第一章 焚火をかこんで 後編
粗末な夕食のあと、彼らは焚火の炎を見つめながら話すのだった。
「クレリア、
アストリアの答案は必死に解いた形跡があったがすべからく間違えていた。大文字と小文字が入り混じり副詞や再帰動詞の意味がまったく分かってない。
クレリアは咳払いをして話題を変えた。
「ドラゴンって本当にいるんですかねぇ」
彼等の輪に入っていなかったフランクが本を読んだまま答えた。「竜族はここ数百年地上では確認されていない。理由はわからない。魔族と刺し違えたのか……。どんな魔法を使っても探知されなかった。おそらく絶滅したのだろう」
「なーんだ、つまらない。絵本には必ず出てくるのに、見てみたかったなぁ」
「そんなにがっかりするなよクレリア。旅をしていればもっと不思議な生物にだっていつか会えるかもしれないだろ」
「なあ、みんな。南半球にはなにがあると思う?」アルフレッドが定番の話題をだした。
この惑星の南半球は海も凍りついた死の世界である。人類で到達したものがいない未開の大地であった。想像力を働かせた根拠のない噂はどこの国でも、子どもから大人まで共通の話題であった。
「おれが子どもの頃に想像したのは凍りついた古代文明が海の底に沈んでるって話」
「ドラゴン! わたしは南極にドラゴンの王国があると思います!」
「アストリア、おまえは?」
アルフレッドに問いかけられ、アストリアは〝あの男〟が彼に語った言葉を思い出す。
『南半球にはたくさんの遺跡と恐ろしいものが眠っているんだ。それはもう、口に出すことも
伝説のダークロードと光の巫女の凍りついた遺体。魔族たちの住み家。
生命の存在しない氷の世界の最下層で百万年の眠りについている怪物。
「アストリア?」
「え? ああ。聞いてなかった」
「なんだよ。しらけるな」
「すまない」
アストリアは食後のお茶を一口飲みながら、「ところで神聖エルファリアってどんな国なんだ? 噂はよく聞くけどオレは行ったことない」
「わたしもです」
「おれは仕事で行ったことあるぜ」
「仕事?」
「盗賊の仕事」
「盗みと詐欺か……」
「失礼だな! おれは義賊だ」
怒ったアルフレッドに水を差すようにフランクが本を閉じた。
「エルファリアには船で行く。エルファリアの人口は六割が白色系人種で残りは多様化も進んでいる。
言葉は
「船って海が見れるんですか」とクレリア。
「いや、渡るのは河だ。そのあとは東方の手前まで陸続きだ」
「そうですか」
クレリアは見るからに落ち込んでる。
「どうしたんだクレリア」
「もし、わたしが志半ばで倒れることがあったら海の見えるところに埋めてください」
「どうしたよ、クーちゃん。なんでそんなセンチなことをいうんだ」
「生まれてから一度も海を見たことがないんです」クレリアはカップに入っている紅茶の水面に視線を落とした。
「ばかだな。生きてるうちに何度でも見ればいい」アストリアはすこし照れながら、「なんならオレが連れて行ってやる」
クレリアはぱぁっと喜んだ。「本当ですか⁉
「セレナの故郷は中央なのかな……。連れて行ってあげたかった」
「またセレナの話をする~」
「セレナを呼び捨てにするな!」
「自分はしてるくせに。そのセレナさんってどういう人だったんですか」
「セレナは……オレの家にいた奴隷メイドで、この世でもっとも美しくて気高い
「結局顔かよ。おまえって面食いだな」アルフレッドが茶々を入れる。
「そうだ、そうだ! もっといってください」と、クレリア。
「……そしてセレナはオレが起こした事件がきっかけで亡くなった」
全員静まった。そしてアストリアは続けた。
「セレナが夢の中でも現れていのちを返せというのならオレは……。セレナの夢を見たことは一度もない。きっとまだオレを怒ってるんだ」
沈黙が場を支配した。遠くでフクロウの鳴き声が聞こえる。
「ヘンな空気になっちまったな。オレもう寝るぜ。見張りの番がきたら起こしてくれ」そういい放ち彼らから離れたところで横になった。
クレリアはアストリアに渡すはずだった新しいホーリィのテキストをみた。
一生懸命つくったのに。それどころじゃないよ。
クレリアは顔面蒼白だった。
夜が明けた。アストリアは熟睡してしまった。
あれ、見張りの交代で起こしてくれなかったのか?
