第十三章 天才剣士ラウニィー・フェルナンデス
間に合わないだろうけど一応行ってみるか……。
その思いで第八会場に向かったアストリアだったが、ラウニィーの試合はまだ残っていた。予選第八会場決勝である。
オレはラッキーかもな。ルクシオンもラウニィーの試合も両方見られるとは。
「これよりラウニィー・フェルナンデス対バルバド・モンシナの試合を行います。
ラウニィー様、魔法は禁止ですよ」審判がラウニィーに視線をあわせる。
ラウニィーは顔色ひとつ変えず「委細承知です」
ラウニィーは千年にひとりといわれる天才魔法剣士である。
もともとは没落貴族の出身で、父親は貴族でありながら大麻を栽培し、逮捕されて現在は服役している。母親も夫の罪を黙認して加担していたのだが、修道院に入ることで罪を逃れた。
厳正な裁判の結果、ラウニィーは親を失ったが王の恩情で追放されることはなかった。
そのときのつらい経験は彼女の人格に影響を及ぼしている。
16歳のとき、王子であるフィンと中庭で解逅し、それがきっかけで聖騎士団任命テストを受け合格した。
テストでは瞳の検査もおこなわれる。
魔法の素養があるか調べられるのだ。
この世界の魔術師は特別な眼をしている。魔法の素養があるものは特殊な色の瞳をもって生まれてくる。ふつうの眼の人間はけっして魔法を使うことはできない。魔法に関しては天賦の才能だけがすべてだった。
聖騎士団は可能な限り魔法が使えるメンバーを募集していた。
ラウニィーは剣の成績は最低で入団したが、天賦の魔法の素質を認められた。
入団後は男性と混じって剣の稽古にはげみ、また戦闘中に魔法を活用する戦法を編み出したことで世界初の魔法剣士として大抜擢された。
エルファリア国内に存在する
そのスピードは異例で若かりしころの国王すらしのぐといわれている。
王であるビルギッドもラウニィーには目をかけていることが内外に知れわたっていた。
すでに実力は現隊長のアルフォンス・レイナードをしのいでいるといわれている。
ラウニィーを隊長に、という声もあるがビルギッドは首を縦にふらない。
その理由をビルギッドは語ろうとしないのだった。
ラウニィー本人もまわりの人間もこの大会で優勝すれば隊長、あるいはそれ以上の抜擢があるのではとおおいに期待している。
いっぽうのバルバド・モンシナは中年の傭兵風の男で西方人だとわかる顔つきをしていた。
おそらく立身出世を夢見て大会に参加したのではなかろうか。体躯も、そこに刻まれた傷跡も歴戦の勇士であることがわかる。持っている剣はグレートソードだ。
対するラウニィーは長い髪をシュシュでまとめ、陽光をはねかえす鎧は紅色である。
ただの鎧ではなく国王から下賜された最高級の防御力が込められた魔法の鎧である。
剣をすらりと抜くとナックルガードがある
陽光をはねかえすきらめきはただの刀剣ではない。
魔力を帯びた武器
この戦いは見ものだ。戦闘においてリーチは重要である。その点ではバルバドが有利。
だが戦闘において敏捷性は最重要のファクターである。
物理学的にもスピードが2倍になれば運動エネルギーは4倍になることが明らかになっている。3倍なら9倍にもなる。運動エネルギーは速度の2乗に比例するのだ。
重くて長い剣はふところに入られると途端に不利になる。
四天王と呼ばれるラウニィーの実力が本物ならそのことは考えるまでもなく理解しているだろう。
だがバルバドは予選決勝まで残った男なのだ。
それどころか幾多の戦場でグレートソードを振り回してきたはず。ラウニィーのとるべき戦術に対して対策を持っているはずである。
どれだけ戦える武器を持っていても、一瞬の判断でそれを振りまわす限り絶対はない。
まして剣という武器は凶器なのだ。
いくら防具をつけても剣のまえで人は裸同然なのである。
ラウニィーの実力を見るにはちょうどいい相手だ。
「はじめ!」審判の声。
ラウニィーは間合いを詰めようと前進したがバルバドは剣先でそれを牽制した。
ラウニィーは薄氷の微笑をかえした。
「
ラウニィーが攻めた。
「ほら!ほら!ほら!」
親が子どもと遊ぶようにブロードソードを突く。
グレートソードでそれを受けるのは至難の業だった。
剣で逸らせなかった分を小手でしのいだが小さな傷で両腕が血に染まっていく。
剣の魔力で傷口から凍気がはしり激痛に顔をゆがめた。
たまらず渾身の力でラウニィーめがけて剣を薙ぎ払った。
鋭かった。はために見て直撃するかに見えた一撃をラウニィーは上半身を弓形に逸らして小石一個分剣先を躱していた。
ラウニィーがそのままの姿勢で剣をかたむけ太陽光を反射させる。それはバルバドの右眼に入った。
次の瞬間ラウニィーはステップを踏んでフェイントをかけた。
男の右半身側から剣を振り下ろす。
男が衝撃に身構えると彼女が取った次の行動は……。左手で相手の顔面を抑え、自分の足でバルバドの両足をはらう。
バルバドは尻もちをついて転んだ。後頭部が地面に直撃して意識を失いかける。
