第十四章 暗殺者の言霊 後編

 ふたりが路地に入るといやな雰囲気がする。

 黒いフードをかぶった男か女かもわからないシルエットの人間がぴったりついてくるのだ。足音をまったくたてずに少しずつ距離を縮めてきている。周囲に人影がないことに危機感をおぼえた。


「クレリア、振り向かずに聞いてくれ、怪しいやつが後をつけてきてる」

「なんですと」クレリアは1冊本を落としてしまった。拾おうとする。


 そのとき猛然と黒いフードの人間はふたりに向かって走り出した!

 フードからでた手にはよく見えないが、なにか刃物が握られている。


「誰だ、おまえ!」アストリアは叫んだ。

 逃げなければ!

 だがクレリアはまだかがんでいる!

「逃げろ! クレリア!」

「あわわ」バタバタと抱えている本すべて地面に落としてしまった。


 くそ、間に合わない!

 迎撃するしかない! アストリアは暗闇で剣を抜いた。


 剣で振り払うと黒いフードを脱ぎ捨ててアストリアの視界を遮る。このような動きは手練れだ。


 だがアストリアは戦闘の天才だった。

 敵がアストリアの視界を遮ったとき、彼は普段めったに使わないショートソードをひき抜いて逆方向に力一杯なぎはらう。手ごたえはあった。


 うなって後ずさる暗殺者の正体は老婆だった。

 腹部にたったいま創られた傷がある。

 老婆が持っていた武器は黒く塗られた短剣だった。


 すべてクレリアが本を拾おうとした合間に起こった出来事だった。

 クレリアはびっくりして老婆を直視する。

 老婆は怨念のこもった醜い顔、醜い眼をしてクレリアを睨み、醜い声で呪いの言葉をはいた。


「おまえの正体を知っているぞ。

 呪われし暗黒の忌み子。黒髪の魔女。

 暗闇の巫女メディウム・オブ・ダークネス(Medium of Darkness)


 断罪の刻は近いぞ。

 必ずおまえを断頭台に引き摺りだしてやる。

 おまえが生きることで多くのものに死と不幸を振りまくのだ」


 そういい残すと傷を負っているとは信じられないほどの駆け足で逃げて行った。


 白昼夢ではないかと思う出来事だが、石畳の地面には老婆の血痕が残されていた。

「クレリア、けがはないか?」


 クレリアはからだを抱くようにガタガタと震えている。

「クレリア? おい、しっかりしろ」


「魔女なんていわれたらわたしはこの世界に居場所ない……」

「おまえは魔女じゃない!

――この世界に居場所がないなら、オレの隣にいればいい!」


「アストリアぁ」クレリアがはじめて彼の名前を呼んだ。

 顔は上気し潤んだ瞳で彼にしがみついてくる。


 この後どうする……?

 宿に戻るか? いや、ダメだ。危険すぎる。

 アルフレッド、フランクはいまどうしてる?

 襲われてないか?


 アストリアの思考はぐるぐると回った。

「図書館に戻ればマスターと合流できるんじゃないの?

 危険は承知の上だよ。いますべきことは仲間と合流することだよ。

 マスターならどんな相手でも返り討ちにできるし、襲ってきたのが誰か思いあたるかもしれない」


「フランクは無事かな?」

「それを確認するためにも一刻も早く図書館に戻ろう」


「クレリアはかしこいな」

 アストリアは深呼吸した。クレリアのほうがよっぽど冷静だ。


 アストリアは急いで本を拾った。クレリアが借りた本を捨て置くことを良しとするわけはないことが長い付き合いでわかっていたからだ。


「わたしも持ちます」

 ふたりは半分ずつ本をもって駆け足で図書館に戻った。暗闇の中、ふたりの足音だけがこだまする。


 道は暗いがやがて街灯の光の玉が見えてくる。

 図書館が小さく見えると主だった部屋はもう暗くなっているが、一室だけ明かりがついていた。


 ふたりが門の前まで来るとその明かりも消え、正面の主扉が開いた。登場したのはアストリアが知らない男だった。


「おや、図書館はもう閉館ですよ。返却なら明日にしてください」見るからに司書である。


 ふたりが口を開こうとする前にもうひとり出てきた。良く知った背の低い眼鏡をかけた魔術師。


「どうしたふたりとも。なにかあったのか?」フランクだ。

 暗闇の中でふたりが必死に状況を説明しようとした。


「ひとりずつしゃべってくれ! 報告しろクレリア」

「黒い服を着た女に襲われました。刃物を持ってわたしを狙っていました」


「ただ事ではないですね。この街の役人に報告しておきましょう」

 横で聞いていた司書の男が頷きながら提案する。


「ついに現れたか」フランクが眼鏡に触れた。

「いまなんて?」司書の男が訊きかえす。


「そいつの持っていた獲物は黒くなかったかね?」

「ちょっと待てフランク、どうしてそのことを知ってるんだ」


 アストリアの問いをフランクは無視した。

「アラン、警備に通報するのはいいが私の名は伏せてくれ。動きにくくなる」

 アランと呼ばれた司書は了解した。

 「訳ありなんだね、君はいつだって訳ありだ。もう驚かないよ」


 アストリアはふたりの会話に割って入った。

「心当たりがあるのか? どうして武器が黒かったことわかったんだ」


「ン……」フランクはうなり、「ここでは話せない。宿に戻ってから話す」

「宿は危険じゃないか」


「仕方ないよ。いまから新しい宿を探すのもな」

「僕の部屋に来るかい」アランが助け舟をだした。


「それは助かる。今日ほど君という友人がいてくれてよかったと思う日はない」

「アルフレッドさんは無事でしょうか」クレリアが誰にともなくいう。


「ああ、彼は大丈夫。

 実はもう私たちとは別の所に寝泊まりしているし、なによりやつらの目的とは無関係だからな、アルフレッドは。

これ以上は話せない。移動しよう。もう誰もしゃべらないでくれ」


やつら・・・?」

 当然の問いをフランクは口元に指をあてて制止した。


「ひとつだけいわせてくれ。明日の決勝トーナメント抽選会どうしよう」

アストリアが困り顔になった。フランクは不敵に笑った。


「なんとかなるさ、なるようになる。

いま考えても仕方ないことで悩むことはやめようじゃないか。君らしくもないぞ。さぁ行こう」


 まるでフランクの言葉とは思えない。冗談でも彼の口からは聞けないと思うようないいようであった……。


  次章へつづく

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