第一章 焚火をかこんで 前編

追記:7000字を超えていたため前編・後編に分割処理を行いました。



「若いころのあたしはばかだったね。みんな生き方を知ってるのに、あたしは知らなかった……。アストリアって不器用だろ。似てるんだ。あたしに。そして父さんと弟に。

 そしてあんまり賢くないあたしが人生で唯一得た教訓は不器用な男は早死にするってこと。

 教えてあげてよ。あのぼうやに生き方を。あたしに教えてくれたみたいにさ。旅が終わったら結婚しよ」


「シェリー……。わかった」

 アルフレッドは旅に出るまえのこと、アストリアが自分の家に泊まった晩にシェリーと飲んだときのことを思い出していた。彼に莫大な借金があるのは本当である。だが、シェリーに頼まれなかったらアストリアたちの旅に同行はしなかっただろう。


 そしていまならシェリーのいっていたことが理解できるのだ。

 キースのような男を圧倒する戦闘力を持っているのにベルナディスが女だったというだけで不覚をとる。ピーキーな男だ。


 そして、言動からわかることは人生で一番楽しい時期とよばれる年代を戦争で失ってしまったこと。若くしてこの世の無常を知り尽くしてしまったこと。それは幸運なことではない。


 アルフレッドは親に捨てられたが愛されながら育った。

 アストリアは本物の親に育てられいまも苦しんでいる。

 ときどき解らなくなるのだ。

 なにが公平で、なにが不平等なのか。


 おまえは強い。キースを一瞬で屠ったおまえは最強かもしれない。

 クレリアの尻に敷かれるのが本当に嬉しそうに笑っているその背中のなんとちっぽけなことか。

 

 パルティアを旅立ったアストリアたちは南東に向かって旅をしていた。


「次の目的地はエルファリア神聖王国。そこで、君にその首都で行われる神聖剣闘技大会に出場してもらいたい」


 フランクは夜のキャンプでアストリアに次の依頼をした。周囲は草木のざわめきや虫たちの求婚活動の歌が響いている。


 焚火をはさんで正面にアストリアとフランクが対峙し、クレリアとアルフレッドが向かいに座って聞き耳をたてている。アゼルは焚火に近いところでもう眠りの世界に入っている。


「なんで? オレに剣闘で優勝しろっていうのか? くだらねー」


「そうではない。その大会にはエルファリア聖騎士団副隊長ラウニィー・フェルナンデスが出場するはずなのだが、それを倒してもらいたい」

「なぜ」


「その大会で活躍したものは王族の近衛騎士団や剣術指南などに抜擢されることがある。聖騎士団関係者がそれに採用されると困る人間がいる。これ以上は話せない。

 好奇心はネコを殺すぞ? 察してくれ」


「それはいい。ひとつだけ確認したい。魔導ギルドからの依頼なのか?」


「そんなところだ」違うともとれる曖昧ないい方だった。


 これ以上訊くのは〝好奇心はネコを殺す〟ということなのだろう。


「さらに、エルファリアには中立のアークメイジ、シオメネス・ウィロウがいる。シオメネスには星詠みのちからがあり国内で大魔法が使われれば察するだけの能力をもっている」


「アークメイジって世界に三人しかいないとかいう……」


「そうだ。アークメイジ(Arc Mage)だ。ここでいうアークとは箱舟(Arc)。世界の終末に箱舟に乗る人間を導く魔法使い、それがアークメイジだ。

 法のアークメイジ、中立のアークメイジ、そして混沌のアークメイジ。時代ごとに三人のアークメイジが選ばれる。

 アークメイジは魔法の私的利用が禁止されているが誘惑に負けるものも少なくない。過去に六人のアークメイジが堕落している。

 ドミニオン戦争の原因となったアカナシスの永久凍土が溶けだしたのは混沌のアークメイジ、ダルダスタン・グレイナルの仕業ともいわれている。

 歴代の堕落したアークメイジは混沌のアークメイジだけでなく法のアークメイジも含まれる」


 一同が黙るとフランクは焚火の炎を凝視した。


「話がそれたな。

 幸いなことにシオメネスは政治には関与しないことを宣言しているから、剣闘大会中に遭遇する可能性は低いだろう。

 だが、エルファリア国内で強い魔法を発動させれば私の存在がシオメネスに感知される可能性がある。それは避けたい。

 魔法の援護は期待しないでくれ。クレリアの護衛は君の剣だけが頼りだ。

 数年前エル・ファレル魔導学院で彼を見かけたことがあるが、暇さえあれば魔術の勉強より畑仕事をしている実に変わりものの男だった。

 ラウニィーは優勝の最有力候補だ。実力は隊長をもしのぐと云われている。魔法剣士だが、安心しろ。大会では魔法の使用は禁止されている。あとラウニィーは女だ。君にはやりにくいだろうが、手加減しないでくれ」