屈辱にバルバドがうなる。
魔力を帯びた必殺の武器をフェイントに使う巧みな戦術だった。
「まだやります? わたくしには午後の予定が入っているのですが」
ラウニィーはグレートソードを片足で踏みつけバルバドの首元に剣先を突きあてる。
「やるというのなら、そうね。わたくしはもう少し残酷になるけれど」
その瞳はいのちを奪うことにためらいすらかんじない冷酷そのものの輝きをはなっている。
ラウニィーの印象がかわった。第一印象ではつねに微笑をたたえた穏やかな性質に見えたのだが、戦闘がはじまると別人格のようである。
敵を見据える瞳は軽蔑に満ちて残酷そのものである。それは、外見だけではけっしてわからない彼女の生い立ちが関係していた。
ラウニィーは少しずつ剣先に力をこめる。皮膚がつき破れそうになってバルバドは悲鳴をあげた。
「おれの負けだ」バルバドは苦渋を浮かべ負けを認めた。めまいで立ち上がることそらできなかった。
「そこまで! 勝者ラウニィー!」審判の声とほぼ同時に歓声があがる。
するとひとりの少年がラウニィーに駆け寄りタオルを渡した。クローヴィスだ。ドリンクも持っている。
「さすがです! ラウニィー様」
「クロウ、ありがとう。でも喜びすぎよ。まだ予選なのだから」クローヴィスに話しかけるラウニィーはいつもの穏やかな人格に戻っていた。
彼女は
彼女の穏やかな部分と残酷な一面はひとつの人格に同居しており、いまのところ破綻してはいない。その危険性に気づいている人間はごく少数である。
「はい! ラウニィー様! それとお伝えしなければいけないことが……」
「なに?」
「ザハラン様とユークス様が負けました」
「なんですって」
「ザハラン様は前日のお酒が抜けていなくてアスファーという男に初戦で負けたそうです」
「ふん、あの男のやりそうなことよ。政治で四天王になった成り上がりもの。四天王に相応しくないと思っていた。アスファーって、誰かしら」
「わかりません。
「スカーフェイス?」
ラウニィーの脳裏に昨晩のパーティーで出会ったひとりの男が浮かぶ。連れの少女を心配してあたふたしていた情けない男が。
「まさかね……調べておいて」
クローヴィスもアストリアのことを失念していた。
「ユークスは?」
「ユークス様はこれもまた無名の剣士に完敗したそうです。女性だそうです」
「女!? そんな馬鹿な。ユークスに勝つにはわたしでも苦労したのよ、誰に負けるっていうの」
ラウニィーの無敗記録でもっとも苦戦した相手が蒼の騎士ユークスだったのだ。
「これ以上のことは現状ではわかりません。僕が試合を見たわけではないので……」
ラウニィーは目の前の勝利を喜ぶどころか、四天王の敗北で機嫌が悪くなってしまった。
「今日は厄日ね。四天王がふたりも欠けるなんて。でもユークスが出ないなら決勝トーナメントも楽勝かしら。もう帰るわ」
「あっ、でもシャフト卿は全勝で予選通過です」
「当りまえよ」
ふたりは歩きながら帰っていった。
今日やるべきことはすべて終わった。宿に帰って飯食おう。アストリアは帰宅の途に就いた。
アストリアが宿に着くとフランクとクレリアは出かける準備をしている。
「あれ、どこに行くんだ? クレリア。もう体調はいいのか」
「おかげさまで。でもドレスせっかくお借りしたのに全然パーティーのこと覚えていません。だいなしです」クレリアは帽子を握りしめた。
「またなにかの機会があるさ」
「お酒が入ってるなんて知らなかった! ジュースだと思ったの」
「もういいから。オレも目をはなして悪かった」
「……いまからこの街にある世界最大といわれている図書館に行くのだ。クレリアと一緒に。君も来るか?」
フランクがアストリアに目配せした。
「としょかん?」
「君は知らないか。帝国圏にはないからな。本を所蔵して無料で貸す施設だ」
面白そうだ。試合で腹は空いていたが昼食にはかなり早い時間だ。行って時間を潰してもいいか。
「行く」
「あっ……」クレリアはなにかいいかけたが黙ってしまった。
「どうしたんだクレリア」
「なんでもないです」クレリアは見るからにしょんぼりして帽子をかぶった。
図書館への道中、クレリアはずっと黙っていた。仕方ないのでフランクと会話することにした。
「ところで試合結果を訊かないのか?」
「もう知っている。予選通過おめでとうといっておこうか。当然だが」
「どうして知ってんだよ。魔法か?」
「そんなことを知るのに魔法は使わない。私にも情報網というものがある」
「恐ろしい男だ。この街に着いたばかりなのに」
「誉め言葉と受けとっておくよ。君との友情のために」
「オレたちに友情があるのか?」
「さあな。いまのを冗談とおもうか本気とおもうか。君次第だ」
「おまえは友だちか、あるいは皮肉の天才だな」
「どちらでも構わない」
「はは」
「………」クレリアはずっとうつむいて歩いていた。
つづく
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