第十四章 暗殺者の言霊 前編
「へー、ここが図書館かぁ」
見上げるほどの高い建物である。アストリアは感嘆の声を漏らした。
色調高い装飾に大きな門。入口に警備員まで立っている。
地上4階・地下3階建ての建物は世界最大というだけある。
この図書館には国内外から集められた数百万冊の本が所蔵されているという。
魔法を使った印刷技術はとても発達している。
この世界ではインクを魔法的に定着させることでわれわれの世界と変わらないレベルの製本が可能であった。
活版印刷も、タイプライターもマジック・アイテムを開発できるエンチャンターたちによって発明され普及している。
技術は魔法的だが性能はまったく等しいものである。
高度な魔法世界は科学文明に遜色ないのである。
フランクが先頭になって門をくぐろうとするとアストリアだけ制服を着た門番に止められた。
「あなた、魔法使いじゃありませんよね」
「そうだけど」
「お通しできません」
フランクが振りかえった。
「この図書館を利用できるのは魔法使いか神官だけだ」
「どういうことだよ」
「この図書館は魔法使いか神職、そうでなくともその資質を持った人間しか立ち入りも閲覧も不可だ」
門番が続けた。
「こちらの方は杖を持っていますし、もうひとりの方は神官見習いとお見受けします。失礼ですがあなたは戦士ですよね? お通しできません」
アストリアはムッとし「じゃあなんで連れてきたんだよ、フランク」
「来るかとは聞いたが中に入れるとはいっていない」
「クレリアも知ってたのか?」
クレリアは気まずそうに帽子をさわった。
「ええ、まぁ」
「暇をつぶすか宿に帰るかしてくれ」
フランクは建物の中に入ってしまった。
「じゃあ、わたしもこれで。傭兵さん、ごめんね」
クレリアは振りかえりながらフランクにつづいた。
フランクのこういうところは好きになれない。クレリアだって教えてくれたっていいのに。いらいらする。
アストリアはため息をついて昼食をとることにした。
小さな食堂に入った。まだ
せめてアルフレッドがいればと思うが、彼はほとんど宿に帰ってない。
きっと大会の受け付けで出会った女の家にいるんだろう。
これはシェリーに報告しないと……。
よし、郵便局を探そう。
この世界でも郵便は発達している。魔法を使った電報に等しいシステムが存在していた。
郵便局所属の魔術師たちが魔法で伝聞内容を国内から諸外国まで通信することができた。
だが、一部の国では内容を検閲しているという噂もあり、それは真実だった。
そして東方は大陸から分断されて、郵便はもちろん情報がめったに入ってこない秘境の地であった。
アストリアはキョロキョロしながら街を歩いている間に自分がどこにいるかわからなくなってしまった。何時間歩いただろうか。
明日は決勝トーナメントの抽選会があるのに。チクショー、この歳で迷子か。
来た道を戻るしかない。記憶を辿って歩くとやっと図書館の建物が見えた。彼は安堵のため息をついた。ここからなら帰れる。
もう日もすっかりおちてあたりは薄暗い。中央では日が短いのである。
図書館の門の前で影が動いている。暗闇のなか眼を凝らすと本をぎっしり抱えたクレリアだった。
「クレリア?」
クレリアは本を胸の前に抱えているのでアストリアを直視できず、
「その声は傭兵さんですか? こんな時間までなにしてるの?
まさか待っててくれたの?」
「いや違う。ちょっと迷子にな」
「迷子?」
「いやなんでもない。いま帰るところか?」
「はい、そうです」ふたりはならんで歩きだした。
「フランクは?」
「マスターはまだ残ってます。実は図書館の司書の方が偶然マスターの昔の知り合いで話し込んでます。もう閉館だから先に帰れって」
「へー、あいつにも友たちがいるんだな。
それにしてもクレリア、ずいぶん本を借りたんだな」
「限界の10冊まで借りちゃいました」
「持ってやるよ」アストリアが腕を伸ばすとクレリアは拒絶反応を起こすように本を振り回した。
「ダメです!」
「どうして? 重いだろ、10冊も」
「かっ、官能小説なんです! 人には見せられません‼」
「官能ってエロいやつか? 子どもが借りていいのか?」
「この国では官能小説に年齢制限はありません! いい機会だから読んでおこうと思って」
「だからっておまえ10冊も……。なんてマセガキなんだ」
「いいでしょ! あんただってエロ本読んでるんだから」
「もうなにもいわないよ。すこし将来が心配だけど」
「なにもいわないっていった!」
「はいはい」
本当は違った。おそらくこの図書館にしか現存していないトラウマケア系の心理学の書籍。アストリアのための本9冊。
そして自分のための一冊の官能小説『ダイヤモンド・マスク』
歌手をめざす14歳の天才少女が年上の男性と恋に落ちそして……。という物語のあらすじをみたときこれは! と思った。
自分とアストリアのことみたいだから。
読むの楽しみだ……。クレリアはほくほくしていた。
心理学と呼ばれる分野は千年前の大災害のとき一度失われた。
だが、百年ほどまえ治癒魔法が消失してから洋の東西を問わず一部の先進国で研究が行われるようになった新しい学問である。それはシンクロニシティといってよかった。
医療、心理学、薬学、その他……、癒しの魔法が存在するからこそ必要なかった学問の分野が先進国で生まれつつあるのだ。
ふたりが路地に入るといやな雰囲気がする。
黒いフードをかぶった男か女かもわからないシルエットの人間がぴったりついてくるのだ。足音をまったくたてずに少しずつ距離を縮めてきている。周囲に人影がないことに危機感をおぼえた。
後編へつづく
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