第十二章 ユークス・アージェントⅤSルクシオン=イグゼクス

 ……ここか。アストリアはルクシオンの試合が行われる会場についた。

 第六会場は広場の前だった。あたり前だが人垣ができている。


 背の高さや髪の色から一目でルクシオンだと分かったが以前とは違う服装をしていた。


 黒を基調とした袴を着こんでいる。東方の民族衣装だった。ただし、足回りは大陸の旅に適したブーツを着用している。


 その肩部分にはソードマスタ―の紋章である白い羽と『神威』の文字が縫い付けられていた。


 歴代のソードマスタ―だけが身につけることが許される衣装である。

 その異国の文字が読める人間は本人以外はこの場におらず。


 だが見慣れない衣装と文字はけれんみがあった。

 その意味が理解できるものは大陸にはほとんどいないだろう。


 ソードマスターは東方において正義の代行者であり、存在そのものが超法規的扱いになっている。


 ソードマスターは正義の名のもとに弱者を助け悪を葬るさい、裁判なしで刑を執行する断罪許可証をもっている。


 ソードマスターの流派、神威一刀流かむいいっとうりゅうは東方に現存する百八の流派の最高峰であり、あらゆる流派の長所を内包しそれを上回る。


 ソードマスターの力は神に匹敵する。ただし、その力を悪用したときは自らのいのちを絶つ誓いを立てている。


 ソードマスターは悪神とみなせば神ですら屠るだけの力を持っている。

 東方では知らぬ者のいないソードマスターの伝説も大陸では噂程度にしか知るものがいない。


 もっともルクシオン自身はソードマスターの使命に疑いを持って出奔に近いかたちで大陸に渡ったのであるが。


 彼女は剣を極めた自らの自負のためだけにソードマスタ―の衣装を身につけているのだ。


 アストリアはまじまじと彼女の姿を観察した。

 腰の二本のカタナ。間違いなくルクシオンだ!