「女とはりたくない」


「殺さなくてもいい。そもそも対戦相手を殺したら反則負けだ。最低でも面子めんつを潰してくれればいい」


「殺したら負けの剣術大会なんて、オレにいわせれば子どもの遊びだよ」


「そこまでいうならラウニィーに勝てるだろう」


「わからないよ。闘うまでは」


「スペクターを倒せたじゃないか。見込みはある」フランクは眼鏡のズレを修正した。


 どこで不死鬼六番隊隊長キース・ストライダーのコードネームを知ったのだろうか。

 アストリアは自分がもと不死鬼だったことは話したが自分以外の隊員については話していない。

 それなのにキースがスペクターだったことを知っている。

 フランクはつづけた。


「そのためにはあと2週間以内に神聖エルファリアに到着して、受付を済まさなければならない。

 エルファリアは世界で一番入国審査が厳しい国で知られる。いままでの国はゆるゆるだったが、エルファリアで君が不死鬼の隊長だったことをしられたらただごとでは済まないので私が作成した偽造国籍をつかってもらう」


「まじか。犯罪じゃないか」

「暗黒騎士団で戦争犯罪に加担していたんだからいまさら気にするな」

「気にするよ!」


「あはははは」クレリアがおなかを抱えて笑った。

「なに笑ってんだ。覚えてろ」


「捕まったらおれが助けてやるよ」

 アルフレッドがアストリアの肩に腕をまわした。


「おまえっていいやつだな」


「陸路ではとても間に合わない。セメアグネから船に乗るぞ」フランクは一同を見まわして決断した。


 一行は港町セメアグネへと向かった。

 それまでの苦難が信じられないほど穏やかな旅だった。日差しは東に向かうほど穏やかになり、やがて寒くなる。それがこの大陸の常識なのだ。


 その日はもう日が暮れそうだった。あと半日もあればセネアグネに到着する。スケジュールの余裕もある。深夜に街に着くより翌日の到着を予定してキャンプすることになった。


 アストリアが暗くなるまえに川に水を汲みにいった。水はそのまま飲んだりはせず、携帯型ろ過装置にかけ煮沸してから飲料する。この作業はじつに時間がかかる。街や村に立ち寄ったときに安全な水を購入するのだがクレリアが大量に水を飲むため莫大な費用がかかっていた。重量もばかにならない。


 アストリアがキャンプ場と川を往復している間、アルフレッドはキャンプ用テントの設置と料理の下ごしらえをする。


 料理はアストリアやフランクも担当していたのだが素材の味を最大限に引き出せる調理ができるのはアルフレッドだけだった。アストリアが水汲み、フランクが火の準備、クレリアが状況に応じてみんなを手伝うというのがキャンプの役割に自然と決まっていた。


 アルフレッドとクレリアはふたりで調理をしながら、たわいのない会話をした。

「お嬢さん、魚の内臓をとってくれるか?」

 クレリアは包丁を利き手にもってまな板の上の魚を凝視した。包丁がかすかに震えている。


「お魚が、わたしを見てるわ……」

「見てないよ! 死んだ魚の眼だよ」

「ううん、目が合ったもの」


「(怖い)魚のほうはおれがやるから水のろ過作業と焚火の火を見ててくれ」

「イエッサ!」クレリアは右手で敬礼してろ過装置の前に座り込んだ。

 アルフレッドは気を取り直して前から気になっていたことを尋ねた。


「ぶっちゃけお嬢さんはアストリアのことどう思ってるわけ?」


「ワンコロ。わたしに懐いてるイヌ」


「え?」意外すぎる答えだった。「本気?」


 するとクレリアは顎に人差し指をあてて答えた。「う~ん、さてどうでしょう」

「お嬢さんにはかなわないな」

 ふたりは笑った。するとアストリアが戻ってきた。


「オレが肉体労働してるときにふたりとものんきだな。なにを話してたんだ?」


「明日のお天気の話です」クレリアはしれっと嘘をついた。


「ふーん」アストリアは信じたようだ。「まぁいいさ」さっと水汲みのおけを置いて、「クレリア、ろ過してない水をがぶ飲みするなよ。腹壊すぞ」

「は~い」


 粗末な夕食のあと、彼らは焚火の炎を見つめながら話すのだった。


後編へつづく

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