの被検体に幼いフランクを選んだ。
手術は成功したが魔力が安定するまで彼は虚弱体質になってしまい、また視力を酷使する魔法が極端に苦手になってしまったのである。
魔導学院時代、眼を酷使して失明寸前だった彼を救ったのがエミリア・バランニコフという女性だった。
屋敷の一室を与えられ、生活費・学費の援助を受けることでフランクは救われた。
フランクにはその女性に恋心があったのだろうか。婦人は既婚者だったので彼はなにも語らない。
その女性は現在不治の病に冒されている。恩人のいのちを助けることがこの旅の目的だった。
アストリアは口をひらいた。
「まあ、オレは世界がどうなろうとどうでもいいし」
「ちょっと男子~」クレリアがちゃちゃをいれた。
「もう守るべきものも戦う理由もひとつしかない。隣にいるナマイキ娘の傍にいることだ。だからフランクの目的に協力する」
「だれが美少女ナマイキ娘だ!」クレリアはいつもの調子が戻ってきた。
「一応私も情報屋に暗殺団の調査を依頼してあったのだが、思ったより早く現れたな。
今回は危なかった。クレリアをひとりで帰したことは私のミスだ。
ひとつだけマシな情報がある。
彼らは無関係の人間は巻き込まない。
アルフレッドに関してはこの街でまったく別件で動いている。
心配は無用だ。
そしてもうひとつ。
やつらは黒塗りの刃以外、毒などは使わないという鉄のおきてがある」
「なぜ?」
「神の意に反しているから。それだけさ。その代わり、暗殺者たちは手練れだ。
黒塗りの刃に気をつけろ。
黒塗りの刃の一撃は100パーセント
「クレリアは暗殺団のこと知ってたか?」
胸の中にいるクレリアに尋ねる。
「知らない知らない!
あんな人のこと知るわけない!」
「教えるわけないだろう、おびえさせるだけだ」
「それからもうひとつ、これ以上オレに隠していることはないだろうな?」
その問いは暗にライナスとの関係を示唆している。
「ないな」
フランクはポーカーフェイスで答えた。
クレリアはなぜか目を閉じている。
「もしその言葉が嘘だったら。殺すぜ」
不穏な発言に緊張感と冷気が走る。
だが、フランクはアストリアの薄い殺意を帯びた視線を平然と受け流した。
クレリアはかすかに震えている。
まだ来ない未来におびえているかのように。
「構わないよ。嘘がなければその心配もないのだろう?
君には期待している。これからもよろしく頼む」
フランクは冷笑を浮かべた。
……野郎!
冷や汗くらいかきやがれ。可愛げがないやつめ!
なにを企んでいる。
まあいい。
いずれ化けの皮を剥いでやる!
アストリアとフランクは仲間でありながら最初から対立した関係である。
出会った当初から思わせぶりなフランクをアストリアは半分も信用していなかった。
そしてフランクには恐るべき計画と思惑があった。彼は最初から仲間全員を裏切っている!
「これからどうする?」
「君は夜が明けたら決勝トーナメントの抽選会に行け」
「もうトーナメントなんてどうでもいいじゃないか」
「そうはいかない。理由は明かせないが君にはどうしても決勝に出てもらう」
「クレリアはどうする?」
「この部屋にいろ。私がついていよう」
クレリアはフランクとは反対のほうを向いた。
「いやだ、わたしは外に出たい」
「怖くなかったのか?」アストリアはつい聞いてしまった。
「怖かったに決まっているでしょう!」
クレリアは叫ぶように答えた。
「すまない、本当にすまない、そんなつもりじゃなかった」
アストリアは自分の無神経さを深く恥じて謝った。
「襲われたからといって、おびえて、暗い部屋で泣きながら年老いていくのはわたしの生き方じゃない」クレリアは呼吸を荒げた。
フランクは眼鏡のずれを直した。
「そこまでいうなら外出を認めよう。ただし一日だけ待て。私が手を考える」
クレリアはなにもいわないのでアストリアがつづけた。
「それくらいならいいだろ?
クレリア。明日は本を読めばいいんだ。
十冊も借りたんだからさ」
「うん……、傭兵さん、さっき怒鳴ってゴメンね」
「さて、みんな食事はまだかい?
まだならなにか用意させるけれど」
アランが話題をかえた。
「明日がトーナメントの抽選で明後日は本戦。この街での用事ももうすぐ終わるな」アストリアが誰にともなくつぶやく。
「食事を摂ったら君はもう休め。昨日寝てないんだろう」
「そうするよ。長い一日だった……」
この言葉はその場にいる全員に響いた。
そうして夜が更けていった。
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