昨日の夜と同じ位置にクレリアが膝をかかえて座っていた。目が腫れている。
「クレリア、どうかしたのか?」
「別に」そういうとクレリアはアストリアに背中を向けた。
冷たい態度に肩透かしを食らうようだった。すこし離れたところにアルフレッドが体をほぐすように伸びをしていたので近づいてから話しかけた。
「なぁ、昨日なにかあったのか」
「大変だったんだよ。お嬢さんが、今晩おまえがセレナの夢をみたらどうしようって、泣き出してさ。
おまえを見張るって一晩中おまえが眠ってるのを監視してたんだ。そんな必要ないっていったんだけど聞かなくて、大変だった。おまえ、男なら自分の言動に責任持てよ」
「す、すまない」
「おれじゃなくお嬢さんに謝れ」
「わかった」
アストリアはまだ座りこんでいるクレリアのもとに行き、正面に回って彼女と視線の高さを合わせるように自分もかがみこんだ。
「クレリア、すまない」
「………」
「クレリア?」
クレリアはぷるぷると震えている。それほどまでに怒っているのかと臆すと、手をあげた。
「ずっと座ってたから足がしびれて立てない。立たせて」
「ほら」アストリアは手を伸ばしてクレリアを立たせた。
「ふーっ」クレリアは長い息を吐いた。「さてと。傭兵さん、顔上げて」
「こうか」
クレリアは力強く左手を振り下ろした、筈だった。
(ぺちっ)
「わたしと約束しろ! セレナさんが夢に出てもいのちを返さないって」
クレリアの表情はきっとアストリアの瞳を見据えている。声は大きかった。
「ああ、約束する」アストリアは頬をさすった。全然痛くない。痛いのは心だ。
「わたしとの友情にかけて?」
「おまえとの友情にかけて」
「約束を破ったらあなたはウソツキですよ」
「ああ」
「………」
「クレリア?」
「えく、ひっく、わあああああああ」
クレリアはぺたんと座り込んで泣き出した。
アストリアはばつが悪かった。
14歳の小娘が自分の一言がもとで悩み、苦しみ、怒りそしてワンワン泣いている。
「悪かったよ、だいたい本気なわけないだろ?」アストリアも座った。
「あなたならやりそう。ひっく、性格が根暗で、自己破滅的だから」
クレリアは泣きながら話した。
オレ、そんなふうに思われてたんだ。
「だいたい、セレナ、セレナってわたしへのあてつけなの?
ひどいよ。あなたがセレナの話をするたびにわたし泣いてたんだよ。
セレナはこの世で一番の美女で、髪はわたしとは比較にならない輝かしいキンパツで、お胸もわたしより大きかったって!」
「オレはそんなこといってない!」
「だいたいわかるよ。言葉にしなくても」クレリアは洟をすすった。瞬きのたびに大粒の涙がこぼれる。「こういいたいんでしょ。セレナに比べればおまえはぺちゃぱいのへんちくりんだって!」
「死語だよ、それは!
……いままで口にしてなかったけど、オレはクレリアの黒髪も綺麗だって思ってるぞ」
「キンパツよりも?」
「……うん」
「返事に間があった。許せない」
「鬼!」
「セレナさんてあなたが買っていたエロ本の表紙みたいなひとなの?」
「あれは性的指向だっただけでセレナとはなんの関係もないよ(我ながら苦しい)」
クレリアは癇癪を起した。
「あなた、浮気してる!
初めて会ったときから浮気してる!
わたしが会ったこともない亡くなったひとに浮気してる! わぁああああああ」
クレリアはアストリアの胸をぽかぽか叩いた。
「クーちゃんはオレのこと好きだったのか?」
「このボケナス! 焼きナスになってしまえ!」クレリアはにぎりこぶしをつくって叫んだ。
「どこでそんな言葉を覚えたんだ」アストリアはうろたえた。
「アストリア、それどころじゃないぞ。彼女はご立腹だ」アルフレッドが助言をする。
「たしかに」
「なんなんだ! おまえら!」
クレリアは立ち上がってどこかへ走り出した。アストリアは慌てて後を追いかけ、腕を掴んだ。
「もうクレリアのまえでセレナの話はしないって約束する」
「本当に?」
「本当だ」
「本当のほんとう?」
「本当のほんとうだ」
「本当のほんとうの……」
「もういいだろ」
「わぁあああああ」
アストリアは参ってしまった。泣いた女性ほど面倒なものはないと二十代半ばで学んだのだった。そんなことも知らない彼はばかだった。
「おれはいつかこうなるってわかってたぞ。
エンドレスで昔の女の話をしてるおまえってドクズだもん。
一度痛い目をみたほうがいいと思ってたから注意しなかった」
アルフレッドがアストリアの肩をたたいた。
「この薄情者!」
フランクはわれ関せずを決め込み本を読んでいる。アルフレッドはもうひと眠りすることに決めた。アゼルは毛づくろいに勤しんでいる。
クレリアが泣き止むまでで午前中は潰れてしまった……。
一行がセメアグネに着いたのは昼過ぎのことだった。
キャラクターの一人称は
アストリア→「オレ」アルフレッド→「おれ」となっております。
クレリアの一人称は「わたし」で、フランクの一人称は「私」です。
その他のキャラクターも同様の処理をしています。
説明文を減らすための処理です。ご承知いただけると幸いです。
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