序章 つるぎの奴隷
東方の秘境の集落で決闘が行われていた。
ひとりは壮年期に近い男、もうひとりは女、歳はまだ若く、少女の面影を残している。
色褪せた長い金髪と、小麦色の肌、瞳の色は色素が薄いグリーン、国籍不明としか形容のしようがない。
ふたりの決闘を老人たちが囲って見守っている。夏の暑い日である。
乾いた日差しがその場にいるものにふりそそぐ。
ふたりは刀を使っていた。
東方のみに存在する剣である。
陽光を浴びて刀は鋭い輝きをはじき返している。
刀がかち合うたび火花が飛んだ。
そのひとつが男の右眼に入った。
男は本能的に眼を閉じてしまった。
こんなことは彼が刀を握ってからはじめてである。
女剣士はその隙を見逃さなかった。
次の刹那、男の右手首に刀が食い込んだ。
男の持っていた刀は虚しい音とともに地面に転がる。
切断まではいかなかったが、腱は深く損傷しふたたび刀を握ることは不可能であろう。
男が少年時代から人生をささげた剣の道が永遠に閉ざされたのだ。
「そこまで‼」
最長老の声が響いた。
その場にいたものは女剣士以外全員男であった。
「よくぞソードマスター相伝決闘に勝利した!
これにておまえは
これからは名を幼名から改め、師匠
おお……
歓声があがる。
師を完全に超えたものだけが師の名前にEXをつけて名乗ることが許されていた。
ソードマスター二千年の歴史のなかでEXを名乗ったものは十人しかいない。
十人とも男性だった。
それも遠い昔のことだ。
ルクシオンは女性初のソードマスターであり、最年少で師匠を超えたのだ。
「師よ、あなたから受け取れるものはすべて受け取った。
ルクシオンは右手首を抑えてうずくまる師匠に冷笑をはなった。
彼女の瞳には師への尊敬など微塵も見られない。
軽蔑の極みの視線である。
師匠是玖珠は苦悶の表情をして、返す言葉もなかった。
ソードマスターの世界では火花が目に入ることはもっとも不吉で
ルクシオンに腕を斬られた是玖珠は治療を拒み出血で絶命した。
師は自らの誇りのために死を選んだのだ。
「これをうけとれルクシオンよ。
ソードマスターの至宝
ソードマスターとしてひとつの使命を与える。
この創竜刀と対になる刀、
天魔刀は黒塗りの刃。見ればわかるだろう。
天魔刀は天、
すなわち地上の森羅万象あらゆるものを支配するだけの力を秘めている。
因果律さえ操り、持つものを覇王へと導く刀。
30年前、誘惑に負け天魔刀を盗みソードマスターの戒律を破った無法者、
享祗朧はいまは名を変えてどこぞの国の王となっているやもしれん。
予言者曰く、天帝これを良しとせず。
殺せ。
できるだけ残酷に殺せ。妻がいれば妻を、子がいれば子も殺せ。
そして創竜刀は天魔刀に匹敵する天魔覆滅の剣。
ソードマスター二千年の歴史において天魔刀に匹敵するこの世で唯一の刀。
いいか、黒塗りの刃だ! それが手掛かりになる」
ソードマスターの証となる神刀、創竜刀とその鞘を授けられるとルクシオンは無言でそれをいままで使っていた無銘の刀と共に腰にすえ、集落の出口に歩を進める。
「ルクシオン、いずこへ」
「ここではないどこかへ。
天魔刀とやらは、この里にはないのでしょう?
わたしは世界をみたいと思います」
「弟子をみつけて帰って来いよ」
ルクシオンはその問いに答えず旅立っていった。
その背中を見ながら、是玖珠と長い付き合いのあった長老のひとりがつぶやく。
「親代わりの是玖珠になにもここまでしなくても……」
「云うな。つるぎに生き、つるぎに死す。
我らみなつるぎの奴隷、残るのは鋼の墓標のみよ。
ルクシオンよ、覚えておけ。
おまえもまたつるぎに生き、つるぎに死ぬのだ」
最長老のその言葉はルクシオンに届いていない。
それをわかっている上での人生を振り返った言葉だった。
この里はなにからなにまでくだらない。
残酷に殺せ?
ソードマスターの品位を疑う言葉だ。
ひとつのけじめとして天魔刀は見つけてやる。
だが里に戻る気はない。天魔刀とやらをへし折って過去に訣別してやる!
それが誰にも語らないルクシオンの真意だった。
――今から9年前のことである。奇しくもアストリアが出国し戦争奴隷に落とされた数日後だった。
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