第二十七章 天才同士の戦い

 ラウニィーとシオンはまるで金縛りにあったように動かなかった。

 それほどまでにふたりの実力は拮抗していた。


 先手をとるか、あるいは敵の初撃にあわせて後の先をとるか。

 同じことを考え睨み合う。


 ふたりが同時に動いた!

 最初から剣を抜いていたラウニィーよりシオンの居合のほうが迅かった。


 固い金属音が鳴り響く。

 シオンの初撃から急所を狙う鋭い一撃を、ラウニィーはなんなく防いだ。


 やはりふたりの実力は互角だ。

 鍔迫り合いがはじまる。


 シオンはラウニィーの剣を断ち切るつもりで踏み込んでいたが彼女の魔剣氷の棘アイス・ピアースは折れなかった。


 創竜刀に勝るとも劣らない逸品である。

 ラウニィーが敵のつま先を踏んで体勢を崩そうとしたが、シオンが一枚上手だった。踏みつけを躱すとからだを大きく引く。


 逆にラウニィーが体制を崩す。

 シオンは左こぶしでラウニィーのみぞおちを殴った。


 ラウニィーは大きく飛びのいて苦痛に顔をゆがめた。

 こぶしがヒットする瞬間に腹筋にちからを入れてガードしたつもりだったが、それを貫通する一撃だった。


「これは剣の大会よ。殴るのは卑怯なんじゃない」

「おまえだってわたしの足を踏もうとしたじゃないか。だがそうだな。おまえのいうことももっともだ。こんどはわたしが予言しよう。おまえは正々堂々と倒す。いい訳が出来ないほどにな」



「ビルギッド王、女同士のケンカって怖いですね」

 アストリアが話しかけると王は笑い声をだした。

「そんなことも知らんのか。

 女どもがケンカすれば、一国の王もはだしで逃げ出すさ」


 控室から観戦しているふたりの会話も知らず闘技場の戦いはつづく。


 シオンが創竜刀を指先でなぞる。

 刀身に氣が伝導してオーラブレードが発動した!

 ラウニィーは冷や汗をかいていた。


――いままで本気でなかったというの。

 攻撃魔法マジックを使えばこんなやつ一瞬で倒せるのに……!

 

 ラウニィーが呼吸を整えるまえにシオンの怒涛の攻めがはじまった。


 創竜刀の一閃一閃が光の軌道を残す。

 オーラの残滓が光り輝いて見えるのだ。


 ラウニィーはすべて防ぎきっていたが彼女の剣が国王から下賜された超A級の魔剣でなければ折れていただろう。


 ラウニィーはしりもちをついてしまった。

 誰もがシオンの勝ちを確信した。


 ラウニィーは一瞬でも隙を見せないかと敵を凝視したが無駄だった。

 シオンはもう一本の脇差しを抜刀し、二刀流の構えをとった。


 ゆっくりと近づいてくる。

 まるで獲物を仕留める計算高いヒョウのようだった。


 こんなことでわたくしの無敗記録が消えてしまうの?

 わたくしの夢が! こんなやつに‼


「いやああああああぁ!」

 ラウニィーは左手を掲げ魔法を発動させた。


 本来、触媒である魔杖がなければ魔法は発動しない。

 だが、魔力を帯びた剣はまれに魔杖の役割も果たすことがある。


 彼女の剣はまさにそれだった。


 王宮の給仕で働いているものの何人かは瓶から水が消えうせたことに疑問を持っただろう。

 そのほか、中庭の噴水の水量が下がった。


 ラウニィーの手のひらから尖った氷の塊が現れ、砕け散る。

 破片はシオンに向かって弓から放たれた矢のように飛んでいく。

 まさに氷の棘である。


 シオンはとっさにガードの体制をとったが彼女は軽装である。

 顔と正中線を護るのが精いっぱいだった。


 致命傷は逃れたが袴の上から血がにじむほど細かい傷を負った。

 王が叫んだ。

「審判! 反則だ!」


 審判の男はそれを受けて宣言した。

「ラウニィー選手、魔法発動のため反則負けです!

 勝者はルクシオン=イグゼクス!

 決勝はアスファー・シェファードとルクシオン=イグゼクスのカードで行われます!」


 観客も茫然としていた。

 いちばん呆然としていたのはラウニィーであろう。


 わたくしが反則負け?

 まだ立ち上がれないラウニィーにシオンが近づいてきた。

 見下ろすような視線をはなつ。


「千年にひとりの天才というのも嘘ではなさそうだが、わたしをまえにして次の試合のことも考えていたのがおまえの敗因だ。

 優勝者と決勝以外で戦うこともあると覚えておくといい。

 なにかいいたいことがあるなら、いまだけ聞いてやる」

 ラウニィーは人生最大の屈辱をかみしめた。


「なにもありません」

 シオンはふっと笑うと「おまえのことが好きになりそうだ」といい、控室に下りていった。



 この敗北はラウニィーの人生に深い傷を遺す。

 このことがきっかけで彼女はのちに聖騎士団を依願除隊し暗黒に堕ちてしまうである。


 彼女の魂が救済されるまで長い年月を要する。それは地獄の日々だった。


 だが、彼女を救うのがこのときまだ幼かった王子フィンの献身的な愛であることを神ですら予知できなかったであろう。

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