 戦闘用に髪をまとめてポニーテールにしている。

そして手甲以外いっさい防具を身につけていない。防御を犠牲にして機動性を最優先にしている装備である。


 女性剣士というだけでも珍しいが、彼女はアストリアより背が高い。

 彼女の容姿も、機動性重視の装備も、カタナも。すべてがこの国どころか大陸では見慣れない。


 なんとか試合が見えるポジションを探してあてるとどうやら審判が遅刻したせいで予定が遅れていることがギャラリーの不満の声でわかってきた。


「ユークス・アージェント。ルクシオン=イグゼクス、両者構え!」


 ユークスはゆっくりと長剣を正眼に構えた。

 ユークスの容姿は細面だが騎士として清廉な人生を送ってきたことがにじみ出た30代初頭の男だった。蒼の騎士というのは伊達ではなく、全身青色の鎧をまとっていた。


 アストリアはその様子を見た。

 この男は達人だ。視線、呼吸、構えだけでわかる。オレにはわかる。


 ユークスはルクシオンをまじまじと見た。

「失礼ですが、貴方はどこの国の出身でしょうか。衣装は噂に聞く東方の民のものに見えますが、貴方の容姿は噂に聞く東方の民とは違う。答えていただけませんか」


「わたしは異邦人。

 このセカイの異邦人とだけ答えておこう」

 ルクシオンはきっとした眼差しでユークスを見据えた。


 ルクシオンは剣を抜いてない。

「ルクシオンさん? 構えて」

 審判が問いただす。


 ルクシオンは創竜刀を掲げて祈りを捧げた。

 たとえ試合であっても彼女にとって戦いとは神聖なものであるからだ。対戦相手のために祈るのではない。創竜刀と自らの誇りのために祈るのである。


 5秒ほどで祈りは終わった。

「このままでいい」


 ルクシオンは一歩後ろに下がると鞘の側で右腕を脱力した。

 一呼吸おいて合図もなく試合がはじまった。ルクシオンが柄に手をかけるのが見えた。だがカタナを抜くところは迅すぎて見えなかった。


 ユークスは本能的に剣で受けた。

 圧倒的な猛攻である。鋭い金属音が何回も鳴り響く。


 ユークスも呼吸を整えて斬りこんだ。が、それらはすべて紙一重で躱された。


 6撃目、軽い金属音がすると、ユークスの剣は軽くなっていた。

 よく見ると剣先がなくなっている。


 その場にいる全員、ルクシオン以外はユークスでさえなにが起こったか理解が追いつかない。


「まだやるか?」ルクシオンは闘気に満ちた声でいった。ルクシオンの剣はユークスの喉元に突きつけられていた。


 一呼吸おいて地面にルクシオンのカタナに切断されたユークスの剣の刀身が転がったとき、アストリアとユークスは理解した。


 剣を斬ったのだ。たしかに目に映っていた。ルクシオンのカタナがユークスの剣を斬るところが。


 あまりの迅さと、ありえないことで脳が認識できなかったのだ。アストリアは全身に鳥肌が立った。


「6階層のダンジョンに潜って手に入れた私の魔剣スタードロップが……!

 審判、私の負けです。剣を斬られました」


「斬られた?」審判は訊き返した。


「……いえ、折られたといえばわかるでしょうか。一瞬で剣先を折られたのです。私の負けです。剣闘大会で剣を折られては闘いようがありませんからね」


 審判も周りにいる人間もぼちぼち状況を理解しものすごい歓声があがった。


 背を向けたルクシオンにユークスは話しかける。

「あなた様はさぞや名のある剣士とお見受けします。

 その剣の名前を教えてください」


 ルクシオンは少しだけ振りかえった。

「わたしはソードマスター。このカタナは創竜刀。ソードマスターの至宝だ。創竜刀をそこらのダンジョンに転がっている玩具と一緒にされては困る」


「なんと! ソードマスターであられましたか! 私が敗北するわけだ」

「もういいだろう」



 ユークスという男、負ける気はしないがオレと互角かそれ以上の力量を持っていたように感じる。魔剣持ちがその証拠だ。


 魔力を帯びた剣というものはダンジョンの深層部でしか手に入らない。

 魔力を帯びた武器は硬性、柔性ともふつうの剣とは段違いで特殊なちからを持っているものもある。


 正直アストリア自身も魔剣持ちと戦うことは避けたいと思っている。いままでの経験から魔剣持ちには苦い思いをさせられてきたのだ。


 魔剣は持ち主の能力を2倍にも3倍にも高めるという。魔剣が折れる話など聞いたことがないのだ。


 それをルクシオンは断ち切った。創竜刀は魔剣以上の武器ということであろう。


 6階層のダンジョンに潜って手に入れたとなれば相当の代物である。


 ダンジョンは深層部ほど強いモンスターがいるのは自明の理である。6階層といえば魔神クラスのルイン・モンスターがいる。


 ユークスはルクシオンに完敗してしまったがけっして弱い人間ではない。むしろ剣技には定評がありラウニィーに負けるまで四天王最強といわれていた男なのだ。


 相手に実力を発揮させないで勝つことを完封という。ルクシオンは四天王のひとりにそれを極めたのだ。

 

 アストリアはその場を立ち去った。

 まだ鳥肌は消えていない。美しい……。


 あれほどまでに剣を極められるものだろうか。男とか女とか関係ない。その剣技は神域に達している。


 才能と努力を凌駕した神に選ばれた人間の技……そうかんじた。


 ソードマスター……、これほどまでか!


 やばい、あいつと戦ったら負ける……!


 決勝トーナメントでルクシオンにあたったらラウニィーとあたる前に負けるぞ。

 どうする?


 アストリアは泣く子も黙る地獄の傭兵部隊不死鬼ふしき四番隊隊長まで務めた男である。


 ウォー・マスターといわれた男が闘うまえに敗北を予感したのは人生ではじめてだった。


 アストリアはなにかに追われるようにラウニィーがいるはずの第八会場へ全力疾走した。

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